8話 子供 ~Idler~

「私なら、この村を救えるかもしれませんよ?」


 私はその場に通る低い声で、まるでピクニックにでも誘うかのように穏やかに伝えた。

 いままで意気消沈だった村人も、戦いの準備を整えようと荷車の中を覗いていた村人も、村長のジプサムもコニスも、皆ぽかんとしていた。


「レド……そんな方法があるんですか!?」


 その場でセレナだけが、ぱあっと顔を明るくして、私の提案に興味を持ったようだ。


「旅の方……しかし、やってくるビフトは一匹や二匹ではなく……」

「けっ……!」


 ジプサムが私に遠慮しながら、やんわりと断ろうとしている後ろから、やけに荒々しい中年男がしゃしゃり出てくる。


 男は農作業で鍛えたのか筋骨隆々で、立派な顎髭を蓄え、まるで映画ホロ・グラフィックで見るような山賊のようななりだった。

 彼は唾を地面に吐き捨て、私に詰め寄ってくる。


「おうおう、旅の者か客人かなんか知らんが、黙っておいてくれないか!? ここはオレたちの村だ! ふらっとやってきた余所もんのアンタが口出すこっちゃないだろう!」


 それはこの男の言うとおりだ。

 この男ほどではないにしろ、ほかの村人の顔を見ると同じような気持ちらしい。

 急にふらっと村にやってきて、突然地に足のつかない降ってわいたような提案をした私をうとましく、猜疑心を持って見ているようだった。


<マスター、余計にゃことしないでこの村から退避するのをオススメするにゃ>

「言っただろう。いい遊びを思いついたと……」

<にゃにワロテますにゃ……>


「おうおう、アンタ! なに笑ってる!? そんなにこの村が滅ぶのがおかしいってのか!」


 どうやら自分でも気づかないうちに口が歪んでいたようだ。


「そのビフトの群れというのは、その荷車に収められているその貧弱な武器で対処可能なぐらいの規模なんですか?」

「そ……それはっ!」


 村人たちにもわかっているのだ。

 領主様がよこした武器程度ではこの村は守れないことを。

 だが、彼らはこの村を捨てることはできない。

 捨てたところで、彼らを受け入れる器はこの惑星のどこにもないのだろう。

 だから命をかけてこの村を守るしかない。


 そういった、立つ瀬のない状況に村人が憤っているのもわかったうえで私は挑発しているのだ。


「じゃあ、なにか!? アンタは……アンタなら、もっと強い武器を作れるっていうのか!?」


 村人たちが不安と期待と、怨嗟を込めた複雑な視線で私をにらむ。

 あの村長やコニスでさえ、そうだ。


 だから私はにっこりと笑って言ってやった。


「ええ、作れますよ」

「……!? ば、バカ野郎! 嘘だ……じゃあいますぐここでその武器とやらを見せてみろ!」

「それはできません」

「「「はあ!?」」」


 村人たちが一斉に、混乱の溜息をつく。


「私の考えだと、この村でその規模の獣に対処するなら少々の……いや、大規模な土木工事が必要になります」


 そう、文字通り『土木工事』が必要になるだろうと考えていた。


「はっ! もういい、オマエら、オレたちは弓の訓練でもするぞ! こいつの言うことははったりだ! なにが望みか知らんが、オレたちに恩着せようたって、そうはいかんからな!」


 男はそう言って村の大人たちを集めた。荷車を引いて村の広場へと行くようだ。

 去り際、幾人もの村人が私を罵り、失望の視線で蔑んでいた。


 馬鹿な連中だ。この村が壊滅したら恩を売ったところで仕方ないというのに。

 私は笑って、彼ら大人の男たちを見送った。


<だからにゃにをワロてますにゃ……村人の説得失敗したんだから、帰りましょうにゃあ~>

「いいや。まだだ……」

<まだやる気ですにゃ!?>


 相棒が驚く中、私はその場に残っていたジプサムとセレナに問いかけた。


「すみません。村長……」

「いえ、謝るのはこちらのほうで……」

「いえ、そうではなく……この村に若い……子供の男女は何人いますか?」

「は?」


 私の質問の意味を計りかねたように、村長は


「レド、それを知ってどうするんですか?」

「なにも私の作戦に、大人の男の力は必要ない……彼らは弓や槍でビフトの大群に勝とうというのだ。ならば私はこの村の子供たちに手伝ってもらおうと思ってな……」

「子供たちに!?」


 セレナは驚いたように両手を口元に当てて、目を見開いて私を見た。

 私はセレナが予期しているだろうことを、村長とまとめてふたりに説明しようとした。


「大丈夫だ。子供たちに危害は加えないと約束するし、危険にはさらさな……」

「あの! レド、私にも手伝えますか!?」

「あ、ああ……あぁ?」


 なにを言っているんだ、この娘は。


「せ、セレナ! おまえ……」

「お父さん、レドに任せれば大丈夫です! 絶対! 私、村の子供たちに声かけてきますね!」

「ああ、セレナー!?」


 暴走娘は父親の制止も聞かずに村の中に向かって、砂煙をあげて走っていった。


「…………」

「…………」

<飛んでもない暴走娘ですにゃ……星間エンジンでもついてるんじゃにゃいですかにゃ?>


 セレナはともかく、私はひとり残ったジプサムに許可を取りつけることにした。


「――で、村長、村の子供たちの力を借りてもよろしいでしょうか?」

「あ、ああ……。子供たちに危害を加えないと約束されるなら、構いません……。しかし、この村に子供は2、30人くらいおるが……中には力仕事がまだできない幼い子も混じっていますぞ?」

「言葉が通じて、自立できるなら問題ありません。それと農作業用具もいくつかお貸しいただけると助かります……」

「はあ……農作業道具……?」

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