3話 出会い ~Encounter~
私は開き直った。
「行くぞ!」
<どこへですにゃ?>
「探検だよ、探検」
<にゃんですって、にゃ?>
バックパックを背負って、艦の外に出た。
いつも着ている青い海賊服は艦内の自室に吊って、動きやすい黒いジャージ上下で来た。
スニーカーで大地を踏む。生の地面は柔らかく踏むとなんだかわからない生臭い匂いがした。これが土の匂いってやつなのだろう。悪くない匂いだ。
それにコンクリや宇宙港の外壁鋼材とは違って、トランポリンの上を歩いているみたいでふわふわして変な感覚だ。
うむ、これも悪くない感覚だ。
私は耳元のイヤリングに言った。
「だから探検。周辺の土地の調査だ。脱出できないなら、この惑星に住むしかないんだからな」
相棒のAIデータを艦内に保管してあったイヤリング型の端末に移した。持ちだした物品はこのイヤリング端末だけじゃない。
周辺の土地探査のためにハンドスキャナーや合成水筒、野営用に軍用工作道具、さらに農作物の種など、あれこれ持ってきた。開けた土地を見つけたらそこで育てないと、艦内の保存食も数年くらいしか保てないだろう。
(それから、これもな……)
私は腰に差した
そうだ、相棒に聞いておこう。
「おい、ジル。周辺に生体反応はあるか?」
私はハンドスキャナーと相棒を接続させて、サーチさせる。
<無数に反応がありますにゃ>
「なに?」
警棒状のハンドスキャナーを思わず握りしめる。
<これほど植物が自生して、土や大気がこれほど豊かにゃのですから、微生物が居ても当然ですにゃ~>
「その微生物とやらは、超高性能AIも分解してくれるかな?」
「にゃにゃ……!?」
つまりいつものこいつの『冗談』だ。
たしかにこれだけ自然があふれているんだから、地中に微生物なんて無数にいるんだろう。
私はため息を吐きながら背中のバックパックのポケットにスキャナーを差した。
「そういうことじゃなくて、私たち人間と同じサイズの生物は?」
<それも無数に居ますにゃ。植生がこれだけ広く地平線の向こうまで確認できるんですにゃ……それを食む草食動物、さらにそれを捕食する肉食動物が居ても全然不思議じゃにゃいですにゃ>
そういう相棒の声を耳元で聞いている間にも、バサバサと木々から羽ばたいていく小鳥たちを私は目で追った。
「たしかに。あの小鳥は草食かな」
◆ ◆ ◆
<マスター、疲れませんか>
「いや? べつに……疲れてないが」
おかしいな。たしかに、腕につけたバイタル測定器――腕時計の役目も果たす――を見るともう一時間は山道を歩きっぱなしだ。山間部には獣道といったらいいのか、この星の原生生物が踏み分けたであろう小道がいくつもあったが、それとて人の手で整備したものではないので、歩きにくいことこの上ない。
なのにたいして疲れはない。
ただそれも周りの景色がころころと変わるからだろう。
特別に特定のなにかが変わるってことじゃない。けど宇宙育ちの私には木々の葉の隙間からの万華鏡のような日差しを見るだけでも飽きない。
それに木々の一本もよく見ればどれも違った模様をしている。地面の凸凹も決して一定ではない。
そういった景色が、楽しいのだ。
私はバックパックの横に差した合成水筒を取り出して、中身を飲む。
「んぐんぐ……ふう。この惑星の空気は美味いな」
<それは本当に空気にゃのですかにゃ?>
相棒がつっこんでくるが、合成水筒で周囲の大気から集めた水蒸気を水分として飲んでいるのだ。間違ってないはずだ。
<そんにゃことより川か泉を見つけましょうにゃ。合成水筒の燃料電池も無限ではにゃいですにゃ>
「無限じゃないが、一本10年は保つ。艦内の予備を合わせれば……」
<でも農業するにゃら大量の水が必要ですにゃ。到底、合成水筒でまかなえる量ではにゃいですにゃ>
「それもそうだ」
だから私がまず探すべきは川で、次に農耕ができるような広い土地。そして現地で採取できる食べ物が見つかれば言うことはない。
「それで、あとどれくらいで川に着くんだ、ジル」
ちなみに川がある場所はすでに相棒に捜索させている。
<スキャナーの情報を見る限りもうすぐですにゃ。私の言葉を信じてくれているにゃらですけどにゃ>
「こういうとき冗談を言うやつだとは思ってない」
<マスター……>
「なんだ……? ん……ほんとだ。川だ」
私は相棒の話よりも、山の木々の間、ずっと目の前のほうに見えてきた流れの早い川らしきものに注意がいっていた。
なるほど、自然の川ってのはこんなにも流れが急なのか。人工の川と比べたら滝のようだ。
<人ですにゃ>
聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「さっきのはフリじゃないからな? 冗談はやめろ」
<冗談じゃにゃいですにゃ……茂みに隠れますにゃ、早く!>
おいおい、人だって?
