9話 土木作業 ~Preparation~

≪そちらから追い込め……! 止めを刺す必要はない……≫

≪ぐあっ……!? ぐ……ひいいっ! た、隊長、助けてください! アアアアッ……≫

≪どうしたー!? なにが起こっている!≫

≪こちらレギオン部隊……び、ビフトが急に周辺から……ぐわあああ~っ!?≫

≪ちっ、援軍を回せ……距離を詰めるな、やつらの瞬発力を舐めるんじゃない!≫


<にゃんだか苦戦していますにゃ……>

「そうだな……」


 私は空の上から撮影されたリアルタイムな森の中の様子を見てうなづいた。

 森の中ではビフトを追い込んだり、おびき寄せたりして、一か所にまとめようとしているが作戦は順調ではないようだ。

 森の木々の中で騎士たちはお互いの姿が見えないまま、大声で連携を取りながら苦心していた。


 撮影場所は村から距離にして30km程度だったが、これなら村にビフトの大群が届くまで数日はかかりそうだった。


<あれ、本当にマスターが取っ組み合いをしたビフトで合ってますかにゃ?>

「姿かたちを見る限り、そのようだが……」


 偵察映像は若干荒く、色も鮮明ではないのでわかりにくいがビフトに間違いない。セレナを助けるために戦ったあの獣だ。


 だが全身鎧で固めた現地の騎士どもが苦戦しているのを見て、いくらか違和感を感じる。

 あのように圧し掛かられては跳ねのけようもないが、取っ組み合い次第では投げ飛ばせそうなものだが。

 だが騎士たちは一匹相手に三人で威嚇しているものの、多くが返り討ちにされていた。


「私が相手にした個体がたまたま弱かったか……」


 私は疑問を頭に浮かべたままバイザーを外した。

 いまの映像は先ほど飛ばした手のひらサイズの小型昆虫型偵察機が撮影した映像だ。

 どちらの方角から、どのくらいの数のビフトがこの村にやってくるのか正確に知りたかったのだ。


「あ、あの、ニグレドさん……こんなんでいいの?」

「ん?」


 私は村の子供から話しかけられた。十代前半の少年だ。

 彼が自信なさげに差しだしたのは太い木の棒だった。


「ああ、いいぞ。ここまで丁寧でなくてもいい、とにかく先が尖っていればいい……」


 私はその男の子の頭をなでて、褒める。

 彼は嬉しそうにはにかんだ。


 彼が作ってきた木の棒の先はナイフで削ってあって、鋭く尖っていた。

 このまま投げれば野ウサギの身体くらいは貫通しそうだし、木肌にも刺さりそうだった。

 試しに私は指の腹を、先っぽに押しつけてみた。


「痛っ……」

<にゃにしてるんですかにゃ……>


 チクっとして、親指の腹から血がたらりと垂れた。

 私はその出来に満足しつつも、彼に言った。


「だが、いまは一本一本の質よりもスピードと量が必要だ。村の廃材でも薪でもいいから使って、とにかく大量に作るんだ」

「はっ、はい!」


 男の子はナイフ片手に、村の入り口に急遽作った作業場に戻ろうとする。


「あ……」

「通せんぼ!」

「おいおい、器用な根暗くん……俺たちにもソレ作ってよ?」

「へっへっへ、いっつも村の隅で背中丸めてこそこそしやがってよお……」


 先ほどの男の子の前に、いかにもな身長の高い、体の丈夫そうな青年たち三人が握りこぶしを作って威嚇していた。


「あ……ああ……」


――どんっ!


