32話 宮廷魔術師 ~Master~

「なにやってるの、アンタたち?」

「ああ? 見てわかんねえのか……って、お嬢様にはわかんねえか。耕作地作ってんのさ、へへ」

「山賊が野菜育てててんの?」

「ちっ……いいだろうが。貴族のお嬢様には関係ねえ!」

「な、なによ……ふん! アタシにだって関係ないわ!」


 日が昇ってからはいつものように、農作業の続きだ。

 私は畑を耕す男と、シャディの会話を聞きながら、森を切り開く男たちを監視していた。


 そろそろ耕作地の確保は終わりそうだ。これだけの畑があれば、ここの男女に加えてジプサム村の食糧を補って余りある。

 朝のシャディの反応を見る限り、巡洋艦ワイバーンから持ってきた野菜は貴族の口にも合うらしい。余ったらそれを使って、やれることは多そうだ。


 ただ土地は広いほうがいい。朝も言ったが、住居や、それに上下水道を引くことも重要だ。

 こいつらの技術レベルを引き上げるためには、文化レベルを引き上げる必要もある。

 最低限毎日シャワーを浴びさせる習慣くらいはつけたい。そろそろ臭いが気になって仕方ないのだ。


「興味深いか?」

「…………」


 ディアンは私の言葉にこちらを無言で一度見たあと、正面の畑のほうを向いて無言で頷いた。


「先ほどの朝食で食べさせた食材を育てている。貴族の使用人である貴様に聞きたいのだが、この野菜は売れると思うか?」

「現物よりも種のほうが売れる。特に領民の腹を満たせるなら、ライオライト様はきんと同じ重さの値段で買いとるだろう」

「なるほど……」


 ただ種も売るなら、肥料の作り方と育て方も教えないといけない。

 その情報を売ってしまうのはリスクが高い。しばらくは手持ちのカードとして、技術は独占しておきたい。


「ん?」

<村の子供ですにゃあ……こんなところまで何の用ですかにゃ?>


 私が考え事をしていると村の中心地から、こちらまでジプサム村の子供が走ってくるのが見えた。

 手には農具を握っていた。


「あ、ニグレドだ! 帰ってたんだ!」

「ああ。それにしても貴様を呼んだ覚えはないが……」

「ううん。違うんだ、ぼくが来たのは……」


 奥からやってきたのは畑を耕していた男だ。


「おう、坊主来たか! あ、こりゃキャプテン……!」

「私のことは気にするな。それより村の子供相手になにをやっている……」

「いや、これは……」


 歯切れの悪い男を問い詰めていると、村の子供が農具を差し出した。


「おっちゃん、ほらクワ持ってきたよ!」

「はは、助かったぞ坊主!」

「いいよ……だから早く畑作って、食べもんくれよ!」

「おお、待ってろ。もうそろそろ育つからな……」


 子供と男はずいぶん親し気に話していた。

 私の知らぬ間に、いつの間にこんなに仲良くなっていたのか。

 子供にたずねる。


「おい、貴様の親は知っているのか」

「し、知らないよ! 言わないでね、ニグレド……じゃないと父ちゃんに怒られちゃうよ!」


 やはり村の大人は私たちのことをよくは思っていないのだろう。


「で、でもさ! ここの食べもん食えばうちの母ちゃんも父ちゃんも絶対絶対、許してくれるって! だって、こんな小さな畑で放っておいても、村中食えるほど育つんだろ!?」


