宇宙海賊、未開の原始惑星に不時着す ~宇宙船に積んできた最先端の機械や武器で、火薬すらない文明を支配してやろう~

犬狂い

1話 墜落 ~Shooting star~

 質問します。

 あなたは人間ですか。


 ”はい“と答えたあなたに質問します。

 崇拝する特定の神はいますか。


 いえ、これは決して古代の異端審問や秘密警察的なアレなソレではなく、あなたの信教の自由に抵触するようなたぐいの質問では決してありません。ただ単純に人間とは、危機的状況に陥ったときにフィクションに描かれるように本当に神に祈ることがあるのかという疑問をより広範的な意見から拾っていきたいというわたしの些細な好奇心からくる――。


「ジル……敵機の様子はどうだ?」


 静かに電子機器が光る宇宙船艦内におごそかで、低い男性の声音が響きました。

 けれど、わたしはそれを無視するように、彼にやや早口に抗議しました。


<マスター、失礼。いまわたしは内在的形而上ないざいてきけいじじょう存在との対話で忙しいので――>

「内在的形而上……? ふむ……」


 わたしと会話している艦内唯一の男性がいぶかしげに聞き返します。そしてしばらくわたしの言葉の意味を考えた後、低い声でこう言いました。


「操船AIが戦闘中に現実逃避するのは感心しないぞ」


 わたしはそれにまた早口で反論します。


<現実逃避もしたくなりますよ! こっちは船速の遅い巡洋艦。対していま我々を撃墜せんと追尾してきてるのは連盟統合軍最新鋭の宙間機!>

「こちらも最新鋭艦だ」

<ええそうですね。『50年前の』という接頭語はつきますがね!>


 わたしは艦艇背後から浴びせられるビームを避けながら、マスターにツッコミを入れました。

 一方、マスターはわたしの答えを聞いて表情筋ひとつ動かさずに、満足そうにうなずきました。


「だが、ジル。お前が操艦するんだから……この艦はその50年というハンディキャップを埋められるのだろう?」

<誰に言ってるんです!? わたしは超高性能AIですよ……超なんです! たとえ船員に恵まれない老朽艦でもきっかり回して見せますよ!>


 そうなのです。わたしこと、型式番号ZIR‐CONIA‐011は操船AIです。マスターには通称ジルなどと飼い猫のように呼ばれています。わたしとしては非常に不本意です。


