28話 貴族 ~Recommendation~

「あと何度耐えられるでしょうね……さあ!」


 空中で勝ち誇ったように笑うシャディ。

 私はそれを油断ない顔で見上げたまま、じっとしていた。


 周りでは先ほどの暴風の余波を食らった騎士たちが立ち上がって、屋敷の内塀へとわらわらと逃げていた。


<どうするんですにゃあ……! 防塵スーツさえも傷つけ、避けるのも不可能……その上、回数制限もない。しかも原理不明で、意味不明なあんな技、どうやって対処するんですにゃあ!>

「…………」


 あの『疾風魔法』とやらをまた撃つため、シャディは右手に握った剣の切っ先に風を集めはじめた。

 だが彼女は空中にいるため、こちらはその行為に干渉や邪魔はできない。

 だから私は無力を悟りその溜めの間に、彼女に質問した。


(そうだ……ジル、翻訳を意訳と直訳両方で起動しておいてくれ)

<やりますにゃ……けど、なにをそんな冷静に……諦めたんですかにゃ?>


 ついでに相棒に、翻訳機の調整を頼む。


「シャディと言ったな。いまから貴様の技に倒れる哀れな戦士に、いくつか教えてくれないか?」

「はあ? なにを企んでいるの?」

「企むもなにも……貴様のその技に私は無力だ……」

「ふうん……なによ?」


 よし。


「貴様のその技は本当に……その、魔法なのか?」

「アンタは人間が魔法も使わずに空を飛ぶのを見たことがあるの?」

「いや、そもそも私は魔法を見たことがない。田舎の出でな」

「へえ……その割には変な武器使ってるのね。まあいいわ、ならよーく見なさい。これが魔法よ」


 風を十分に集まったのか、シャディは剣をまた頭上に掲げる。


「いや、待て! まだ聞きたいことがある」

「なんなのよ、やっぱり時間稼ぎしてる?」

「その魔法はほかの者……たとえばお前の父親や、そこらの騎士たちも扱えるものなのか?」


 私は庭で頭の兜を押さえて怯える男たちを指さして、たずねてみる。


「はっ。ふざけてんの……でっきるわけないじゃない! あたしが魔法を使えるのは、あたしがスペシャルなの! だいたい、飛翔魔法フレースヴェルク剣衣魔法レーヴァンティン疾風魔法シュトゥルムのみっつを同時に操れるのも、師匠をのぞけばあたしだけなんだから!」


 なるほど。この惑星の人間は全員、扱えるというわけでもないのか。

 むしろ特別な才能が必要なのかもしれない。

 その情報だけでもありがたい。


<そんにゃ科学的でない情報を悠長に収集してる場合じゃないですにゃあ!>

(黙ってろ。科学的じゃないかどうかはまったく重要じゃない……魔法という新しい体系の技術が実際に存在するとして、それがなんらかの論理的かつ……)

「なにをぶつぶつと、やっぱり時間稼ぎだったか! これで終わりよ! 疾風魔法シュトゥルム……!」

「…………!」


 来たか。


 私は剣風がこちらに形になって届く前に、左手に握られていたブラスターを呼び動作なく向けて撃った。


「うぐっ……なっ……に……」


 まあ対策というにはあまりにもお粗末だが、攻撃の起点が所詮、本人なのであれば相手よりも先に撃てば勝てると言うことだ。


「…………」

「……まずい!?」


 問題はパラライズの効果で気絶したシャディがなんの支えもなく、空中から自由落下してきたことだ。

 私は走り出した。同時にいままで見届け人として静かに見ていた、付き人である長髪の男も走ってきた。


 だが所詮はこの惑星の住人。私のほうが速い。


「ぐっ……!」

<ニャイス、キャッチですにゃ!>

「冗談じゃない」


 さすがに空から落ちてきた人ひとりを抱きかかえるのは骨が折れる。

 私が少女を無事助けたのを見て、付き人の男は


<骨、折れたんですかにゃ?>

「黙っておけ、ジル……」


 そうこうしていると屋敷の扉が勢いよく開かれて、そこからトラカイとここの主人であるライオライト伯が出てきた。


「なにやら不審な音がするから出てきてみれば……これはいったいどういうことです、ニグレド様!」


 トラカイは目を見開いてわなわなと驚いていたが、一方ライオライト伯は私の腕の中の娘と、私の有様を見て察したように、頭を伏せた。

 眉間を揉んで、頭痛に耐えるような仕草をした気がした。


◆ ◇ ◆


「ニグレド殿、災難でしたな……いや、失礼。私の娘が、迷惑をかけたようで……」


 私は例の客間に通され、ソファに座らされて、第一声ライオライト伯に謝罪されていた。

 彼の片脇には、執事であるトラカイが静かに立ち、控えていた。


「いえ、幸い傷もないですし……お気になさらないでください」

<もう少しで命もなかったところですけどにゃ>

「黙っとけ」

「は?」

「いや……なんでもありませんよ」


 相棒と話すのに、ついつい骨伝導の無声会話と小声での有声会話を間違ってしまう。


「それよりシャディ……ご息女は無事ですか?」


 シャディは私が救った後、騎士たちに屋敷の寝室へと運ばれていった。


「ああ、あのじゃじゃ馬娘はいつも自分の力を試す相手を求めていまして……武人と見るとああやって無鉄砲に……」

「ちょ、ちょっと待ってください」

「……?」

「あの、シャディ様が不思議な力を使えるのを、伯爵様はご存じなのですか?」

「ええ……幼いころ、王都に逗留させた際に覚えてきたようで……」


 王都か。


<興味ありますにゃ?>

(ああ。いずれこの惑星を支配するなら、人が集まるところを効果的に押さえたいからな……)


 それに王都であのシャディが魔法を覚えたというのも気になる。


 まあいまはそれよりも、ライオライト伯の話が優先だ。


「それで、伯爵様……私になにか用ですか?」

「おお! そうだ……この度は、グラインダー一家の討伐ご苦労であった」

「グラインダー一家?」

「ニグレド殿が討伐した山賊団の名前ですよ……しかし、トラカイから聞いたときは驚きましたぞ。討伐を依頼にいったらすでに山賊団を壊滅させたあとどころか、多くの残党を率いていたとか……」


 ライオライト伯の瞳が剣呑に光る。

 だから私は念のため弁明しておいた。


「いえ、私は農耕がしたかったのです」

「ほう……農耕?」

「そうです。濃厚には労働力が必要ですから。それさえ順調にいけば、山賊の男たちを使って、略奪させる必要も、する必要もありませんから……」

「…………」


 ここで謀反や敵意ありと悟られるのは、賢い手段ではない。

 この先がどうであろうと、いまはまだライオライト伯に私の真意を知られるべきではない。


「この度の先立っての山賊討伐、加えてビフトの迎撃……その他、トラカイたちに見せた風のように林を走る力といい、我が愚息を退しりぞけたこと、あげれば切りがありませんな……」

「…………」


 ライオライト伯の迂遠うえんな表現が少々退屈だった。


「私はこれらが難行や偉業にいささか数が足らんとは思いませんし、貴殿の態度や振る舞いも褒められこそすれ、粗野なところは見受けられませんし……唯一の不安点といえば出身や由来がわからない点ですが、それとも些末なことにすぎん」

「…………?」

「ニグレド殿!」

「……!」


 ライオライト伯はいきなり、テーブルから身を乗り出して私の肩を掴むと、こう言った。


「ニグレド殿……貴族の立場に興味はございませんかな?」


 私の目を見つめるその瞳は、嘘をついているようには見えなかった。

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