 キラキラした目で私を見つめてくる、少年。

 後ろでは男が申し訳なさそうな視線で、私に助けを求めてくる。


「ああ、そろそろ早い作物は実をつけるだろう」

「へえ……!」

「ほんとですか、キャプテン!?」

「そうだな、これからの私の展望を軽く話しておくか……」


 私はその場にいる、少年と男、そしてディアンと興味のないふりをしているシャディに伝わるように説明した。


「まずここの作物で元山賊の貴様らの腹を満たす。次に余った野菜と種を村に配って、村人にもここと同じことをさせる。そうして、この村全体を一大生産地にする……」

「はあ……別に食えるなら俺たちはそれでいいんですが……そんなに大量に食いもん作っても、腐るだけじゃ……」

「貴様ら、食えるだけで満足か?」

「は?」


 私はほくそ笑んだ。


「それだけやれば当然食糧が余る。余ればそれを売って、金が稼げる。金ができれば、人を雇い、さらに耕作地を広げられる。あとはそれを繰り返す……」

「人を……雇う?」

「む?」

「キャプテン、『雇う』ってなんですか?」

「金を払って人を集めることだが?」

「か、金を……!?」


 私が何気なく発した一言に、それを聞いていた皆が驚いていた。

 近くで作業していた者たちも驚いて、私の近くによってくる。


「金を配ってもらえるんですか!」

「ああ。言ってなかったが、貴様らが作った食糧を売って金さえできれば、いままで働いた日数分の金を配るつもりだぞ」

「ええ!?」


 もともとそのつもりで、日当計算で人数分の給料を腕時計デバイスにメモしていた。もちろんこの惑星の相場がわからないので、実際の給料は相場を考えて出すつもりだった。


 しかしこの反応は。

 私はひょっとしてと思い、男たちに問いかけた。


「待て。貴様ら、雇うという概念を知らんのか?」

「知ってますけど、そりゃ王都の商人の小間使いか工房ギルドの弟子の話でしょう。小作人なんか現物支給で……」

「貴様ら、山賊はどうだったんだ?」

「そんなの出るもんですかい! 稼ぎは頭のもん。そりゃ、ときどき頭の機嫌がいいときがあって……小銭もらって娼館に行くくらいで……!」

「わかった。いままでお前らの巣から奪った略奪品の扱いに困っていたが、さっさと金にして配ろう」

「おお……!」

「もちろん、女たちも平等だ」

「えええええっ!?」


 男たちの歓声よりも女たちの驚きの声のほうが大きかった。


「あ、あたいらももらっていいんですか、ニグレド様!?」

「なにを言っている。男たちと平等に扱うと約束しただろう?」

「だけど、あたいら言っちゃなんですが、こいつらみたいな力仕事は……畑に水撒いてるだけで」

「気にするな。働きは働きだ……文句があるやつは私に言え。陰で文句を言うやつの報告でもいいぞ?」


 金がもらえることに戸惑いを隠せない女たちは、いまからその使い方に悩んでいた。


 いままで黙って聞いていたシャディは自信満々に語る私に疑問をぶつけてきた。


「アンタ、こいつらにそんなこと気軽に約束していいの?」

「なにを心配している?」

「し、心配なんてしてないわよ! でも食糧を売るって言ってるけど、そんなだいぶ先の話……金の支払いが滞らないのかって……」

「先? ここの収穫は二週間単位で行う予定だぞ。実験用の作物は明後日にもできる予定だ」

「はあ!? に、二週間って……アタシが世間知らずだと思って、嘘言ってんじゃないわよ! お父様の農地の収穫時期は……!」

「朝、口にした野菜は、その農地から取れたものより不味かったか?」

「……!」


 どうやら、舌の感覚には嘘はつけないようだ。少し安心した。


「いったい、どういう魔法を使えば……まるでアタシの師匠みたいな……」

「師匠? そうだ、貴様の魔法はどうやって覚えた? 師匠と言うことは、教われば覚えられるのか!?」

「ちょ、ちょっと急に……」


 私はシャディに詰め寄って質問を浴びせかける。

 あまりにも鬼気迫っていたため、ディアンが止めに来るが。


「レドーッ! レドはいるー?」


 そのとき、村のほうからセレナがやってきた。なにやら慌てているようだが、どうしたのだろう。


「セレナか。どうした、慌てて」

「ああ、レド! 大変っ、大変なの!」

「なんだ……また事件か。この村、呪われてるんじゃないか」


 冗談を言う私の手握って、セレナは村へと私を引っ張る。


