4話 光の剣 ~Blaster~

「貴様の相手は……私だ」

<マスター!?>


 私はなにを思ったか、女とクマの間に割って入るように飛び出ていた。


「――!? ――!」


 後ろで女がなにか言ったが、言葉がわからず聞き取れなかった。


 だがなんとなく、言いたいことはわかる。

 茂みの中から急に見慣れない人間が飛び出してきて驚いているのだろう。


「ガオッ!? ガオ……ガアアアッ!」


 驚いているのは原生生物のクマのほうも同じで、急に飛び出てきた私に驚いたように立ち上がり、急停止した。

 立ち上がったその生物の身長は軽く3メートルを超えている。


「ははは……」


 私は冷静になると素直に恐怖した。思わず変な笑い声が口からもれる。

 こんな化け物絶対相手にできない。

 そんな私の恐怖を嗅ぎ取ったのか、驚いていた相手は再び後ろ足で地面を蹴ると、すごい勢いで突進してきた。


「ガオ……ガオオオオッ!」


――ドドド!


<マスター、逃げてくださいにゃ! 人間の敵う相手ではありませんにゃ!>


 駄目だ。逃げる暇なんてない。


「ならばっ!」


――ガシッ!


「ぐうう……うおおおっ!」

「ガアッ?」


 私は突進してくるクマの頭を掴んで、その巨体を押しとどめる。


<え? マスターのいったいどこにそんな力が、ですにゃ……>


 相棒が戸惑っている。

 相手のクマも戸惑っている。

 そして私も戸惑っていた。大いに戸惑っていた。


「な、なんだこれは……見かけ倒しか……?」


 私はその巨躯に似合わない非力さに驚いていた。

 だがクマが頭を掴む私を払いのけようと前足でひっかこうとしてくる。さすがに非力とはいえ、前足についた30cmはあろうかというあんな爪でひっかかれたら骨すら残らない。


「ふんっ!」

「ガアアッ!?」


 私は相手の前足の動きに全神経を使って集中し、その前足首を掴む。

 逆の前足でも攻撃してこようとしたので、同じくそちらも掴んだ。


<マスター、クマとの格闘戦を想定した訓練を……ですにゃ?>

「冗談は……よせと言っているっ!」


 クマの腕を握って、相手の巨体を持ち上げるように横に揺さぶる。しかしさすがの巨体だ、中々自由にできるものでもない。


「ぐっ……!」


 足に力を入れると、じりっと靴が地面をこする。

 拮抗する力。私の手から自分の前足を自由にしようと暴れるクマ。そうはさせないと私はより強くその前足を握る。


「ふっ、だったらこれでどうだ……ぷっ!」

「ガア……ガオオオォォッ!?」


 クマの目をめがけて、唾を吐いてやった。

 それが目に入って怯んだ一瞬のすきに、その巨体を横転させるように隣の地面に強く打ちつけた。


「どぉおおお……りゃあああ!!!」


――ドオオォォンンッ!


 相手もまさか自分の体が持ちあげられるとは思っていなかったのだろう。目を丸くしながら、林の中へとごろごろと転がっていった。


「はあはあ……どうだ、ちくしょうが……人間様を、宇宙海賊様舐めるな!」


 息も絶え絶えに言ってやった。ちょっと格好つかないが仕方ない。


<マスター、これは夢ですにゃ?>

「はあ、はあ……AIが夢見るのか?」

「――、――!」

「おっと……」


 そうだ、後ろで叫んでる女のことを思い出して私はジルに言った。


「言語翻訳を頼む」

<未知の言語ですにゃ>

「なんだと?」

<少にゃくとも連盟のデータベースに登録されていにゃい言語ですにゃ>

「――、――……」


 女を振り返ると、まだ私のほうを向いて青ざめた顔でなにかを語りかけている。

 仕方ない。


「こんなこともあろうかと、念のため持ってきていた音紋解析装置が役に立つとはな」


 私はバッグパックの小さなポケットを開いた。中から飾り気のないイヤリング型の音紋解析装置を、ジルの端末とは逆側――左耳につけた。


 こいつがあれば生物の発する鳴き声などからその意味を翻訳してくれる。ペットの鳴き声を解析する玩具の延長のような装置で、太鼓の音からすら奏者の感情を読み取ることができるという優れモノだ。


