5話 未開惑星 ~ Frontier~

「ユウシャ……だと?」


 私は馬鹿みたいにオウム返しに聞き返していた。


「ユウシャ! ユウシャ!」


 相手の女もまた川の中から、同じ言葉を繰り返す。


「ジル、あの女はなにを言っている?」

<ユウシャって言ってますにゃ……連盟標準語に翻訳するとですけどにゃ>

「そんなことはわかっている。ユウシャというのは……勇者で合ってるのか?」

<おそらく、そうですにゃ>


 女は流れの早い川から上がって、私に近寄ってきた。

 そして私の手を握って、満面の笑顔で何事か伝えてくる。


「アリガトウ! ユウシャ……ナマエ、ナントイウ?」

「な、ナマエ……? ニグレド・ゴールドフィールドだが……」

「ニグ……レド? ニ、グ……レド! ユウシャ、レド!」

「はあ……」


 私は笑顔でひとり喜ぶ女に、銀河標準語で指摘した。


「とりあえず服を着ろ」

「……?」


 翻訳機がしっかり機能していないので、女には意味不明な言葉だったのだろう。

 だが私が、首をかしげる女の手元――女の脱いだ服の束――を指さすと、彼女は気がついたようだ。


「……!?」


 女はぼっと顔を真っ赤にして、慌てて茂みのほうへと駆けていった。


◆ ◆ ◆


「スミマセン……オハズカシイ、トコロヲ、オミセシテ」


 茂みの中から服を身に着けた女が出てきた。

 よくみれば女というより少女といった年齢のようだ。

 長いウェーブがかった金髪が、いまだに川の水で濡れて、キラキラと陽光を反射していた。


「気にするな……貴様が沐浴していたところに、急に来た私が悪い」

<マスター、鼻の下伸びてますにゃ>

「引きちぎるぞ、ジル」


 私はイヤリングに向かってそう言いながら、少女に問いかけた。


「貴様、名前は?」

「アレ……? ユウシャサマ……コトバガ……!?」


 音紋解析装置と翻訳機を合わせて先ほどから女の言語を解析させていた。

 標本となる単語が増えれば増えるほど、翻訳が正確になっていく。つまりこの女としゃべればしゃべるほど、現地の言語を翻訳機に覚えさせられるということだ。


 そしてある程度この女の使っている言語を覚えさせた翻訳機に連盟標準語で話しかける。すると翻訳機は私の声で女に――女のわかる言語に翻訳した言葉を――伝える。


「翻訳機を使っている」

「ホンヤク、キ……?」


 女はきょとんとした顔で聞き返してくる。翻訳間違えの可能性もあるが、そもそも翻訳機械という概念が伝わっていないような気もする。

 ひょっとしたら想定しているよりもこの惑星の文明レベルは低いのかもしれない。


 ならば、彼女にもわかるような表現でやんわりと伝えてやろうか。


「魔法を使って、貴様の言語を再現している」

「マホウ! ユウシャサマ、マホウ、ツカエルンデスカ!?」

「そうだ……それで、名前は? 貴様にも名前くらいあるのだろう」

「ア……! セレナです! セレナ……!」

「ほう、セレナ。いい名前だ」

「あの、勇者サマ! ヨケレバ、村ニ来てモラエマセンカ?」

「村? 村があるのか……」

「エエ! 私の、村マデイケバ、歓迎シマス!」


 いいぞ。まさかこの女ひとりで暮らしているというわけでもないと思っていたが。

 その村までいけばこの惑星のより詳細な情報が得られるだろう。

 好都合だ。


<マスター……マスター!>

「……なんだ?」

<未開惑星の原住民との積極的にゃ接触は重罪ですにゃ! よしときましょうにゃ>

「いまさらだ……それに言っただろう。我々は……」

<宇宙海賊でも守らにゃいといけにゃい原則はありますにゃ! 私のロボット三原則と同じくらいの人間原則ですにゃ!>


 相棒が口うるさく忠告してくる。


「さ、行こうか。案内を頼むぞ、セレナ」

「……! はいっ、勇者サマ!」

<マスター!>


◆ ◆ ◆


「勇者様、お疲れではないですか?」

「いいや。それよりもセレナ、貴様は大丈夫なのか」

「うふふ。私は毎日水汲みにあの川まで往復してるんですから……へっちゃらです!」


 セレナは隣で大きな木のバケツに水を入れて運びながら、笑顔でそう語りかけてくる。


 川から山を下ること数十分、翻訳機にはだいぶ標本となる単語が溜まって、かなり正確な翻訳が可能になってきていた。

 この女、意外とおしゃべりなようで、むしろそれが助かった。


<マスター! 本当にやめたほうがいいですにゃ!>

「ジル、一度休憩を挟めというのか?」

<マスター!>


 相棒がうるさく、何度も忠告してくるもので私はうんざりしていた。


「……? 勇者様、さっきから誰と話しているんですか?」

「ああ、魔法の精霊だ。魔法を使う人間は、小うるさい使い魔と話さなくてはならないのでな」

「なるほど、それは……大変ですね」

「ははっ。慣れれば可愛いものだ」


<マスター……いいですかにゃ? 原住民単体と接触するだけにゃら、まだ見逃してもらえる場合があるかもしれませんにゃ。でも村単位や街単位の集団との接触はタブーですにゃ!>