「来て、こっちこっち! ねえ、レド!」

「いや、待て。わかった、行くから……」


 まったく何ごとか。

 私は男や女たちに作業指示だけして、セレナに誘われるままに村の中心地へと向かった。

 その後ろからはシャディとディアンが着いてきていた。


◇ ◆ ◇


 村の広場はすでに多くの人が集まって、人だかりができていた。

 村人全員が集まっているのではないかというほど、老若男女問わず群がっていた。


「悪い、通してくれ」

「ああ、これはニグレド様! どうぞどうぞ……」


 村人は私に気づき、道をあける。

 そこから私をはじめ、セレナやシャディ、ディアンが人だからの中心へと向かっていく。

 中心から、小さな女の子の声が聞こえてきた。


「はーっはっは! 村総出で大歓迎じゃのう、村長? わー様は満足なのじゃ!」

「はあ、それはもう……ただ我が村は別段珍しいものがあるわけでも、ましてや宮廷魔術師殿が来られるような場所では……」

「ああ、気にするでないぞ。わー様がよったのは、補給のためと情報収集のためなのじゃ!」

「じょ、情報? 補給といっても、我が村には蓄えが乏しく……干し肉くらいならなんとかなるのですが……」

「干し肉ぅ? この村は狩猟名人でもいるのかや?」


 声を聞く限りあきらかに幼さが残っていたが、しゃべり方そのものはどこか変な翻訳がされていた。


 人混みから抜け出すと、そこには荷車の荷台に乗ってぺらぺらとしゃべる女児がいた。

 儀礼服の上から白衣を着て、余らせた袖をぶんぶんと振り回していた。

 頭にはハンチング帽のようなものをかぶり、前髪を髪留めでとめていた。


「そんなことより師匠ー……いいんですか、こんなところでブラブラしてて……」

「わかっとるわい!」


 荷車を引いていた青年が、女児に悪気なくつぶやていた。


「おほん。一応王都から荷車を持ってきたから、補給はいいわい。そんなことよりも情報のほうが必要じゃ……」

「情報? 情報といいましても、先ほどから言っておるとおり……」

「村長よ。ズバリ! 聞くが、最近この村の近くで流れ星を見てないかのう?」

「流れ星、ですか……?」


 一瞬、どきんとした。


(ジル……! 忘れていたが……私たちが墜落したとき、この惑星の人間から観測されていたか……)

<ワイバーンの質量を考えると、さすがに突入時の反応は観測されていたかと……おそらく、この惑星の人間には流れ星・・・だと思われたかと思いますにゃ>


「そういえば……二週間ほど前ですか。夜激しい振動で、村中が騒然としたことはありましたが……」


 大誤算だ。

 あれだけの質量で山肌に当たったのだ。当然、近くのこのジプサム村で観測されてないはずがない。


「それじゃ! 誰か流れ星を観測した者は!?」

「村人は皆小屋の中で就寝中でしたので、ただの地鳴りかと……」

「地鳴りなわけないじゃろ! くう、隕石が墜落した正確な方角がわかるかと思ったがのう!」


 女児は悔しそうに、身震いした。


「ん? 誰じゃ、おぬしは?」


 そこで人々が避けているのを見て、私に気づいたようだ。


「おお、これはニグレド殿!」


 村長のジプサムが私に助け船を求めてくる。

 貴様が本来はこの村の村長だろうが、なんでも私に助けを求めるな。

 ただ相手の正体がわからなかったので、女児相手と言えど最大限の配慮を持って挨拶しておいた。


「お初にお目にかかります、ニグレド・ゴールドフィールドと言います」

「ふうむ。おお、そうじゃ、わー様も自己紹介しておこうかのう。わー様はラピス・ヴァルーリア……いわゆる宮廷魔術師じゃ!」

「宮廷……魔術師……?」


 一瞬うさん臭いものを聞いた気になった。

 だが、この惑星には魔法という不思議な技術が存在している。

 私はひょっとしてこの人物も、と思った。


「ちょっと、通して……通しなさいよ!」


 そこでやっと、人混みを押しのけてシャディが顔を出す。

 同時にラピスのことを見て大声をあげた。


「あああ! 聞き覚えのある声で、誰かと思えば――師匠じゃないですか!?」

「は?」


 戸惑う私に、目の前の小さな宮廷魔術師は見知った顔のように挨拶する。


「おお、久しいのう……シャルディ?」

「シャディ、です!!!」

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