 本当は言葉の通じない原生生物相手に使う予定だったが、備えあれば憂いなしとはこのことか。

 言葉が通じなくてもこいつで多少の意思疎通はできるだろう。


「ウシロ! ビフト、アブナイ!」


 早速女の発した言葉を短い単語で意訳してくれる。口の開閉と音がまったく合っていないが仕方ない。


「ビフトってなんだ? 解析ミスか?」


 音紋解析の結果、女の言葉のおおよその意味は把握できたが、単語の一つが不明瞭だ。


「ウシロ! ソイツ! アブナイ! ウシロウシロ!」

「……!?」


 私は慌てて振り返った――が、遅かった。


「ぐおおおっ!」


 先ほど地面に転がしたクマのやつが立ち上がって、背後から再び襲いかかってきていたのだ。

 私はクマと地面で揉みくちゃになりながら、なんとか致命傷を避けていた。


 それにしてもやっと、わかった。どうやら先ほどの『ビフト』というのは、このクマの怪物の固有名称なのだろう。だから意訳ができなかったのだ。


 イヤリングから聞こえてくる単語こそカタコトだったが、どうやら意思疎通はできそうだ。


「生きていたらだけど……なっ!」

「ガオオオッ! ゴオオオッ!」

「ぐっ!?」


 どうやらビフトさんは私のことを相当お気に召したらしい。

 それはもう、食べたいほどに。


 すぐ目の前に巨大なよだれだらけの口が私の頭をかじろうと必死に開閉していた。

 私は私で、首を振ってそれを何度も紙一重で避けていた。ビフトの胸元に何度も蹴りを入れて、その巨体を跳ねのけようとするが無理だ。

 上から巨体で押さえられ、しかもこちらは不利な体勢――。

 さすがに万事休すといったところか。


「ちっ……さすがにこの口で齧られたら、かすり傷じゃ済みそうにないな……」

「きゃああああ!」


 その光景を見て、女もまた悲鳴をあげている。

 私は迷わず腰の光線銃ブラスターに手をかけた。


<マスター、それはまずいですにゃ! 銀河連盟法に抵触するにゃ! 未開惑星の原生生物の殺傷は重罪ですにゃ!>


 耳元で相棒が警告してくる。


「うるさいぞ、ジル。こっちは生きるか死ぬかだ……抜く!」


 それどころじゃない。知ったこっちゃない。


「死んだら罪が軽くなるってんなら、考えなくもないがな……っ!」


 私は腰から抜いたブラスターをビフトの顔、目がけて照準した。

 ブラスターの出力はもちろん最大だ。


「あばよ、化け物……!」


 私はブラスターの引き金をためらうことなく引いた。


「ゴオオオオアアアアアアアアアアアアア……!?」


 瞬間銃口からは眩いばかりの光があふれ、その光は一条の太い光線となり、空を貫いた。

 森から青空に一筋の光の柱が生じ、周辺の空気をプラズマ化させ、雲にぽかりと穴を開けた。


 光の柱は副次的にビフトのその大きな頭を刺し貫き、頭部全体を吹き飛ばして、蒸発させた。


 時間にして一秒にも満たない時間。決着はついていた。

 頭を失ったクマはもうぴくりとも動かない。


「ふう……」


 私はいまのいままで強く握りしめていた前足を放して、少し力を入れて遺骸をどかした。

 改めてブラスターのステータスを確認する。出力調整している余裕がなかったもんで、最大出力で撃ってしまった。きっとこの星の成層圏あたりまで加速粒子が飛んでいっただろう。


「しまっ……!?」


 そこでいまさらながら自分の重大なミスに気づいた。

 さっきの出力からして、大気圏外からでも余裕で検出できるレベルだろう。


 つまりパトロール艦がまだこの惑星の周辺に留まっているなら、いまの発砲で文明人――私がこの星に不時着して生きていることがバレたかもしれない。


(今度撃つときは出力のことも考えないとな……)


 それに燃料電池やブラスター内の粒子消費も馬鹿にならない。


「ユウ……シャ……?」

「は?」


 私が立ち上がって、手元のブラスターの出力を麻痺パラライズに落としていたところ、背後で女がなにか言っていた。


「オマエ……ユウシャ……?」

「なに……?」


 女は手に抱えた衣服をそのままに川の中から、呆けたような顔で私を見つめていた。

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