26話 決闘 ~Flight~

「なにしてるの……?」

「なにを……とは?」


 ライオライト伯が娘シャディ・ライオライトに細身の剣を眼前に向けられ、問いかけられた。

 私は戸惑うことしかできなかった。


「だから! 武器を手に取りなさいよ!? 本当に舐めてるの?」


 ああ、そういうことか。


「失礼。私は徒手空拳で行かせてもらいます」


 そう言って、私は映画ホログラムで見た格闘家の構えを、見様見真似で構えてみせる。

 中々、私的には様になっているつもりだった。


「なに、それは!? 舐めてるの! 舐めてるのね……フッ!」


 シャディは手に持った剣を突き出してきた。


「……っ!」

「おお……! シャディ様の突きを初見で避けたぞ!」


 だから私はそれを難なく避けた。

 それを見て、見物人かつ立会人となった騎士たちが驚きの声をあげる。


(だが――遅い!)


 見える。

 細くしなる剣先の揺れすら見える。


「くっ、避けるな! 避けなければ、致命傷で許してあげる……避ければ、致命傷を!」


 意識を集中してみせれば、相手の呼吸すらわかるようだ。

 思い返してみれば、この惑星に墜落してから道具や機械に頼ってばかりだったが、こうやって自分の感覚に頼ってみると世界が一変するようだ。


 シャディは手首のスナップだけで剣を突いてくる。

 剣術の覚えがない私にはわからないが、戦闘経験から来る直感から、動きは洗練されているらしいことがわかる。

 手首や狙いはブレず、ひたすら私の首筋を狙ってくる。


「このっ、このっ……なんで! かすりもしないの……!?」

「なんだ……あの客人にはまるで、お嬢様の剣筋が見えているようだ……」

「俺にはまったく見えないぞ……本当か……」


 たしかにこれだけ騎士たちに実力を認められている女戦士相手に、ここまで余裕で立ち回れるのは、やはり相棒の言うように私が“化け物”だからか。


(しかし、なにか違和感が……)

<違和感? なにがですかにゃ……>

(いや……剣が少し、?)

<意味がわかりませんにゃ>


 私も自分で言っていて、よく意味がわからない。


 ともかく私はライオライト邸の、前庭でシャディの剣を避け続けていた。


「そろそろ終わりにしませんか? いくら続けてもあなたの剣は私に当たらないでしょう……」

「ふざけないで! 当てる、当てられなくてもかすらせて……最後は当てる!」


 どうやら、この少女思ったより諦めが悪いらしい。

 不屈の闘志で、私に剣先を当てようと何度も突いてくる。


 なにが彼女をそうまでして、駆り立てるのだろう。


「……ッ!?」

「やった……!?」


 そんなことをしていると、私の身体がついに根負けしたのか首筋に剣の先端がかする。


 最初に感じたのは危機感。

 そして驚愕だった。


<マスター!?>

(わかっている……!)


 私はいつものジャージの下に、念のため防塵スーツを着用していた。

 念のため。そう、念のためだったはずだ。


 その防塵スーツねんのためが、破れたのだ。

 あの時速400キロに到達する小石デブリすら防ぐ防塵スーツが、だ。


「へえ、やっと本気を出したってこと?」

「ええ。おてんば娘は、早くしつけさせていただくとしましょう」


 私は冗談を返しながら、腰からレーザーブレードを引き抜いて、構えた。

 まだレーザーは出していない。スイッチには指をかけている。


「原理はわからんが、偶然とは考えられん……」

<ただの金属製の剣で……ひょっとして超振動ブレードにゃ……>

「ジル、スキャナーでわからんのか」

<いえ、そういう反応は検出できませんにゃ>

「いったい、誰と話しているのかしら? 来ないなら、こっちから行くわよ!」

「……ジル、来た。やるぞ!」


 来た。

 

 勝負は一瞬だ。


 相手と斬り結ぶ際、相手の剣を私のレーザーブレードで蒸発、破損させる。


「ハアアッ!」


 シャディは再び剣で私の胸を突こうとしてくる。

 だから私はそれをすんでの見切りで避けて、レーザーブレードを一瞬、顕現させてシャディの剣の刃を切る。

 それで彼女の鉄の刃は、レーザー光で見事、蒸発破断され柄しか残っていなかった。


 ――はずだった。本来は。


「なに!?」

「なんだと!?」


 私たちは、ほとんど同時に叫んでいた。


「なに、その剣は……なんかおかしいと思ってたけど、アンタも使い手?」

「使い手? なんの……いや、それよりも貴様のその剣……なにを使っている?」

「剣? それともあたし?」


 私たちはふたりして混乱していた。


 シャディが言っている意味はわからないが、彼女の握っている剣は、私のレーザーブレードを受けてもまったく無傷だった。

 防塵スーツといい、レーザーブレードを受け止めた剣といい。

 やはりなにかが、おかしい。


「まあいいわ。次で確実に決める!」

「……!」


 まずい。

 決められる。


 私は思わず腰からもうひとつの光の剣――ブラスターを左手で引き抜いた。

 躊躇なく、麻痺パラライズモードで、トリガーを引く。

 銃口と少女を結ぶ空間に、一筋の細い光線が光る。


「……ッ!? フレースヴェルク!」


 少女は地面を強く蹴って、私の放った光線を避けた。


「…………飛ん、だ……だと?」


 少女は空中へと飛んで、避けたのだ。


 なんだ。どういうことだ。原理はいったい。それは誰でもできることなのか。危なくないのか。どれだけの高さまで。いや、そもそもどうやってそこまで行ったのだ。


 思考が千々に乱れる。


 なぜなら、彼女は明らかに人間五人分はあろうかという空中に、何の支えもなく浮かんでいたからだ。

 そこから、シャディはゆっくりと振り返って無言で、足元の遥か小さくなったであろう私を見下ろしていた。


「…………」

「なんだ……?」


 私は夢でも見ているのか。

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