29話 帰路 ~Accompany~
カラカラと地面をこする、大きな木製の車輪が音を立てる。
私はその一定の音を聞きながら、不快な馬車の中で黙って座っていた。
サスペンションもなく、地面から直で来る振動であいかわらず尻が痛い。
(クッションくらいないのか……)
屋敷の中の調度品を見る限りクッションくらいは作り出せると思う。
ひょっとしたら馬車の中にそう言ったものを持ち込むという発想がないのかもしれない。
そんな硬い座席にしっくはっくしていた。
しかし不快なのはなにも馬車の硬い椅子だけではない。
「…………」
「…………」
迎えの座席に座っているふたりの男女。
シャディと、長髪黒髪の付き人の男。
(たしか……ディアンと言ったか)
彼らは私と同乗していた。
ディアンは静かに前を向いているだけだが、シャディはその敵意を隠すことなく私をにらみ続けている。
まったく落ち着かない。それは決して馬車の乗り心地が悪いというだけではないはずだ。
「悪いが、なにかあるなら言ってもらいたいのだが……」
「なんでもないわよ! 話しかけないでもらえるかしら!?」
「…………」
私のほうから話しかけてみたが、なしのつぶてである。
なにがそんなに気に入らないのだろう。依然、彼女に睨まれたまま、私は山に日が沈む中、村へと向かった。
不快な馬車という乗り物と合わせて、とても居心地が悪かった。
<くくくっ、マスター相当、嫌われてますにゃ!>
(黙れ、外して馬車の車輪に
◇ ◆ ◇
――遡ること数十分。
屋敷の中でライオライト伯と有益ないくつかの会話を交わして、村へと帰ることになった。
私の働きを認め、気に入ったライオライト伯は異例の早さで、王家に私を男爵――貴族としては最低限の地位で、領地も王家からは与えられない――として推挙するようと言ってくれた。
準備にはしばらくかかるようだし、位も決して高いものではないが、この惑星の一国家首長への手がかりとしては悪くない。
結果に満足しながらも、村に帰るという私にライオライト伯は庭まで見送りに来て、名残惜しそうにしていた。
「よければ我が家で泊っていけば……」
「いえ、村に残した作業が気になりますので……」
「そうですか。それなら致し方ありませんな。トラカイ、馬車の用意を!」
「あ、いえ……」
私は前回のことを思い出して嫌な予感がした。
早速、断ろうとしたが、遅かったらしい。
「ライオライト様、すでに馬車はご用意させていただいております。来るときは用意がなく、申し訳ありませんでした、ニグレド様……」
トラカイがすぐさまそう言って、屋敷の門のほうを手のひらで指し示した。
「いえ……あ、その……ありがとうございます」
私は渋々、大人の対応をせざるを得なかった。
<くくっ、演技のためとはいえマスターがしどろもどろになるのは面白いですにゃ!>
(ジル、疲れたときは言え。いつでも電源を落としてやる……)
私が門のほうを見ると、そこにはどこか見慣れた青年が御者台から降りてきた。
「あ、ニグレド様……!」
「むっ……貴様はたしか、コニス……だったか?」
そこにいたのは、村で出会った御者のコニスだった。
例のビフト事件で、ビフトの襲来を最初に村に告げた元ジプサム村出身の青年だ。
「……ということは、今日は貴様が私を送ってくれるのか」
「はい!」
コニスは嬉しそうにうなづいた。
「あ、そういえばニグレド様と……ライオライト様にも伝えないといけないことがあるんですが……」
「おお、なんだ?」
言いにくそうにするコニスに、ライオライト伯は一介の御者に接する主人とは思えない気さくさで耳を傾けた。
「あの、馬車の中に……」
「馬車の中……?」
ライオライト伯が馬車へと向かって歩いていく。
そして馬車の隣まで行って中を見てびっくりした様子で、叫んだ。
「なっ、なにをやっとるんだ、シャディ!」
馬車の小さい扉が開かれて中から身をかがめて、女が顔を出す。
「あら、パパ。あたし、あのニグレドという男に借りがあるの……だから、その借りを返すまであの男についていくわ」
「はあああ!? おまえはなにを言っとるんだ! おい、ディアン! 貴様を娘に付けた意味わかっとるのか……!」
どうやら馬車の中には別の者も乗っているようだ。
私とトラカイ、コニスは馬車へと近づいていってみる。
馬車のこれまた狭い車内に身を折るように入っていた長身長髪の男が、ライオライト伯に静かに威厳を持って返した。
「私は、あなたからシャディ様のお世話を任されました。私の主人はライオライト伯ではなく、シャディ様です……シャディ様の命令こそが最優先事項となっております」
「おま、おまっ……」
これではどちらが主人かわからない。
あのじゃじゃ馬娘といい、その付き人といいひと癖もふた癖もあるらしい。
「あら、ニグレドじゃない……」
馬車の中から私を見つけたシャディは、剣呑な笑みを浮かべて私に挑戦的な視線を向けてくる。
私はひとつたずねる。
「体調はもういいのか?」
「うっ……あたしを助けたんですって?」
「空から落ちてくる貴様を受け止めただけだ……」
「ふん! 礼は言わないからね!」
「べつに礼を期待していたわけではない。それよりどうして馬車に乗っている」
「決まってるじゃない……」
シャディは私を馬鹿にするように、少し高い馬車のステップに立ちながら見下ろしてくる。
「あたし、アンタについて行くから! このシャディ様から、逃げられると思わないことね!」
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