35話 可能性 ~Another One~

<マスター……どうしますにゃ?>

(いまさらここまで来てどうすることもできない……)


 私たちはいま墜落した巡洋艦ワイバーンの目の前にいる。


「な、なによ……これ?」

「ふわあ、大きいですねえ……レド? これが空から落ちてきたんでしょうか」

「…………」


 シャディやセレナ、ディアンでさえもその大きさを前に目を見開いていた。

 皆、異様な大きさの金属の塊を前に、それを見上げて絶句していた。


 現在ワイバーンは丘の斜面に木々に紛れて、鎮座している。

 墜落時の衝撃でわだちのように幾本もの大木が倒れていた。


 だがそんな私たちを置いて、臆せずにその遺物を探るふたりがいた。


「先生、駄目です……入り口が見つかりません」

「ふん……」


 よれよれ黒髪のハジャルと宮廷魔術師のラピスである。

 ラピスは不機嫌そうな、それでいてどこか不敵な表情で目の前の鉄の塊を見つめていた。


(とりあえず、状況推移を見て適切に対処するしかないな)

<臨機応変にというやつですにゃ>


「あ、先生! 見てください、ここ!」

「ん~?」


 ハジャルがなにか発見したようにラピスを呼び寄せる。


「ここ扉っぽくないですか?」

「ふむ……じゃが、触っても……ふんぬ! 押してもビクともせんのう……」


 そこは艦内への外部ハッチだった。

 電子ロックによってピタリと閉じているので、外部ハッチだと知らない者には、ただの壁にしか見えないだろう。

 しかし素人――特にこの惑星の住人にとっては未知の技術――なのによく、『それ』が扉だとわかったものだ。


「あ、ここに操作盤がありますよ……たぶんこれ、そうですよね?」


 なに?

 ハジャルはハッチの隣に設置されていた外部操作用のパネルを指さして言った。


(馬鹿な……なぜそんなことが理解できる!?)


 たとえ違和感があったとしても、そのボタン類やタッチパネルが隣のハッチと関係があるなど理解できるはずがない。

 そもそもタッチパネルなどという彼らが見たこともないような物体を見て、驚いたそぶりもない。

 逆に私がそのことについて、驚いてしまった。


「おう。本当じゃのう……どうやって開けるんかのう。適当に押すか! おい、ハジャル抱えよ!」


 ラピスの身長ではボタンまで手が届かなかったのだろう。

 ハジャルに抱えさせて、ボタンをランダムに――というか適当にタッチしていた。

 こいつら、いったいどこまで理解しているのか。


「駄目じゃのう。やはり手順が存在するのかもしれんのう……」

「あの……少しいいですか?」

「おう。村の案内人だったか? おぬしもやってみるか!」

「は、はい……」


 私はラピスに言われた通りにパネルに近寄って、おそるおそるといった風にボタンにタッチした。


「…………」


 私は適当にボタンを押すフリをして、ハッチを電子ロックしていく。


(よし、これで銀河標準語がわからんこいつらにはわからんだろう)


 電子ロックが終わり、私はラピスに申し訳なさそうに言った。


「すみません。やはり素人には無理ですね……」

「そうじゃのう。いや、助かった!」

「はあ……」

「おかげで開け方がわかった」

「……!?」

<冗談にゃあ……?>


 ラピスの言葉に、私たちはふたりして驚いた。


 ラピスは私と入れ替わるように、ボタンハッチ近寄っていくと、またハジャルに抱き上げてもらってボタン操作を開始した。


(まずいまずいまずい……!)


 なんなんだ、こいつら。というかこいつラピスは!


 少女はときどきタッチパネルの前で悩みながらも、電子ロックを丁寧に解除していった。

 きっと私がやっているのを見て、逆に解いたのだろう。


<パスワードロックをしておくべきだったにゃあ……>


 さすがにそこまで詳細な操作をすると不信に思われたに違いない。

 私は相棒に慌てて言った。


(艦内の電子ロックを……特に各重要施設や私室には入らせるな! 逆に廊下はわざと扉を解放しておけ……ループするように扉を開けておいて、天然の迷路にする!)


