36話 交渉 ~Powder~
「いい加減、そろそろ……その武器を下ろしてくれんかのう?」
「駄目だ」
私は相棒に隔壁を解除するように伝えて、コックピットへラピスを招待した。
その後再びここへ続く隔壁を下した。
つまりラピスをコックピットへと隔離したわけだ。
いま彼女は私にブラスターを向けられながら、興味深そうに周辺の機器を弄っている。
「おい、あまり勝手に弄らないでもらおうか」
「いいではないか……減るもんじゃありゃせんじゃろ」
まったく。こいつは私が握っているこいつが、引き金ひとつで命を刈り取る鎌だとわかっているのだろうか。
コックピットは二週間前、墜落したときに比べて幾分か修復されていたものの、その機能はほとんど落ちていた。
「いまの貴様の立場はわかっているのか?」
「立場ぁ? そうじゃのう……宝箱で満たされたダンジョンの最深部に案内された冒険者と言ったところかのう」
――ビュンッ!
「おお、怖い怖い……」
私はコックピットのディスプレイをブラスターで軽く撃って砕く。
そして再びラピスの頭に照準を向ける。
それを見てラピスは周辺機器に触れるのをやめて、手をあげた。
「……で、おぬしはいったいわー様になにを望んでおるのじゃ?」
「できればここで見たことをすべてキレイさっぱり忘れて、王都へ帰ってもらえないか……」
「無理じゃな、あーっはっは!」
「だろうな」
私はブラスターを構えなおして、強い視線でラピスを睨んだ。
「ここでわー様を殺す気か?」
「いや、それも面倒だと思って悩んでいる……せめて貴様の助手が一緒なら、同時に始末してほかの人間に適当に説明することも考えられたが……」
「そうじゃろうなあ。ハジャルはああ見えて、中々勘がするどいからのう」
化け物が出たなり、トラップに引っかかって死んだといえばいいが、あの助手を保険で別のところに残されたのが厄介だ。
やるな。
「この場にいる全員を始末するという選択肢もあるがな……」
ただしその場合外にいるセレナも殺す必要がある。シャディには、あの魔法を使って逃げられるかもしれない。
そうすれば村に戻ったとき、私の立場が悪くなることは間違いないだろう。
単純な力押しで解決できる場面ではなさそうだ。
「まあ、待て。取引せんか?」
「取引だと……」
<マスター……返事には慎重になるべきですにゃあ>
(わかっている!)
ついつい語気が強くなってしまう。
「なあに、簡単な話じゃ。わー様はおぬしら……空の技術を知りたい。逆におぬしはわー様たちの大地の話が聞きたい。そうじゃろう? 情報の物々交換というのはどうじゃ?」
ラピスがにやりと笑った。
「私になんの得がある?」
「おぬしはここに墜落して二週間ちょっと。この周辺の事情くらいしかわからんのじゃろう? わー様ならこの星の政治から地政、それから、おぬしが見たこともないという
「…………」
私はゆっくりとブラスターをバックパックの中にしまった。
<マスター!>
「ええい、耳元で騒ぐな……」
「ぬ? 誰と話しておるんじゃ?」
「これは……貴様らにわかるようにはなんと言えばいいのか……」
「翻訳機があるんじゃろう? そのままおぬしらの言葉でいいぞ……勝手に推測させてもらおう」
翻訳機の存在まで理解しているのか。
「AI……人工の知性体だ」
「ほう……わー様も喋れるのか?」
「おい、ジル……」
<いいんですかにゃ……?>
「いいから、艦内のスピーカーを使え」
俺は相棒に許可を出して、ラピスにも聞こえるようにイヤリングスピーカーから、艦内スピーカーに音声を切り替えさせる。
<はじめましてにゃ……わたしは型式番号ZIR‐CONIA‐011……不本意ですが、ジルとお呼びくださいにゃ>
「ほう! これはすごいのう……本当におぬしは人間ではなく、人造の存在なのか?」
ラピスが感動したように相棒に語りかける。
ちなみに相棒も言葉を自動的に、現地の言語に置き換えてしゃべっている。二重翻訳されているようで、変な気分だ。