「……ああ!?」


 威圧されたほうの子は後じさりして、ちょうど近よって行っていた私にぶつかる。

 背中から私の脚にぶつかった彼は驚いたように、私を振り返り、さらに私の顔に怯えたようにぶるぶると震えた。


「あの、あの……ごめんなさい」

「なぜ謝る?」

「え?」

「貴様は仕事を果たした……誇っても、謝る必要はないと思うが?」

「…………」


 ナイフを手にした彼は私の言葉にぽかんとしていた。


「おうおう、なんだよ! アンタ、急にこの村にやってきて……え、えらそうだぞ!」

「なんなんだよ、いきなり村の木を持ってきて、削れだの、変な棒をたくさん作れだの!」

「そうだそうだ……!」


 それより問題はこの三人だ。


<どこの世界にもいるものですねえ、こういう人間って……人間は愚かですにゃ>

「そうだな……だが、使いようはある」


 私は相棒にそう言いつつ、三人の悪ガキに言った。


「貴様ら体力だけは余っているらしいな……どうだ、『泥遊び』に興味はないか?」

「「「泥遊びぃ……?」」」


◆ ◆ ◆


「ちくしょー! なにが『泥遊び』だー!」

「ただの農作業じゃねーか!」

「そうだそうだー!」


 あの悪ガキたちを含めて、身体が出来上がっている少年を中心に、集めて村の入り口に穴を掘らせていた。

 私とセレナが村に入ってきたあの山道からつながるほうの入り口だ。


「ふふ、地表近くは比較的掘りやすい……1メートル、2メートルと深くなっていくほど辛くなってくるぞ。いまからそんなに叫んで、体力を使って大丈夫か?」

「えっ!?」


 穴を掘る予定の範囲は広く、深さは最低3メートル。できれば深ければ深いほうがいいが、人力で掘れる深さは4メートルほどが限界だろう。

 このために使っていない村の農作業用の鍬≪すき≫やスコップ、それに錆びたつるはしなども借りてきた。


「はーい、みんなおやつよー!」


 子供たちの穴掘り作業を監視していた私の背中から、セレナの声が聞こえてきた。

 振り返るとセレナたち村の女子供がバスケットを両手に持って、ここまでやってきた。


「おやつ!?」


 いままで肉体労働していた男たちが農作業道具をほっぽり出して、こちらにやってくる。

 セレナたち、村の女子たちには軽食を作ってもらっていたのだ。

 

 穴掘りで疲れた子供たちは泥も払わず、焼き立ての蒸かし芋を手に取って食べはじめた。

 皆、おいしそうに食べていた。


「レドもいかがですか?」

「ああ、もらおう……」


 セレナがひとつ手渡してくるので、そのままいただいた。


<ああ、毒があるかもしれにゃいのに……せめて、成分分析が済んでからですにゃ!>

「セレナたちが食えるんだ、大丈夫だろ……」


 いままでこの惑星に滞在し、セレナたちと話して思ったことだが、彼らは銀河標準の人間種の肉体構成と大差ない。つまり彼らが食べられるものに、命にかかわるような毒性があるとは思えない。


<現地の風土病というものもあるんですにゃ!>


 私は一口、食べた。


「…………」

<味はいかがですかにゃ?>

「うむ――不味い!」


 めちゃくちゃ不味かった。渋みというか、ほぼ灰汁≪あく≫しか感じない。

 蒸かしただけの芋がこれほどまずいとは。


「おやつなんて普段食えないからな……!」

「ああ、働いたかいがあるぜえ!」

「俺んとこなんて、農作業してももらえないぜ……」


 だが村の子供たちはこんな芋でも本当に笑顔でパクパクと食べていた。中にはおかわりに一個くすねて、女子から怒られているやつもいる。


「マジか……」


 私はなんとかその渋い蒸かし芋を、合成水筒の中身で流し込んで胃に収めた。

 そんな私に近よってきたセレナが耳打ちしてくる。


「レド、作戦は上手く行ってますか?」

「まだはじめたばかりだ。それより、村の大人たちには決して南側の……こちらの入り口に近づかないように言っておいてくれ……特に明日以降、ビフトの襲来日までは念入りにな」

「うん……それはわかったけど。レド、私たちご飯を作る以外になにか手伝えないかな?」

「ん?」


 どうやらそう思っているのはセレナだけではないようだ。

 セレナの後ろには女やさらに幼い子供たちが目を輝かせて、私の指示を待っていた。


「ならば、ちょうどいい仕事がある……」


 セレナたちの目の輝きがさらに明るくきらめいた。


「貴様らはバケツで、男たちの掘ったあとの砂を集めて、村の隅のほうに捨てて来い」

「それだけ?」


 女の中から疑問があがった。

 だから私は答えてやった。


「これくらいなら貴様ら力の弱い女や小さいやつらでも、容易いだろう?」


◆ ◆ ◆


「おうおう、オマエ。なんだかあのうさんくさい旅の奴に従ってるらしいじゃないか」

「ええ? あ、そうだけど……なんか文句あるのかよ、父ちゃん!」

「べつに……オマエら子供集めて……子供なんて戦いには役立たずだからどうでもいいが……なにやってるのかくらいは気になるだろうがよ!」


 悪ガキとその父親は小屋の夕食の席でそんな会話を交わしていた。

 外はもう夕方で、この夕食を食べたら村の住人は皆就寝することになっていた。


「ただ穴掘ってるだけだよ……」

「穴ぁ!? なんだそりゃ……やっぱり遊んでるだけじゃねえか! あのインチキ野郎!」

「け、けど、おやつくれるし、あの人悪い奴ってわけじゃ……」

「なあに、オマエたち抱きかかえられてやがる! クッソ、こっちが戦いの訓練をしてるってーのに、子供たちを集めて……あの野郎!」


 だんと男がイライラして、テーブルを強く叩くと木のボウルなどが一瞬宙に浮いた。

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