37話 異形 ~Vift~

「あの悲鳴からして滑って転んだということはないじゃろう?」


 外から聞こえてきた悲鳴はセレナの声に間違いない。

 巡洋艦ワイバーン内部まで聞こえてくるくらいだ。セレナの身になにかあったのは間違いない。


「あ! 居た……いままでどこ行ってたんですか、師匠!」

「シャルディか……」

「シャディです! ニグレド、アンタもいっしょに……?」


 艦内廊下を出口に向かって走っていると、途中でばったりシャディたちと出会った。

 ラピスと挨拶したあと、シャディはいつものように私を訝しげに睨んできた。

 その横にいたディアンはディアンでいつものように無口に無表情に、こちらを見つめてきた。


「それより師匠、外の悲鳴聞きましたか!?」

「わかっているなら早く行くぞ」

「ああ、居た! もう、どこ行ってたんですか~、探しましたよ先生~!」

「ハジャル! それはこっちのセリフじゃ……まあいい。おぬしも、ついて来るんじゃ」


 いままで艦内のどこに隠れていたのか、ハジャルも合流して私たちは一路出口を目指した。


「む? あれは……セレナ嬢ではないか?」


 ラピスの声に皆、艦の出入り口に目を向ける。

 するとそこには息を切らして、艦内にもつれこんできたであろうセレナがいた。

 出入口の床に、脚を立たんで横座りして、息を切らしていた。


「はぁはぁ……ああ! よかった、レド!」


 彼女は、近寄る私たちを見て、ほっとした安堵の声を漏らす。


「セレナ……なにがあった?」

「そ、それが……私外でレドたちを待っていたら……そしたら、急に! 急になの!」

「落ち着くんだ……」


 少しパニックになっているセレナを落ち着けながら、相棒に命令した。


(ジル、出入り口の扉を閉めろ)


 すぐに音を立てて、閉まる扉。


「ちょっ……扉しまっちゃったわよ!?」


 シャディが驚いたように、慌てたように言うが取り合ってる暇はない。


「セレナ、安心しろ。これで外になにがいようと、ここには入っては来れない」

「…………」


 しばらく閉まった厚い扉を眺めていた彼女だったが、落ち着いたのかようやくまともに状況を陳述できるようになった。


「あの……私、レドたちみたいに不思議な力も持ってないし、遺跡の中に入るのも危険だと思って入り口の森で待ってたの……」


 遺跡というのは、この艦のことだろう。


「ああ。それで?」

「しばらくしたら、森の様子が変わって……なんだか嫌な予感みたいな……いままで穏やかな雲が流れていた青空が、一瞬曇ったような感じがしたの」


 セレナは狂乱状態の自身を落ち着けるように、意味もない話をつらつらと話していた。

 私たちはさえぎるでもなく黙って、そんなセレナの話を聞いていると、やっと核心部分を話し出した。


「そしたら森の中から無数の赤い瞳が溢れてきて……それで、それでっ!」

「落ち着くんじゃ……なにが現れた?」

「宮廷魔術師様……あの、森の中から無数のビフトが!」

「ビフトだと……?」


 しかも無数にだと?


 ビフトといえば数週間前に、私が村人を率いてこの山岳一帯のは殲滅したはずだ。

 それがどうして、また。

 あのときの生き残りが山のこちらまで逃げ延びたということだろうか。


「へえ。ビフト……お父様とかには聞いてたけど、どの程度のものかアタシが確かめてあげようかしら!」


 シャディはどこまで行ってもシャディだった。

 自らの剣の柄に手を当てて、戦う気満々だった。

 これは、あのライオライト伯も、箱に押し込めたい気持ちもわかってしまう。


「ビフトか……ここら一体で活性化していると聞いていたし、ちょうどいい。グレート、扉をあけるのじゃ」

「ニグレドだ……それと私に言われても困る」


 一応、ラピス以外の人間もいるので私は言い訳しつつ、ジルに伝える。


(おい、ジル。扉を開けてくれ……外の様子を確かめる)

<アイアイサー、にゃ>


 再び出入り口の厚い鋼鉄の扉が開く。


「あ、開いた! 行くわよ、ディアン」

「お待ちください、お嬢様……」


 シャディに先を越されつつ、私も扉から顔を出し外の森を見た。


「な……なによ、この数!?」

「なんだ、こいつらは……」


 私は素直に驚いた。

 扉から覗く森の様子に、その数に。その姿に。


「ほう……ステージは1と言ったところじゃな」


 後ろから覗いていたラピスがそんな感想を漏らす。

 だが、そんなことはどうでもいい。


「待て。ラピス、ビフトというのはあの腕に無数のとげを生やしたクマのような……あの生物を指すのではないのか?」


 私の記憶の中では、村人がビフトと呼んでいた生物はあのクマのような生物だった。


 そしていま私の目の前にいる無数の生物はそれぞれが一様な形状が見られない。

 シカのような四足歩行ですらりとしたフォルムのもの。イタチのような背の低い獣。

 そして空を羽ばたく猛禽類のようなもの。


「クマ? ああ……ステージ1ならそういう形状も多いに考えられるな」

「あれは……あいつらはビフトなのか?」

「間違いない。ビフトじゃな……そもそも野生の動物が、ほかの生態に混じってひとつの獲物を狙うはずもないじゃろう」


 ラピスの言葉からわかるのはビフトが固有名詞ではないということだ。

 ビフトというのは、この星で固有の生物を表す単語ではなかったのか。

 

「ふん! 数でアタシが圧倒されると思ったら大間違いよ!」

「待て、シャディ……!」


 私には圧倒されていたように見えたが。

 それはともかく、シャディが剣を抜いて、構える。

 そしてお得意の魔法だか、慧門術ゲートだかでぶわっと空へ飛び上がる。


「ふふん、いくらビフトといえど空までは来れない……」

「シャディ、油断するな……来たぞ!」

「はあ? なにが……なっ!?」


 猛禽類型のビフト――と呼べばいいのか――が、無数にシャディに向かって飛び掛かっていった。

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宇宙海賊、未開の原始惑星に不時着す ~宇宙船に積んできた最先端の機械や武器で、火薬すらない文明を支配してやろう~ 犬狂い @inugurui

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