「おお! 開いたぞ!」

「すごい、さすが師匠!」


 いままで私と同じく後ろで見ていたシャディが嬉しそうな声をあげる。


「え……この隕石って、中に入れるんですか?」

「どうやら、そうらしい……」


 私は思わず苦虫を噛みつぶしたような表情が出そうになるのを、上手く隠してセレナに言った。


「よし、ハジャル中に入るぞ……お宝探しじゃ! なーっはっは!」

「あー、せんせ~い、待ってください~!」


 当然ハッチを突破したラピスとハジャルは一番乗りで、艦内へと入っていった。

 それに続いてシャディとディアンもいそいそと乗り込んでいく。


「なにこの中……ちょっと寒くない?」

「洞窟のようなものでしょう……中は暗いようなのでお気をつけを、シャディ様……」


 そして残された私とセレナ。


「レド、どうしましょう?」

「私は彼らが心配だから追いかける。セレナ、貴様はここで待っててくれ。なにかあったら中に大声で知らせろ」

「え……あの、気をつけてね……?」


 私は不安そうなセレナその場に残して、彼らのあとを追った。


◆ ◇ ◆


「まったく、なんなのここ?」

「まるで迷路みたいですね……」


 シャディとディアンのふたりは案の定艦内の廊下で立ち往生していた。

 ふたりはあらかじめ探検用に持ってきたランタンを手にこの艦内の迷路をうろついていたらしい。


「どうだ、なにか見つかったか?」

「ぜーんぜん。なんか鉄の回廊がどこまでも続いてるだけで……まあこんだけ巨大な鉄鉱石なら高く売れそうだけど……」


 どうやらシャディにはこの船がただの鉄の塊にしか見えないようだ。

 いまの私には好都合だが、問題はそちらではない。


「貴様の師匠のほうは?」

「さあ……そういえば見てないわね?」

「見てない?」


 どういうことだ。

 私は相棒にループするように廊下を解放するように言ったはずだ。

 ここに来るまで効果的に廊下の隔壁は降りていた。

 いまワイバーンに入った未開惑星の住人は迷路をぐるぐると周回するしかないはずだ。


(おい、ジル! どうなっている?)

<ま、マスター、大変です……やつら、コックピットへの隔壁を開けてますにゃあ!>

「はあ!?」

「ん? どうかした?」

「あ……いや、なんでもない」

「あ! ちょっとどこ行くつもりよ! 明かりはー……!」


 シャディは駆けだす私に後ろから声をかけてきた。

 私はそれを無視して、コックピットへと向かって一目散に向かった。


◆ ◇ ◆


「おい、ジル……いないではないか?」

<おかしいですにゃあ……さっきまで操作パネルをいじられていたんですがにゃあ>

「艦内の『目』は?」

<監視カメラは一部を除いて復旧が追いついてないですにゃあ……修復の優先度を落としているので>

「ちっ……」


 焦りが私をイラだたせる。

 もしこの艦内のデータにアクセスされたら。言語を解析され、技術をコピーされたら。

 頭ではないとは思いつつ、あの女ならという疑念もぬぐい切れない。


「宮廷魔術師めぇ~!」

「わー様がどうした?」

「……!?」


 私が振り向くと、そこには例の少女が消えたランタンを持って立っていた。

 そっと明かりをつけた彼女に声をかける。


「ああ、よかった……探していたんですよ、ラピス」


 私はさも心配していたような表情で彼女を気遣った。


「ほう……わー様がこの船の心臓部に近づくのが放っておけなかったと見えるなあ」

「なにを言っているのか、わかりませんね……」

「こいつは宇宙船じゃ」

「…………」

「なあ、そうじゃろう?」

「宇宙、船? 私にはとても船には見えませんが……」

「ふふ、とぼけるつもりか……まあよい。ハジャルはべつのところに置いてきた。ここにはおらんぞ。わー様とおぬし、ふたりきりじゃ」

「だから?」

「ふむ……」


 こいつ、どこまで知っている。本当に。


「ならば、いいことを教えてやるとするかのう……」

「いいこと? なんでしょうか……」

「この星に落ちた隕石・・はひとつではない」

「……!?」


 どういうことだ。


「どういうことだという顔をしておるのう。宇宙人とはいえ、表情は一緒なのじゃな。教えてやろう……もうひとつの隕石は王都付近に落ちてきた。ちょうど二週間ほど前じゃ……」

「…………」

「わー様たちはもちろんすぐさま調査に向かった。結果……隕石は空ではなかったぞ?」


 どくんと心臓が高鳴った。


「空では……なかった?」

「隕石の中身は、わー様が見つけ、いま王の下で保護しておる……中身は驚いたことに、人間じゃったわ」

「…………」


 私はブラスターを腰から取り出して、ランタンを持つ少女に向かって構えた。

 そして私は――セレクターを殺傷モードに入れた。

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