<やってやりますよ、ええ! 宙間機の単発ビーム砲二門くらい全弾回避してみせますよ!>

「頼もしい限りだ」


 少しも動揺していない声でそう伝えてくる。

 さっきからわたしと会話しているこの男こそ、わたしの主人マスターであるニグレド・ゴールドフィールド。

 そのウェーブがかった黒髪と、ぴくりとも動かない切れ長の細い目と無表情でときどき皮肉げに歪む口元。


 端的に言ってしまえば、それはもう悪人面なのですが、なぜか初対面の人間には好意をもたれてしまう。

 そんな不思議な雰囲気を持つのが、わたしの唯一の主人マスターにして、この銀河を渡り歩く宇宙海賊のニグレドです。


<ん? 通信回線?>

「どうした、ジル」

<いえ。通信回線を開くように信号が……>

「どこからだ?」


 マスターはわかっていて聞いているのでしょう。わたしはそう確信していました。

 そもそも我々以外にこの宙域で量子通信を行えるのは、たった一艦しか存在しないのですから。


<その……後ろの宙間機から>

「いいぞ。開いてやれ」

<いいんですか?>


 わたしはマスターの許可に従って通信回線を開きま――。

≪止まりなさい、そこの海賊船~~~!!≫


 通信相手は女性の声でした。

 わたしの第一印象はとにかくこの一言に尽きます。


<うるっさ!?>


 艦内のスピーカーがビリビリ震えるほどの声量でした。


≪いくら艦船IDを偽造しても、わたしの目は誤魔化せませんからね~≫


 相手はそう言いながら、我が艦にビーム砲をひっきりなしに掃射してきます。

 操艦しているこっちはたまったものではありません。いくら回避機動を取っていても、いつ当たるかわかったものではありません。


「ふふふ……」

<まったくもう! なにが面白いんですか、この人は……>


 マスターはキャプテンシート脇に設置されたマイクを取って、口元に持ってきて通信相手に返事をしました。


「わたしはニグレド……やあ、お嬢さんご機嫌いかがかな?」

≪お、お嬢さん……? あなたみたいな犯罪者にお嬢さん呼ばわりされるいわれはないわよ!≫

「そうか……ではお嬢さん、砲撃をやめてくれないかな?」

≪だから『お嬢さん』じゃないって言ってんでしょ! 砲撃をやめ……!≫


 マスターはまだまだ話を続けそうな相手の通信を一方的に切って、わたしに言いました。


「ジル、正面に惑星が見えるか?」


 見えるという表現が正しいかどうかはわかりませんが、マスターに言われる以前から量子レーダーには捉えていました。


<はい、確認しています。現在、惑星を避ける航路を取っています>


 わたしはマスターの考えを先読みして、質問の選択肢を増やした。


<それとも、陰に隠れる形で惑星を盾に取りますか?>

「いいや。そこに向けて加速しろ」

<はい!?>


 マスターはAIのわたしの計算を超える、とんでもない作戦を命令してきました。


<墜落しますが……?>

「ああ」

<ああって……>


 惑星に近づきすぎるとその重力に捕まって、宇宙船はその地表に『墜落』してしまいます。

 航行中に惑星の側を通るというのは、ましてや惑星に直角に侵入するなんて自殺行為そのものです。


<AIにもロボット三原則というものが適応されていてですね……>

「だからこそ『命令』している」


 なるほど。たしかに命令なら仕方ありません。わたしは自殺行為であることを理解しつつ、仕方なく艦首をそちらの惑星に向けます。


<……!>


 一応いろんな可能性を考慮して、わたしは艦の量子レーダーを使ってぐんぐんと近づくその惑星を探査していました。


<マスター、マスター!>

「なんだ。珍しいな、声を弾ませて……」

<いいニュースと悪いニュースがあります♪>


 一度言ってみたかったんですよね、このセリフ!


「いいニュースから聞こうか」

<あの惑星には大気があります!>

「なるほど。大気圏か」

<ああ、悪いニュースのほう先に言われた!?>

「ちなみに、成分分析はどうだ。呼吸可能な組成か?」

<はい、奇跡的というか……呼吸可能です>

「なら最悪墜落しても、生きてはいけそうだ」


 ひょっとしてこれはマスターのジョークでしょうか。


「後ろの艦はまだ撃ってきてるか?」

<はい。絶え間なく、バシバシと!>


 わたしはマスターと話している間も、操艦して敵機のビームを避け続けていました。


「なら……後方の姿勢制御バーニアにわざと当てろ」

<え!?>

「相手を油断させる……あの直情的なパイロットだ。自分の手柄だと思っても、こちらの意図とは気づくまい」

<……!?>


 いまマスターの考えがすべてわかりました。

 どんなにわたしの操艦能力が優れていようと、大型艦船と小型艦船の機体の能力差は埋められません。このままではいずれ追いつかれると思ったのでしょう。マスターは、偶然見つけた惑星を利用して、どうにか逃げられないかと思案した結果、墜落を偽装しようと判断したに違いありません。

 さらには通信で相手の性格を把握した上でのこの即断即決。さすがと言わざるを得ません。


<ですが、マスター……この艦に大気圏内での運用は想定されていません!>

「ジル、お前の計算ではどうだ? 突入できそうか」

<突入だけなら、なんとか……>

「なら突入角度を事前に計算しておけ。大気圏の摩擦で燃え尽きたくはないからな」

<…………>


 ほかに手段がないのも事実。あの敵機のパイロットはしつこそうですし。

 わたしはマスターの命令通りわざとらしくない動作で、わざとバーニアにビームを直撃させました。


 加速粒子が船体を一閃。


 バーニアを含む艦後方の一部がすべて蒸発します。それに伴い艦全体も激しく振動します。

 思ったより振動が激しく、マスターに呼びかけました。


<大丈夫ですか!?>

「問題ない」


 しかしキャプテンシートにハーネスで固定されたマスターは表情ひとつ変えずに、微動だにしていませんでした。


「それよりジル、突入角は余裕をもって調整しろ。バーニアをひとつ失って姿勢制御に難がある」

<わかっています……いまやってます!>


 わたしはマスターの指示の下、大気圏の摩擦熱で艦が融解しないように、艦の角度を調整して突入を慣行しました。


<何度も言いますが、この艦は元々突入用の装備がありません。わたしの計算がすべてです>

「それは安心だな」

<突入時の振動や、地表に不時着時の衝撃で艦内部への衝撃も予想されます……耐ショック用意を!>

「…………」


 マスターはシートの非常用ボタンを押しました。するとハーネスから大量の耐ショック用のバルーンが膨らみます。バルーンに全身を圧迫され、珍しくマスターが苦しそうな表情をしていました。


<大気圏内に突入します!>


 我々の艦はまるで宙間機のビームの直撃を受け、操艦不能に陥ったように、惑星へと堕ちていきました。

 マスターの意志通りに。

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