<はいですにゃ……本来はこの艦の操艦AIですにゃ>
「なるほど、つまりこれだけ巨大な人造物を人造知能でほぼ自動で動かしておるのか!」
「そういうことだ……」
「素晴らしいな! ははは、わー様が思ったとおり空の技術は数百年、いや数千年先を行っておるようじゃ!」
「貴様らの王都の防衛がどれほどの規模か知らんが、この艦ひとつあれば容易くつぶせるだろう。変な気を起こさんことだ」
「では、いまからこいつを動かして、王都に侵攻すればいいのではないかのう?」
「…………」
私はにやつくラピスを無言で見つめた。
いきなり痛いところを突かれた。
ワイバーンが故障中なことは秘密にしておくつもりだったが、こちらの事情は筒抜けなようだ。
かくなるうえは大気圏航行能力がないことだけは、なんとしても秘密にしておくべきだ。
「まあ、どう見ても故障しとるようじゃし……でなければ、おぬしのその武器……」
「ブラスターか?」
「そうそう。正常なら、わざわざその『ぶらすたー』とやらの威力を試すだけで壊さんじゃろう」
言いながら、私がさっき撃ったディスプレイを指さす。
「それとも、おぬしは慎重な性格のようじゃから切り札として取っているつもりか?」
「べつに私この星を更地に変えてリゾート地を建設するつもりはないからな」
「リゾート地と来たか! わはは、星ひとつ丸ごととは、いやはや……なんとも豪胆なことよ」
ひとしきり大笑いしたあとラピスはすっと表情を戻して、私にたずねてきた。
「さて、約束じゃ。そちらの情報はもらった」
「情報?」
「ジルのことじゃ」
<わたしですかにゃ?>
「人造でこれだけ言葉を介する存在を作れるというだけで、
情報の物々交換か。
ならば、私はずっと疑問だったことを慎重に言葉を選んで、たずねた。
「……この星に火薬という概念はあるか?」
「火薬?」
私はこの惑星を支配すると心に決めたときから、疑問だったことをたずねた。
「そうだ。火をつけると爆発的に反応する……そういった物質だ」
「ふむ、火で反応する物質か……あるぞ」
「……!?」
王都には火薬の技術が存在するのか。
これは想定外だ。
「わー様が戯れに作って、家々に配ったわ。かまどに早く火がつくと、好評じゃぞ」
「は?」
「おぬしは本当にそんなことを聞きたかったのか? それとも空では火薬というのはそんなに重要な技術なのか?」
ラピスは首をかしげて、ぶつぶつと考え込んでしまった。
(ひょっとしてこいつら、火薬を軍事転用するという考えが浮かんでないのか!)
<きっと、この星の住人は火薬をただの家庭用の火打石代わりにしか考えてないですにゃあ……>
相棒がイヤリングスピーカーでひそひそと耳打ちしてきた。
私たちはふたりで驚愕していた。
いやそれも私たちの歴史の常識――つまり固定観念にすぎない。
蒸気機関の技術も発明された当初は玩具としての使用用途しか見いだされず、産業利用はそれから遅れること二千年後という話も聞いたことがある。
我々が歴史上それを最良の攻勢手段としたのも、歴史の偶然なのだ。
こうなればもうひとつの可能性も潰しておきたい。
「もうひとつ……貴様らは……」
「情報は物々交換じゃぞ……わー様はひとつ渡した。貴様らもひとつ。わかるな?」
「わかった。教えられるものなら、教えて……」
私がラピスの質問を受けようとしたとき、突然艦の外から悲鳴が響いてきた。
『きゃああああああああ……!』
「なんじゃ!?」
「この声は……!」
セレナの声か。
<音紋からセレナ嬢に間違いありませんにゃ……!>
外でなにかあったか。
艦内の機密が完全に保たれていないのが逆に幸をそうしたな。
「外に出るぞ」
「情報交換はいったん休憩じゃな」
「ジル、隔壁をあげろ! 出るぞ!」
<アイアイサー、にゃ!>
相棒に隔壁を解除させ、私たちはコックピットから飛び出した。
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