なんで、こんな連盟にも登録されていない未開の惑星に人がいるんだ。
私は茂みの中に隠れて相棒に小声でたずねた。
「ひょっとして、私たちを追いかけまわしてたパトロールの人間か?」
追手が大気圏内に突入してきたってことか。
<わかりませんにゃ。ただ接続したスキャナーには銀河標準の『人間種』の反応がありますにゃ>
「どこだ、どこに反応が……」
<川の中です>
「川の中……?」
この惑星の水質調査でもしてるのか。それにしてもなぜ、わざわざ川の中まで入って。
私の視線は自然と、茂みの中から川のほうを覗いていた。
「…………」
そこには裸で、金色の髪を体に貼りつかせて水浴びする女性がいた
「裸、か……」。
<沐浴してますにゃ>
「は、自殺志願者か?」
未開の惑星の水を、検査もせずに浴びるなんて。いったいどんな毒性や病原菌がいるかもわからないというのに。
「ん……?」
「――っ! ――、――!」
「まずいな……」
女は川岸に置いた服を引っ掴んで、濡れた髪もぬぐわずにこちらを向いて叫んだ。
どうやら、見つかってしまったらしい。
(しかし聞きなれない言葉だ。銀河標準語ではもちろんないし……)
そんなことで悩んでいる場合ではないか。
さて、どうしたものか。私は覚悟して姿を見せるべきか、隠れてやり過ごすべきか、それともこの場を逃げ出すべきか迷った。
<マスター! この場になにかが近づいて来てます!>
「次から次に、なん――」
相棒に聞き返す間もなく、衝撃が私の身体を貫いた。
――ドドドドドドド……ッ!!!
大地を揺らすほどの激しい振動。おかしなことだが、それが遠くから聞こえてくる。
こちらに近づいてくるのだ。
「ガオオオオッ!!!」
大きな四足歩行の生物だった。体高1m以上はあるんじゃないか。毛むくじゃらのそれが丘の上から、坂道を下ってこっちに突進してきていた。
見た目だけならいつかどこかの動物園で見た『クマ』という生物を思い出す。
そいつがこちらに向かって突撃してくるのだ。普通に死ぬかと思う。
「きゃああああ!」
川の中から悲鳴があがった。
なるほど、先ほどの女は私を見つけたのではなく、あの生物を見て驚きの声をあげたのだ。
「おいおい……さすがに、これは……」
あの猛獣の目的は、私じゃない。
私は後ろを振り返った。
やつの視線は、いま川で水浴びしている女へと向かっているのだ。
このまま放っておけばあの女は、クマの長い爪の餌食になってしまうだろう。
一方クマはお構いなしに坂道をこちらに向けて一直線に駆け下りてくる。時間がない。
<マスター、逃げてください!>
「……!」
私は茂みから飛び出した。女とクマの間に割って入るように。
<マスター!?>
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