27話 解析不能 ~Magic~

「…………」


 理解不能だった。

 まさかジェットパックを背負っているわけでも、腕部に推進装置でもつけているわけでもなく、人ひとりが悠々と空を飛ぶとは。

 しかも、そのまま少女は安定して飛翔、空中浮遊を続けている。ちっとも落ちてくる気配はない。


「な、なんだ……!? なにが起こっている……おい、ジル! なにがどうなっている……」


 私は空中に浮かぶシャディを見上げながら、混乱して相棒に頼る。


<にゃ、にゃにゃ、にゃんですか、あれは……あれはにゃんにゃんですか、マスター!?>

「貴様もか! ええい、AIが驚くんじゃない!」


 相棒も我を失っていた。駄目だ。


 まあ無理もない。

 何の装備もなく、何の技術もないただの人間が重力に逆らって空を飛べる方法なんて、広い宇宙中を探したって聞いたことがない。


<原理が一切不明ですにゃ! あの女の周囲の光子フォトン、Wボソン、Zボソン、重力子グラビトロン……一切、反応が検出されませんにゃ! ……いや、微弱ですがグラビトロンに偏りが見えますが……ほとんど微弱な誤差ですにゃ!>

「あれは、もしかして……宇宙物理学的な作用ではないということか……」


 そんな馬鹿な。


「なにを驚いているの? アンタも使い手なら、これくらいは予想できたんじゃない……」

「さっきから使い手、使い手と、なんの話だ……」


 私はなんとか表面上だけでも取り繕って、答える。

 それでも一切、余裕がないのが口調に現れている。


「あー、イライラしてきた! なにしらばっくれてるのよ! あたしは見せたんだから……アンタも見せなさい!」

「……ッ!」


 ビュンと空中から地上にいる私まで、一息で下降してくる。

 やはりその動きを見ている限り、背後になんらかの大がかりな装置はないようだ。


「ちぃっ……外した!」


 動きは予想外だったが、早さはいまの私には十分捉えられる速さだ。

 ただし、さっき防塵スーツを裂いたことといい、彼女の握る剣は見た目以上の当たり範囲が大きいように思う。


 私は多少大げさでも、大きく後方に飛んで避けた。


 細身の剣が、大仰なグレートソードのようにいままで私が立っていた地面をえぐる。


「おい、ジル……あの剣もおかしな反応はないのか!」

<まったくありませんにゃ……ただ、マスターが見ている実体部分よりも、二割ほど実際は太いみたいですにゃ……幻の刃といったらいいのかにゃ……>

「そんなことは見たらわかる!」


 いまは原理などどうでもいい。

 とにかく、相手の攻撃を食らう前に、こちらがパラライズ・ブラスターを当てる必要がある。

 ようやく頭が冷静になってきた。


 一方、少女は再び空中に浮かんで、私を冷徹に見下ろしてきた。


「フレースヴェルクに、レーヴァンティン……ふん、私にふたつも使わせるなんてね」

(ええい、なんだこの翻訳は!? 直訳しろ、直訳を……)

<わかりましたにゃ……>


 どうやら現地語の意訳の精度が繊細すぎるらしい。

 少女の言葉に不明瞭な単語が混じっている。


<ちなみに先ほどの言葉を直訳すると、『飛翔魔法』と『剣衣魔法』でしたにゃ>

「魔法だと……?」


 翻訳機のバグか。


「けどアンタは勘違いしてる……あたしが同時使用できるのが、ふたつだけだとは思わないことね……」

「なんだ……? 風が……?」


 それまで、そよ風しか吹いていなかったライオライト伯邸の庭に、強い風が吹きはじめる。


「まずい!? お嬢様のアレが来るぞ!」

「逃げろ逃げろ……伏せるんだよ、頭が飛ぶぞ!」


 にわかに騎士たちが騒ぎ始める。

 慌てて庭の芝生に伏せて、頭を抱えた。


「行くわよ……」


 まるで剣にその風が吸い込まれていくように、地上からすべての風が飲まれていく。

 少女の剣先に渦巻く、つむじ風がまとわりついているようだ。


<にゃ、にゃにをする気にゃ?>

「まずいぞ……!」


 私は本能的に防御姿勢を取る。


 対照的に少女は剣を大きく掲げ、団扇のように下方に向けて振るう。


「さあ、耐えられるかしら……私の疾風魔法しっぷうまほうを!」


 大仰なセリフから、私の身体には何の変化もなかった。

 拍子抜けという印象から防御姿勢を解こうとして、間髪入れずに背筋が凍った気がした。


「……グガガッ!?」


 それは瞬間的な風の爆発だった。

 暴風と呼ぶにはあまりに暴力的な、爆風だった。


「グオオオオッ……!」


 地面から引きはがされるかと思ったら、上から見えない巨人の手のひらで地面に押しつぶされた気分だ。暴風で左右に殴られ、全身に無数の見えない刃が走る。

 私はスーツから露出した頭部を両腕でかばうのが精いっぱいだった。


「まずい……!」

<にゃー!? にゃにゃ、これはいったい……!?>


 ジャージの上下がずたずたにはじけ飛ぶ。

 下から防塵スーツが顔を覗かせるが、この暴風にさらされては、このままだと持たない。


 肝を冷やしつつも、どうやらそれで暴風は止んだ。


「な……なんとかなったか……?」

「へえ。直撃させたはずなんだけど……まあいいわ。なら何度でも食らわすまでよ!」


 嘘だろ。

 何発でも撃てるというのか。


「あんな反則技を?」


 私は絶望した。

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