第八話 脱出成功

 十五分ほどで、ノアは口に黒いクモ――ブラックスパイダーの死骸を咥えて戻ってきた。


『これでいい?』


 ノアは自慢げに言うと、ブラックスパイダーの死骸を地面に置いた。

 ブラックスパイダーは人間でいうところの心臓と同じ役割を持つ核を一突きで貫かれて死んでいた。その為、生きている状態とほとんど変わらない見た目だった。


(いや、なるべく傷つけるなとは言ったけどこれはきれいすぎるだろ……)


 俺はブラックスパイダーの死骸の状態を見て、唖然としていた。ブラックスパイダーは危険度Sの魔物。人間では相当な実力者でもない限り、勝つことすら出来ないのだ。


「ああ、ありがとう」


 俺は礼を言うと、〈創造〉で作った鉄剣で腹を切り裂き、中から糸を取り出した。

 クモ系の魔物は口や尻から糸を出す際に粘り気が付く。つまり、腹から直接出せば、細く艶のある上質な糸が取れるというわけだ。


「いい品質だな……」


 俺はクモ糸を手で触り、その品質の良さに驚いていた。流石は危険度Sの魔物の素材だ。艶もあり、美しい女性の髪のようにさらさらしていた。こんなにもいい品質の糸は貴族でも上位の爵位の人が着るものだろう。


「では、〈創造〉!」


 俺は〈創造〉で、ワンピースと下着を作った。


「じゃ、これを着てくれ」


 俺は目を背けながらノアに手渡した。


『うん。分かった』


 そう言うと、ノアは人の姿になり、服を着始めた。


「……着替え終わったか?」


「うん」


 返事を聞いた俺は、顔をゆっくりとノアの方に向けた。


「……かわいいな」


 シンプルな白のワンピースを着たノアは、まるで街をお忍びで散歩している貴族の令嬢のようだ。

 そんなノアに、俺は思わず息を忘れるほど見とれていた。


「そ、そう?」


 ノアは頬を少し赤らめると、下を向いた。その様子がまたかわいくて、思わず笑みがこぼれてしまった。


「ああ、じゃあ、あとはここから出ないとな。だが出口が分からないんだよな……ノアは分かるのか?」


 そう聞くと、ノアはこくりとうなずいた。


「うん。出口なら分かる。私についてきて」


 そう言うと、ノアは人間の状態でふわりと浮かぶと、上に飛んだ。


「ちょ、俺が飛べるの前提かよ……」


 俺は軽くため息をつきながらも〈操作〉で上に飛ぶと、ノアを追いかけた。




「ほら、カイン! 出口が見えたよ!」


 ノアがこっちを振り向きながら指をさす方向に、光が見えた。

 そして、俺の魔力が切れるのと、洞窟から出るのはほぼ同時だった。


「あ~疲れた……ちょっと休ませてくれ……」


 俺はヘロヘロの状態でそう言うと、その場に座り込んだ。

 何故なら、俺がノアと会った場所はこの洞窟の最深部だったのだ。俺は上に向かって進んでたはずなのに、いつの間にか最深部に来ていたことに少し落ち込んだが、何とかここまで上がってきたのだ。


 ノアは、座り込んだ俺の横にしゃがみ込むと、俺の胸に手を当てた。


「じゃあ、また魔力を――」


「いや、そういうのじゃなくてな。ここに落とされてから色々あったから……体力的にも精神的にも……」


 俺はそう言うと仰向けに寝転がった。コバルトブルーの空を眺め、生きて出てこれたことをしみじみと思っていた」


「え? 落とされたってどういうこと?」


 ノアは目を見開くと、俺の顔を覗き込んだ。


「ああ、そう言えばまだ話していなかったな……」


 俺はなぜ、この洞窟に落とされたのかを話した。

 家族から嫌われていたこと――

 同級生からいじめられていたこと――

 そして、そいつらの計画的行動によって落とされたこと――

 これらを嘘偽りなくノアに話した。


 ノアは俺の話を聞くと、ボロボロと涙を零した。その涙は俺の頬にポタポタと落ちてくる。


「うう……そんなひどい目に……家族からそんなことをされるなんて……私よりも残酷なことを……」


 ノアは涙目になりながらもそう言うと、目の涙を手で拭った。


「うん。そんなひどい奴は私が制裁してあげる。ドラゴン流拷問術で生まれてきたことすら後悔させる。そいつらはどこにいるの?」


 ノアが殺気に満ちた瞳で実に恐ろしいことを言った。

 ていうかドラゴン流拷問術とは何なのだろうか?そのことををノアに聞いてみると、「私が今考えた拷問術。何をするのかは後からのお楽しみ」と悪魔のような笑みで答えた。


「まあ、気持ちは嬉しいけどそれはやめといたほうがいい。俺がやる復讐は、最悪帝国を敵に回す羽目になるかもしれない。だから……ノアは少ししたら別れた方がいいな。俺とノアに関係があったらノアに迷惑をかけてしまうから……」


 俺としては、もっとノアと一緒にいたいのだが、ノアに迷惑をかけたくなかった俺は悲しげな表情をしながらそう言った。

 だが、ノアは首を横に振った。


「ううん。そんなの関係ない。私はカインとずっと一緒にいる。私にとって初めての友達だから」


 ノアはそう言うと、俺の頭を優しくなでた。その優しさは俺が今までに受けたことのない――とても心地の良いものだった。

 俺は、自然と涙が零れた。涙は頬を伝って地面に落ちる。


「……ありがとう」


 俺は暫くの間、ノアをじっと見つめた。


 俺はこの日、生まれて初めて友達が出来た。

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