第九話 してやられた…

「さてと……取りあえず冒険者ギルドに行くか……て、あれ!?」


 俺がふと横を見てみると、ノアがいなくなっていた。ついさっきまでいた気がするのに……


「どこに行ったんだ?」


 正直な所、身の心配はしていない。ノアが、人間相手に負けることなんてそうそうない。ただ、それでも、急にいなくなってしまったら、心配してしまうものだ。


「ノアー! どこ行ったー!」


 俺は大声で叫びながら、来た道を戻った。すると……


「カイン! ごめんね」


 前方から、ノアが小走りで俺の目の前に来た。普通なら、「心配させるなよ」と言うのだが、俺はノアが両手に持っているものを見て、頬を引きつらせた。


「ノア、両手に持っているものは何ですか?」


 俺は、サルトさん直伝の怒りのスマイルをすると、ノアの左肩に右手を乗せた。そして、「説明しなさい。ノア」という言葉を、目力めぢからのみで伝えた。

 ちなみに、今の俺はチョイおこだ。例えるなら、母親が買い物中にちょっと目を離した隙にどこか行って、迷子になってしまった子供に向ける「心配させるな!」の怒りだろう。

 ノアは俺がチョイおこなのを察したのか、しゅんと肩をすぼめてしょげてしまった。その後、俺の目力が通じたのか、ちゃんと説明をしてくれた。


「あの……さっきお金貰ったから、あれで美味しいものを一杯買おうと思って……」


 ノアはそう言うとうつむいた。


「勝手にどこか行ってしまったのは、反省してくれ。それともう一つ。流石に買いすぎだ。食べきれるとかの問題じゃなくて、周囲からの視線が痛い」


 ノアは、親指を除く全ての指の間に、オークの串焼きを二本ずつ挟んでもっている。それが両手ともなると、数は十二本になる。値段はあまり高くはないが、それでもこの量だと注目されることはまぬがれない。そいて、ノアに突き刺さる視線の一部が、俺の方にも向いてきて、中には「恋人に買いに行かせるとかサイテーだな」ていう感じの視線もある。ノアには、「あの体であんなに食べるの~」ていう感じの視線が大量に送られてくるが、ノアは視線なんて気にせず、ご満悦な表情で串焼きを頬張っている……あれ? さっきまでしょげてたのに? 何でもうそんな表情になれるんだ?

 すると、俺のあきれの視線に気が付いたのか、ノアが串焼きを一本俺の目の前に持ってくると、「欲しい?」と聞いてきた。

 俺は内心、「俺の気持ちが伝わってねぇ……」と思いつつも、ノアから串焼きを受け取って食べた。


「ノア、もぐもぐ……食べ終わったらギルドに行くぞ」


「ふぁかった~」


 俺とノアは、串焼きを頬張りながら、頷きあった。




「え~と……ロックボアの牙二本ですので、買取金額は六万セルになります」


「ああ、ありがとう」


 冒険者ギルドに入った俺は、ロックボアの牙二本を売って、六万セルを手に入れた。


「じゃあ、そろそろ夕食……と言いたいところだけど、ノア、さっき沢山食べたよな?」


 ノアは、串焼き十一本という、普通の少女ならお腹一杯になる量を既に食べている。そして、ノアはこの前、人間の姿の方が食べる量が少ないと言っていたので、普通ならお腹一杯になっていると思うのだが……


「ん? まだ大丈夫だよ」


 ノアは、当然のことのように、まだ食べられると言った。


「いや、でもこの前、その姿だと食べる量が少なくなるとか言ってたよな?」


「そうだよ。本来よりはだいぶ少ないよ」


「ああ……なるほど」


 確かにドラゴンの姿なら、一回の食事で大型の魔物一、二体は食べそうだ。それが、少女の姿になったら、大食いの人間と同じぐらいの胃袋になったということなのだろう。


「あれ? それだとさ、今までの食事って少なすぎた?」


 今までのノアの食事の量は、俺と同じぐらいだ。それだと、ノアは今までずっと「食事少ね~」と思っていたに違いない。

 そう思っていると、ノアが俺の言葉に首を振った。


「ん? そんなことないよ。何と言うか……食べようと思えば沢山食べられるって感じ」


「ああ、なるほどな」


 ノアは、人間よりも腹八分から、満腹になるまでに食べる食事の量のみが桁違いということなのだろう。


「まあ、それなら食べに行くか。今日の夕食は何食べたい?」


「ん~とね……肉!」


 ノアは、輝く瞳で俺を見つめながら、そう答えた。


「いや、さっきアホみたいに肉食っただろ? それで夕食も肉って……飽きないのか?」


「むう、私はアホじゃない。アホって言葉は、人間が誰かを馬鹿にするときに使う言葉だって知ってるからね」


 ノアはすっごいズレた発言をすると、プイッと横を向いて、ねてしまった。


「いや、違う。俺はさっき大量に肉を食べて、夕食も肉だと飽きないのかって聞いたんだよ。確かにアホには他者を馬鹿にする意味もあるけど、今回は大量って意味で使ったんだよ」


 俺はそう言うと、ノアは自分が盛大に勘違いしていたことに気づいたのか、顔を真っ赤にさせた。そして、俺の胸元に顔をうずめた。

 そして、その様子をみた周囲の人たちからの妬みとひやかしの視線が、国宝級の剣となって、グサグサと俺に刺さってくる。


「ちょ、ノア! 視線が痛いから離れてくれ……て、お前!」


 ノアは、俺の顔を上目遣いで見つめると、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。


(こいつ……確信犯だろ……)


 この日、俺は初めてノアにしてやられた。

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