「禁忌ねえ……」

<しかもその集団が自力で大気圏離脱できにゃいような文明レベルだった場合……極刑ですにゃ!>


 未開惑星の定義はいくつかあるが、中でも原始惑星に分類される文明レベルがある。

 それは原住民の科学力で自力でその惑星の重力を振り切れないこと。


 つまり大気圏脱出ロケットなどを作れないことがひとつの基準だ。

 そういう未開の原住民に文明人が接触し影響を与えることは、連盟だけでなく帝国も含めた宇宙に進出した人類の禁忌タブーだった。


「だが我々はもう自力でこの惑星から脱出できないのだ……この惑星で暮らす方法を模索する必要がある」

<マスター……>


 相棒が力なく、それでもやはり私を制止するように呼びかけてくる。


「勇者様! もうそろそろ、私の住んでる村が見えてきますよ!」

「セレナ……その勇者というのはなんだ?」

「え? 勇者様は……勇者様でしょう?」

「なぜ私を勇者という?」

「だって、あのビフトを光の剣で打ち倒していたじゃないですか! あんなことできるなんて、物語に出てくる勇者様に違いないなって! 私ももう興奮しちゃって……父やみんなに伝えないと……」

「光の剣……セレナ、悪いが私が光の剣を持っていることは秘密にしてくれ」

「え……どうして?」


 光線銃ブラスターを光の剣と表現するということは、類似品を見たことがないということだ。

 しかも話を聞いている限り、女の言う村の住人も同じくらいの見識なのだろう。

 ならば、無用なトラブルを避けるためにも、私がそういった類の高性能な道具を持っていることをこの女以外には隠しておいたほうがいい。


(最悪……この女が用済みになれば……)


 私は腰のブラスターを指先でひと撫でした。


「セレナ、私が勇者であることは秘密にしてくれ。勇者であることが見ず知らずの者、三人以上にバレると災厄が訪れるという言い伝えがある」

「まあ!」


 セレナは目を丸くして、こちらを見て硬直している。

 どうやら私がでっち上げた適当な話を信じているようだ。素朴な娘だ。


「だから私のことは勇者ではなく、名前で呼べ」

「わかりました、ゆう……レド!」

「れ、レド……? いや、私の名前はニグレド……」

「レド! レドでいいじゃないですか……そのほうが可愛いですよ!」


 いきなり距離感が近い。サンプルが少なすぎて、この惑星の人間の距離感がバグっているのか、それともこのセレナという少女が異常なのかわからない。

 ともかく、私は村に入る前に腰のホルスターからブラスターを抜き、バックパックに隠しておいた。


「あ! レド、私の村が見えてきました……あそこです!」

「ほう……」


 私はセレナが指さす方向を見た。

 山道の向こうに少し開けた土地が見えた。


「…………」

<マスター……あれは……>


 まず見えてきたのは木製の柵。村を囲むように、柵が張り巡らされていた。

 そして山の丘陵からちらちらと見える、小さな風車が一基。


「みんな驚くだろうなあ……うちの村って行商人もほとんど来ないから」


 村に近づくほどよくわかる。村には何軒もの民家があったが、いずれも木製だった。デザインや装飾ではなく、建材として木材を積み上げた家だ。

 村の中央に見えるのは井戸か。朽ち果てた様子もなく、ほどほどに手入れされているがところどころ生活の擦過跡が見て取れる。つまりこの村では日常的にあの井戸が使われているということだ。


 村の広場には大きな炉のようなものがある。燃料を入れて、その炎で料理をするための調理器具だ。そのような大型のものを村で共同で使わなくてはいけないということだろう。


 村を歩く人々の服は貧しい。ところどころ破れた箇所を当て布で補修したものを、着けている。服にデザイン性のかけらもなく、裸を隠し、外気温を凌ぐためだけに身に着けているような気さえする。


 村の各民家の裏には畑も見えるが、決して作付面積は大きくなく、個人用の食料を生産しているに過ぎないようだ。


「素敵な村でしょ? さあ、行きましょう、レド!」


 セレナが足早に山道を駆け下り、少し先のほうから満面の笑みで誘ってくる。

 しかし私たちにはその笑顔が、修行僧を巧みに堕落させるアプサラスの恐ろしい笑みのように見えたのだった。


<マスター……絶対に駄目ですにゃ……行っちゃ駄目ですにゃ……この惑星は……>

「ジル……黙れ」


 この惑星の人間は自力で重力を振り切ることなんてできない。哀れにも地を這う原始人たちだ。自然の中で生き、自然の中で朽ちていく。月の満ち欠けを暦に、大地から水を汲み、太陽の力で農作物を育てる。そんな素朴な生活を何百年も繰り返しているのだろう。


 だから、言える。


 ここは紛れもなく、宇宙人にとっての絶対不可侵領域みかいわくせいだった。


――私は一歩を踏み出した。

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