34話 異物 ~Wyvern~

「せんせ~い、まだですか~~~?」


 山の獣道を歩いていると、ずっと前のほうから男の情けない声が聞こえてきた。

 ラピスの荷車を引いていた雑用係のよれよれ頭の男だ。

 さすがに鬱蒼と木々が生い茂り、低木や木の根が浮き出る山道に荷車は引っ張ってこれなかったらしい。


 代わりに男は大きな――人ひとりは入りそうな――動物革のバックパックを背負っていた。


「まだじゃ……というか、ハジャル! いったい、何回目じゃ……わー様は研究対象の遺物を見つけるまで止まらんぞ!」

「ええ~~~?」


 ハジャルと呼ばれたよれよれ髪の彼は、より髪をよれよれにして、しなしなと前のめりにしおれていく。


 前を往くふたりも、さることながら俺の脇には女ふたりと、男がついてきていた。


「そもそも、なんなんですか、あなたは……」

「『なんなんですか』? それはこっちのセリフよ! アンタはなんなのよ」


 なぜか知らないが、私を挟んで両脇でお互いをけん制しているセレナとシャディ。

 そしてその後ろには何も言わず、不干渉を貫くお付きのディアンときている。


「私はジプサム村の村長娘として、村の周辺を案内するという使命があります!」

「はっ、ずいぶんと安っぽい使命ね」


 シャディはセレナにもいつもの調子で、嘲るような言葉をかける。


「そう言う、あなたはどうなんです!?」

「アタシは師匠について行ってるのよ……ラピス師匠が興味を持たれるものに、アタシも興味があるもの」

「へえ……そんなこと言う割に、ずっとレドにべったりくっついてるじゃないですか」

「べ、べったり!? 失礼ね、べったりなんてくっついてないわよ!」


 慌てて私から距離を取るシャディ。

 珍しく、そんな焦りの表情を浮かべるシャディになおも食ってかかるセレナ。


「単刀直入に言います……あなた、レドのなんなんですか!」

「はあ? レドってこの男? コイツはね……アタシの倒すべき相手、いわばかたきよ!」

「敵? 本当ですかぁ……?」

「なによ、その目は……疑わしいって言うなら、コイツに聞いてみなさいよ」

「レド。この人とはどういう関係?」


 矛先がこちらに来た。


「……ライオライト伯のご息女だ。私がもてなしている。以上だ」

「はあ!? もてなしているぅ~?? これの、どこが!」

「私と、この女どちらが大事なんですか?」


 なんなんだ、この質問は。

 正直私は彼女らに特別な感情などない。

 どちらも権力者の娘だから、最低限もしくは最大限の礼儀で接しているだけなのだ。


 なのに、どうしてこんなことになっている。


<修羅場ですにゃあ……くっくっく>

巡洋艦ワイバーンに戻るついでにリサイクラーに放り込むぞ、ジル)


 私の状況を喜々として楽しむ、底意地の悪いAIに釘を刺して私は山道を登った。


 あいかわらず体に疲労はない。この惑星の重力のおかげだろう。

 逆説的に言えば私の筋力のおかげと言えるかもしれない。


(しかしワイバーンの重力発生室トレーニングルームには早く復旧してもらわないと、知らず知らずのうちに筋力が落ちていきそうだ)

<復旧したとしても、あのちびっ子に見つかると厄介そうですにゃ……>

(その件についてだが……)


 それに関しては自ら護衛を名乗り出て、ラピスを導くこともなく、かといってたぶらかすこともなく、同行している。


「おい、おぬしらついてくるのは構わんが、早くこんか! もっとキビキビ歩くんじゃ!」

「せんせ~い、遺物は逃げませんからもうちょっとゆっくり行きましょう~……ほら、適当にテントでも張って……」

「まーだ、昼じゃろうがハジャル! おぬしもキビキビ歩け! それに下手すると、あの遺物逃げる可能性もあるからのう……」


 あのラピスという少女。

 見た目で騙されそうになるが、ワイバーンをどういった代物か見当をつけている節がある。

 未開の惑星の住民かと思って侮っていたが、ああいう知恵者もいるようだ。

 私の計画にとっては非常に危険な存在だ。


 だからといって、わざと間違った方向に誘導するという安易な手は悪手だと判断した。


 ラピスの勘がいい場合や、偶然見つかった場合などを含めて、私が下手な誘導をしていたことが露見すれば、元々ワイバーンの位置を知っていたことがバレてしまうだろう。

 そうなれば、私の正体についても勘繰られる。

 

 ならば逆に一緒に発見した風を装ったほうがいい。

 その上で、ワイバーン内の重要施設の扉は閉じるなどして、コックピットに近づけないようにしたほうがいい。


「師匠……!」


 シャディがだいぶ前を歩くラピスに大声で問いかける。


「あん、なんじゃ?」

「いったいなにを探してるんです?」

「隕石……いや、飛来物じゃ」

「飛来物?」


 シャディは不思議そうに聞き返す。


「そうじゃ……わー様の見立てじゃとおそらく、鉄の塊じゃろうて。見つけたらすぐわかるぞ!」

「それって、どこから飛来したものなんですか?」

「…………」


 ラピスはにやりと笑って、空を指さした。


「空?」

「隕石じゃからな……星空じゃ!」

<マスター……!>

(ああ、わかっている……)


 やはり。なぜかはわからんが、あのラピスという少女気づいている。

 自分が捜索しているその対象が、どういった代物か。


「ほお……!」

「どうかしたんですか?」


 セレナの呑気な問いかけには反応せず、ラピスは少し先の丘陵から身を乗り出して、好奇心に目を染めていた。

 まずいぞ。


「ほら、あれじゃ! 見ろ、貴様ら……!」


 ラピスが指さす先。そこにはなにがあるのか。シャディとセレナは、私と顔を見合わせた。

 そして全員で、急ぎ足で丘陵を登った。


「師匠! なんですか、あれは……!?」

「レド、なんだか私怖いです……」

「ああ……」


 ラピスが指さす先、そこには山の中腹をえぐるように鎮座しているもの。

 私が乗ってきた鋼鉄の隕石があった。

 すなわち――宇宙船ワイバーンが。

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