31話 朝食 ~Taste~

「おはよ……ここでは、アンタも床で寝るのね」

「……?」


 朝、私は思ってもない人物に起こされて毛布の中で微睡んでいた。

 少しだけ目が覚めてきて、私は私を見下ろしてくる女に答えた。


「意外か……シャディ」

「別に。でも、アンタがこの集団のトップなのに示しがつかないんじゃない?」

「ふっ。それはアドバイスのつもりか?」

「誰がっ……!」


 床から上半身を起こした私に、シャディは腕組して、そっぽを向いた。


「私たちに与えられたこの平屋まだまだ狭い。宇宙海賊われわれは臨機応変に状況に順応する」

「我々……?」

「だから贅沢な部屋は……そうだな。それぞれ住居を建てたときに、私の小屋にはふかふかのベッドでも用意してもらおう」

「住居? この村には大工もいなそうだけど……」

「自分たちで住むところだ、自分たちで建てる。それとも貴様らには、大工がいなければ家を建ててはいけないという偏狭へんきょうな教えでもあるのか?」

「ふん。好きにすれば?」


 私は笑いながら立ち上がり、扉に向かって歩き出した。

 周りの床に寝ている人間はひとりもいなかった。


「どこに行こうっての?」

「朝食だ。食うだろう?」

「山賊に施しなんて受けないわ。って、ちょっとディアン!? どこ行くのよ!」


 主人のシャディはともかく、後ろの黒髪長髪の付き人は私たちの朝食に興味があるようだ。

 普段は影のようについていく主人を追い越して、私のほうに向かってきた。


◇ ◆ ◇


「ニグレド様、どうぞ」


 ルチルが親しみを感じさせないぶっきらぼうな言い方はそのままに、私の目の前に丁寧に朝食の皿を置いた。


「ありがとう、ルチル」

「……ッ! い、いえ……仕事ですから」

「……?」


 まだ体調が優れないのか、ルチルは頬を赤くして答えた。

 それでも配膳の仕事を続けるルチル。

 ちょうど私の横に座ったシャディを見つめ、少し黙った後、彼女はスープが中に入った皿を机に置いた。


「はい……」


――どんっ!


「ちょっと!? スープが服に飛んだわよ!」

「中身全部、かけるつもりだったんだけど……?」

「なんですってー!?」


 乱暴に置かれた皿からスープがこぼれて、服にかかったらしい。

 シャディの金切り声に、食卓についていた男女が振り返る。


「ディアン、貴方もなにか言ってあげなさい……なにしてるの?」

「…………」


 ディアンは興味深そうに自分の前に置かれた皿を見つめている。

 そして隣のシャディを見つめて、真剣な口調で諭した。


「シャディ様、静かになさってください。……そうしなければ、召し上がれません」

「~~~っ! ディアン、貴方ねえ……!」


 ディアンは周りを見て、どうやら配膳が終わらなければ食事がはじまらないことに気づいたらしい。

 ついには自分のしもべにすら、雑に扱われ、いよいよ憮然としたしまうお嬢様。


 配膳がすべて済んで、うちの料理長である女が食事の音頭を取る。


「いただきます!」

「「「いただきまーす!」」」


 自分が命じたこととはいえ、むさ苦しい男たちが幼稚園児のように喜び勇んで、挨拶する様は何度見ても異様だなと思う。


「いただきます……」

「ディアン、貴方まで……!」

「シャディ様、『郷に入れば……』という言葉もございます」


 ディアンは一言残し、隣の主人を無視して、スープを木のスプーンで一口食べる。

 いままで細かった目が見開かれる。


「…………!」

「どうしたの……ディアン、大丈夫? 毒でも入ってた?」

「……ッ! …………ッ!」

「ちょっと、ディアン!? やっぱり山賊の料理なんか……」


 心配する主人をよそに、ディアンは皿の中のスープをスプーンを使うのもわずらわしそうに皿を掴んで、口に流し込むと、一瞬にして飲み干してしまった。


「……シャディ様、召し上がらないのなら私が食べますよ」

「ちょっ!? なに考えてんのよ……食べるわよ、食べるから取んな!」


 言葉少なに、主人の皿を取り上げようとする長身褐色の男。

 それに慌てて、自分の皿を死守する主人。


「なにやってんだか……」


 シャディとは反対側、私の隣でルチルがスープを食べながらあきれたように言った。


「はぁはぁ……た、食べるわよ……!」

「召し上がらないのなら、私が……」

「だから貴方は黙ってなさい!」


 しつこくシャディの朝食を奪おうとするディアンと、食べなれない料理を前に踏ん切りがつかないシャディ。

 震える手でスプーンを手に取り、スープをすくって口に運ぶ。


「…………」


 最初は不安そうだったその表情が、一瞬の疑問から、驚愕に変わったあと、スプーンをつかむ手に力が入る。

 先ほどのディアンと同じように、ガツガツとスプーンを運ぶ。


「……! ……ッ!」

「みっともない……ただのスープで」


 ルチルが隣で呆れているので、私はからかってやった。


「ルチルがはじめて食べたときは、シャディよりおおしとやかだったんだな」

「…………」


 ルチルは顔を赤くして、無言でスープを飲みはじめた。


「…………」

「シャディ様、食事が終わったら『ごちそうさま』ですよ」

「わかってるわよ! 子供じゃないんだから、いちいち……ごちそうさま!」

「どうだ、美味かったか?」

「ま、まあまあなんじゃない!」


 私の問いかけに、スープの野菜くずを口の端につけながらそう言うお嬢様。


<なにワロてますにゃあ……>

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