第七話 ブラックドラゴン

 俺の目の前に現れたのは――


「ド、ドラゴン……」


 深紅の瞳、漆黒の鱗、大きな翼、この圧倒的な威圧感。その姿は誰が何と言おうとドラゴンだ。

 更に、見た目からして、危険度測定不能の魔物であるブラックドラゴンだろう。人前にはめったに姿を見せず、最後に確認されたのは今から五百年以上前にもなる。


「く……こ、殺さないでくれ……危害を与えるつもりは微塵みじんもない……」


 こいつの前では人間なんて塵芥ちりあくたに等しいと言っても過言ではない。

 こいつを討伐するには、国が総力戦を行う必要があるだろう。そして、多大なる犠牲を払って倒せるかどうかといったところだ。事実、五百年前のブラックドラゴンも、怪我を負わせることは出来たが、倒すのには至っていないとのことだ。


 そんな理不尽の塊であるブラックドラゴンに対し、俺は命乞いをした。長い時生きたドラゴンは知能が高く、言葉は通じなくとも伝えたいことぐらいは何となくで察してくれると聞いたことがある。なので、頑張って敵ではないことを伝えれば、助かるかもしれないと思った。

 すると――


『やったー! やっと話が出来る人間と出会えた!』


 突然、少女の声がこの空間そのものに響くようにして聞こえた。


「え、だ、誰!?」


 俺は突然少女の声が響いたことでパニックになり、ブラックドラゴンのことを忘れて辺りをキョロキョロと見回した。


『え、わ、私だよ! ほら、目の前にいるでしょ!』


 目の前……俺の目の前にいるのはブラックドラゴンだ。つまり――


「こ、この声ってブラックドラゴンの声……なのか?」


 俺は恐る恐る聞いてみた。


『うん。そうだよ。あと、私の名前はノア』


 どうやらこの声の主はブラックドラゴンで正解のようだ。


「わ、分かった。お、俺の名前はカインだ」


 俺は戸惑いつつも自己紹介をした。


『カインって言うのか~うん。よろしくね』


 ブラックドラゴンの表情を読み取ることは出来ないが、声の感じからして満面の笑みで答えているように見える。


「あ、ああ。で、どうしてノアはここに?」


『え~っとね。それはここが私の家だから』


 俺が聞きたいのとは違う意味で捉えられてしまった。俺はノアの少しズレた発言に苦笑いしながらも、「いや、そうじゃなくて何故俺の所に来たの?」と尋ねた。

 すると、ノアは『ああ、そう言うこと?』と俺の聞きたいことを理解したようだ。


『え~とね。それはカインが殺されそうになってたから』


 ノアから返ってきたのは予想外の言葉だった。


「え、てことはもしかして俺を助けに来てくれたのか?」


 と、聞いてみたら、『……うん』と、少し照れたような声が返ってきた。


「ありがとう。おかげで助かったよ」


 俺はノアに深くお辞儀をした。


『え、え~と……ど、どういたしまして』


 ノアは戸惑い半分、照れが半分の声で俺の礼を受け取った。


『――あのね。私はあなたにお願いしたいことがあるの。それはね、私を人間の街に連れてって、案内をしてほしいの』


 ノアからこんなお願いをされた。

 俺からしてみればノアは命の恩人だ。どんなことでもかなえてあげようと思っていた。だが、流石にそれは無茶だ。ブラックドラゴンなんてものを街に連れてったらみんなパニックになってしまう。

 俺はそのことをノアに話した。


『あ、大丈夫。私は人間の姿になることが出来るから』


 ノアはそう言うと、漆黒のまゆのようなものに包まれた。そして、その繭はだんだん小さくなっていき、二メートルほどの大きさになったところで繭は粒子となって消えた。

 そして、そこから出てきたのは肩下ほどの長さの銀髪に、金色の瞳を持つ十二、三歳ほどに見える少女だった。少女のようなあどけなさが残りつつも、瞳の奥に強大な力を眠らせているような感じがした。


 ただ、俺は直ぐにノアから目をそらした。何故なら――


「あの~ノアさん。何で服を着てないのですか……」


 繭から出てきたノアはまさかの裸体だった。まあ、ドラゴンの状態では服を着ていないので、むしろ服を着ていた方が不自然なのだが、この時の俺はプチパニックになっており、そのことを考える暇はなかった。


「うん。だってドラゴンの時は着てないよ。それで、人間の姿になれる私が人間の街に行きたくてもいけない理由は服がないからなの……」


 ノアの声はさっきのような空間に響く声ではなく、人間と同じような声になっていた。


「そ、そうだな……分かった。服は俺が作るから少し待っててくれ」


 俺は目をそらしながらそう言うと、ノアに背を向けるようにして座った。


「では……て、魔力が無いんだった……」


 〈創造〉で作ろうと思っていたが、魔力がないことに気づき、ため息をついた。


「だったら私の魔力をカインにあげる」


 いつの間にか俺の右隣にしゃがんでいたノアはそう言うと、俺の胸に右手を当てた。すると――


「え!? 魔力が回復した!?」


 一瞬で俺の魔力は全回復した。俺がそのことに驚いていると、ノアは俺のことを不思議そうに見つめた。


「え? 魔力の譲渡ぐらい普通じゃないの?」


 ノアは首をコテンと傾けながら言った。


「ああ、人間ではそんなことできる奴は一人もいない。まあ、助かった。おかげで作ることが出来るよ」


 俺はノアに礼を言うと、反射的に頭を撫でた。ノアは頬を少し赤らめると、視線を下にそらした。


「よし……て思ったけど服の素材をどうするか……」


 主な服の素材としては、綿花から採取出来る糸、クモ系の魔物が持つ糸、そして、石綿から取れる糸がある。

 〈創造〉のみで作るとしたら、まず生物から取れるクモ糸はダメ、綿花も植物なので多く作ることは出来ない。その為、必然的に石綿になってしまうのだが、石綿は質が悪い。逆に、一番質がいいのがクモ糸だ。


「……あのさ、ノア。この洞窟にクモの魔物って出る? 六本脚で、糸を出す魔物なんだけど……」


 ノアにそう聞いてみた。すると、ノアは「うん。でるよ」と答えてくれた。


「じゃあさ、ちょっとそのクモをなるべく傷つけないようにして倒して持って来てくれないか?」


 とお願いした。すると、「うん。いいよ」と笑顔で答えてくれた。その後、ノアはドラゴンの姿で飛び去った。

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