第七話 殴りたい。あの笑顔

「はぁ~美味しかったな」


「うん。やっぱり肉はいい」


 俺とノアは飲食店で、キングミノタウロスのステーキを食べた。キングミノタウロスのステーキは二人で小銀貨一枚と、ちょっと高い。だが、今日はかなり稼いだので、折角せっかくだから美味しいものを食べようと思い、それにしたのだ。


「じゃ、これからどうするか……一先ず装備を整えないとな。そして、先に元家族を潰す為にそいつらの今後の予定を調べないとな……」


 ノアとの日々は楽しいが、それでも心の傷がえることはない。あの時の絶望は、今も忘れていない。だから俺は、その絶望をそっくりそのまま返してやろうと思っている。

 ノアはそんなことを考えている俺を見ると、俺の右手を優しく握った。


「大丈夫。カインにそんなことをしたやつらはむしろ私がボコボコにしたいぐらい。だから、私も手を貸すよ」


 ノアの抱きしめるかのような優しい声が、俺に一粒の涙を作った。


「ああ、ありがとう」


 俺は笑顔でそう言うと、思わずノアを抱きしめた。


「ふふっ」


 ノアは目を細めると、嬉しそうな、心地よさそうな顔をした。

 だが、俺はというと、羞恥心しゅうちしんで今すぐにでも逃げ出したい気持ちになっていた。何故なら、周囲の人たちが「若いわね~」て感じの視線を向けて来るからだ。ただ、ここで逃げ出すわけにもいかず、もう少しだけ抱きしめた。




「は~……ちょっと……じゃなくて結構恥ずかしかった……」


「うん、私も……だけど嬉しかった」


 俺とノアはさっきのことを振り返りながも、装備を買う為に、先ずは武器・防具店に向かっていた。

 だが、少し歩いたところで気になるものを見つけた。


「ん? 何だあれは?」


 前方に、かなりの人だかりが出来ていた。

 この街で、あの場所にあるものと言えば――


「ちっクソ野郎どもがそこにいるのか」


 俺はかなりの殺気をばら撒きながら舌打ちをした。そして、その様子を見ていたノアに「殺気が出てるよ!」と言われたことで我に返った。


「ああ、すまん。あそこにいるであろうやつらのことを考えたらな」


 ノアは俺の言葉で、あの場所に誰がいるのか察したように頷いた。


「うん。一先ずカインを傷つけたクズの顔を知っておきたいからちょっと見てくる」


 ノアはそう言うと一人でそこに行こうとしたが、それを俺は引き留めた。


「いや、俺も行く。ていうか俺がいないと誰が復讐対象か分からないだろ」


 俺にそう言われたノアは「あ、そうじゃん」て感じの顔をすると、俺の手を引いてその場所へと向かった。






「……殴りたい。あの笑顔」


 俺は馬車から笑顔で手を振っているガルゼン、アレン、ケイルの三人を殺気を抑えながら見ていた。


「あれがカインをくだらない理由で殺そうとした人間……今すぐボコボコにしたい」


 ノアは、こぶしに力を込めながら言った。


「ああ、だが流石に警備が厳重すぎる。ノアと一緒にやれば倒せるが、そうすると俺の生存がバレて、残りのやつらの警備が厳重になる可能性が高い。だから、確実に他の人にバレない時に狙うしかないな」


 俺は小声でそう言うと、ノアと共にこの場所から離れ、そのまま武器・防具店に向かった。



「ここがゲルディンで一番いい店か……」


 この店はそれなりに稼ぐ冒険者御用達ごようたしの武器・防具店である、ガルドリア鍛冶店だ。

 ここは、店主であるガルドリアが作った武器や防具が売られている。

 ガルドリアは〈鍛冶〉のスキルを持っているので、俺以上の武器や防具を簡単に作ってしまう。

 俺は、ノアと共に店の中に入った。


「……どれにするか」


 俺は店の中に所狭しと並んでいる武器と防具を眺めていた。すると、店の奥からガタイのいいひげもじゃのおじさんが出てきた。


「ん? お前たちは最近話題になっている冒険者のカインとノアではないか?」


 おじさんは野太い声で話しかけてきた。


「あ、そうですね。俺がカインで、彼女がノアです」


「はははっ 期待の新人に来てもらえるとは嬉しいな。どれ、俺がお前たちに合う武器を選んでやるよ。あ、俺の名前はガルドリアだ。ここの店主をやっている。よろしくな」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 こうして俺とノアはガルドリアさんに、相性のいい武器を選んでもらうことになった。


「よし、カインはどんな戦い方をするんだ?」


「はい。俺は普通に剣で戦いますね」


「そうか。じゃあ、ノアはどんな戦い方をするんだ?」


(あ、マズイ。ノアはなんて答えるんだ……)


 ノアの戦い方は最早もはや人間業にんげんわざじゃない。特にドラゴンクロウなんかを人に言ったらとんでもないことになりそうだ。

 なので、俺はアイコンタクトで「一番まともなのを答えてくれ!」と訴えた。ノアは、そんな俺の言いたいことが伝わったのか、小さくうなずいた。


「え~とね……シザーズっていう武器を使って戦う」


(ふぅ……まともなやつで良かった……)


 シザーズはノアのドラゴンクロウのような武器で、細長い両刃の爪がついた手甲のような武器のことだ。使い手は少ないが、使いこなせば結構強いと聞いたことがある。


「なるほど……分かった。それで、いくら出せる?」


「そうですね……二十五万までなら出せますね」


「そうか……分かった。剣はちょうどいいのがあるが、シザーズは流石にないから、これから作るとしよう。で、その前に手の大きさを測らせてくれ」


 ガルドリアさんはそう言うと、腰から取り出した定規をノアの手にあてて、長さを測った。


「よし、じゃあ明日また来てくれ。それまでに作っとくから」


「分かりました」


 俺は礼を言うと、ノアと共に店を出た。

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