30話 帰還 ~Visit~

 村に帰ると、もう戸張はどっぷりと落ちており、周囲は真っ暗だった。

 馬車からランタン片手に先に降りた私の後にふたりはついてくる。


「はあ……まったく冴えない村ね」


 こんな暗闇では、月明かりを頼りにしてもなにも見えてはいないと思う。

 しかしシャディは悪態をついて、ジプサム村を見渡した。その憮然とした表情がランタンに照らされる。


(それにしてもこの惑星には天然の衛星つきがあるのだな……いまさらながら気づいたぞ)

<まあ墜落するときは、さすがにそんにゃの確認する余裕はにゃかったですからにゃあ>


 月明かりは煌々と地上を照らしていた。

 そういえば夜は街灯ひとつないので小屋で寝ているか、それとも人気のない場所まで行って作業に集中しているかどちらかだったから外の様子など観察していなかった。


(もう少し工業を発展させたら、街灯くらいはつけるか……)

<工業技術までこの惑星に根付かせる気ですかにゃ? いったいいつになるやら……>

(それほど時間はかからん。ゼロから発明させるわけでもあるまい)


「コニス、ランタンは借りていくぞ」

「はい。それはもちろん……! それより、護衛もなく危ないくないですか?」

「それはこちらのセリフだ。もう夜だぞ、帰りは大丈夫なのか」

「たしかに危ないので、今日は村に泊っていきます……ライオライト様には許可をいただいていますので」

「そうか……」

「ちょっと! あたしはこんな泥臭い村のどこで寝ればいいのよ!?」


 私がコニスと話していると痺れを切らしたのか、後ろでじゃじゃ馬お嬢様が騒ぎはじめた。


「貴様が勝手についてきたんだろう……まあいい。宿くらいは提供しよう……」


 じゃじゃ馬娘とはいえ、ライオライト伯の娘だ。

 せっかく作った貴族とのコネを強固にするためにも、多少は優遇しておいてもいいかもしれない。


「こちらだ、着いてこい」

「偉そうに……ボロ小屋だったら許さないから!」


 まあこういう、跳ねっ返りの相手は海賊業で慣れている。

 そう思えばこの惑星に不時着してまだ二週間程度だが、宇宙そらが懐かしくもなってくる。


「…………」


 一方付き人のディアンという男は馬車の中でも無言、降りても無言を貫いていた。

 周囲を油断なく警戒しながら、その黒づくめのスーツと黒髪からこの闇夜に溶けてしまいそうだ。


「ではな、コニス」


 私はコニスと別れて、村の外れにある小屋へと向かった。


◇ ◆ ◇


「やっぱりボロ小屋じゃない!」


 予想どおり、お嬢様は小屋を前にいなないた。


「否定はせん」


 私は思ったことを短く返して中へと入っていく。

 ぶつくさ文句を言いつつも、私に置いて行かれると思ったのか、シャディは私の後を慌てて追いかけてきた。

 そのあとにディアンも続く。


「なっ……なによ、こいつら!」


 中に入ってシャディは驚きの言葉を漏らす。


「ああん? って、こりゃ頭……あ、いや船長キャプテン、お早いお帰りで!」

「それだと嫌味になるぞ。気をつけろ」

「へいっ」


 小屋で就寝の準備をはじめていた元山賊の男たちに驚き、ジロジロと見つめるシャディと。

 そんな彼女を物珍しく眺める小屋の男たちや女たち。


「誰、こいつ?」

「ん?」


 奥の女たちの集団からひとり進み出てきた女がいた。

 この女はたしか。


「ルチル……」

「名前、覚えててくれたんだ……いちいち礼は言わないよ」


 私の渡したカプセルの効果だろう。

 全快とは言わないが、朝のあの惨状が嘘のように、すでに立って歩けるほどにはなったらしい。

 女たちの作った栄養のあるスープも効いているのだろう。


「でも、感謝はしてる……ニグレド様」

「様……?」

「それで、この女は誰?」


 ルチルが、シャディを指さしてたずねてくる。

 彼女のその態度に指を指されたシャディは不機嫌そうだ。


 説明しないといけないか。


「ああ、こいつ……彼女は、ライオライト伯のご息女であるシャディ嬢だ。知っての通りライオライト伯はここ周辺の領主であられる、丁重にもてなせ」

「な、なんですって!? キャプテン、おれたちは山賊団を解散しましたが、それでもライオライト伯っていやあ宿敵の……その娘ってありゃおれたちも黙っちゃいれませんぜ……」

「なによ? やろうっての……」


 シャディは腰に差していた剣を抜いて、構えようとする。

 男たちも武器の代わりに近くの壁に雑に立てかけてあった農具を持って、立ち上がった。もうすでに立派な農民だな。


 しかし、就寝前の緩やかな雰囲気が、一瞬にして一色触発の事態だ。


(爆弾娘……)

<言ってる場合ですかにゃ?>


 相棒の言うとおりだ。

 ここは仲裁せねばな。


「おい、やめろ。貴様らはさっさと寝ろ。明りの燃料代がもったいない」


 私は脇のじゃじゃ馬娘に向き直ってしたくもないさとしをほどこす。


「シャディ、貴様が倒したいのはこんな雑魚か?」

「はあ?」

「ざ、雑魚? おれたちが……?」

「キャプテンがしゃべってるんだろうが、お前は黙っとけ!」


 男たちがざわつくがそれを無視して私は続けた。


「私を倒すのだろう? その剣か……もしくは貴様の、魔法で」

「…………」

「シャディ様、ここで戦うのは得策ではありません」


 ここで黙っていたディアンにも助言を受け、剣を収めた。


「ふん。あたしのベッドは?」

「ないよ。そこらで寝な」


 シャディの不遜な言い方に、敵意を包み隠さずルチルが返す。


「はあ!? なにそれ……」

「あたしらも雑魚寝だよ……貴族のお嬢様かなんか知らないが、ここで過ごすつもりならここの規則に従うんだね……」

「……っ!」


 その場の男も女も、皆、異物である彼女をどう扱っていいかわからず戸惑っていた。

 それはシャディも同じようだ。この怒りの矛先をどこに向けるべきか迷ったまま、ルチルからひったくるように奪い取った毛布にくるまって、部屋の隅で丸まった。

 その後ろからディアンも毛布を受け取り、シャディの近くの壁にもたれかかって、毛布を肩からかぶって座って目をつむる。


「はあ……思ったより、未開惑星の支配も楽ではないな……」

<ご愁傷様ですにゃあ、マスター>


 私はここでのやり取りでどっと疲れたような気がした。


 だが、翌日起こる事件に比べれば、これもまだまだ嵐の前の静けさにすぎなかったこと知る。

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