19話 偽装 ~Trojan~

「ぐわーっ……なんだこりゃあああああっ!?」


 その悲鳴は突如、夜の山間部に響いた。


「ああん?」


 山賊の手下はその声を聞いて、首をかしげた。

 彼は山賊の拠点周辺を歩哨として見回っていた、上半身裸の男だった。


 彼らの拠点は山肌をくり抜いて作った、洞窟拠点だった。

 男はその周辺を松明片手に警戒していたが、彼らが仕掛けていた罠に獲物が引っかかったらしい。


 珍しいこともあるもんだ。


「俺たちグラインダー山賊団の名前を知らないわけでもないだろうに……ひひっ」


 上半身裸の男は笑った。


 彼らはライオライト領内では有名な山賊だった。


 ライオライト伯でさえ手を焼く彼らはかなり前から周辺の村々に知られていて、何度も討伐部隊が来ていたがすべて返り討ちにしていた。

 その噂が噂を呼び、周辺の村の住人は決してこの周辺に近づこうとはしない。


 だからこそ、普段は罠に人が引っかかることはない。大抵、山の獣が引っかかっていて、山賊たちの腹に収められるだけだ。


「旅人か? まったく、面倒だな……ぶっ殺して、そこらに捨てるか」


 茂みをかき分け、悲鳴の発生源に近づく男。

 かしらに報告するのも面倒だから、彼はその愚かな獲物をこの場でさばいてしまう気でいた。


「あ、あの~~~! 助けてくださぁ~~~いよぉ~!」

「はあ?」


 つり上げ式の罠に片足を持っていかれた旅人は、情けない表情で木の枝に逆さ吊りになっていた。

 変な布地の黒い上下に、背中に大きな鞄を背負った少し長い黒髪と細い目が印象的な青年だ。


「ここが、俺たちグラインダー山賊団の領域だって知って入ってきたのか!」

「さ、山賊団~~? し、知りませんよ……私、ただの旅の商人でして……」


 そう言いながら、吊られた黒髪の男は背中の大きな鞄らしき物を指さした。


「へえ、商人か! いいもん持ってそうだなあ……」


 男は含みを持たせて言いながら、手製の石槍を構えた。

 穂先には鈍いながらも、鋭い黒曜石が輝いていた。


「ああ、待ってください! 思い出しました……!」

「あん、なにをだ……命乞いなら無駄だぞ!」

「違います! 私の商品、絶対ここには必要なものですから……あなたたちのリーダーと交渉させてください!」

「…………」


 山賊はその怪しい男を、とりあえず地面に下ろすことにした。


◆ ◇ ◆


<まあた適当にゃこと言って……まんまと潜入できましたにゃ>

(たまたま見つけてくれた男がアホで助かった)


 商品が有用だと判断したのなら、私を殺して、荷物を奪えばいいだけだ。

 まあその場合は私は別の手を使って潜入するために、この男を殺していたろうが。


(それに、いいタクシーが見つかったことだしな)

<にゃにワロてますにゃ>


 相棒にそう言いながら、私は山賊に担がれていた。

 つり上げ式の罠から降ろされた後、すぐさま手足をロープで縛られ洞窟の奥まで運ばれていたのだ。


 言っては見たものの、あまり半裸の男に運ばれるというのはいい気分じゃない。

 私はいい加減、男に地面に下ろしてもらおうと旅の商人を演じた。


「あ、あの~、降ろしてもらって大丈夫ですよ? 自分で歩けますから……」

「はあ? 逃げるつもりか! 手足縛ってんだ、無理だぞ?」


 勝ち誇ったように言われて困ってしまう。


「いや、そんなまさか! 大丈夫ですよー……だから、降ろしていただけませんかね?」

「ダメだ!」


――ぶーん……ブゥーンッ!


「くそっ! なんだこの羽虫は……邪魔だな、どっかいけ、このこのっ!」


 結局私は身体の自由を奪われた身のまま、山賊の洞窟の広間まで運ばれた。


◆ ◇ ◆


 そこは岩肌を削りだしただけの荒い、原始的な玉座の間だった。

 デコボコした野生的な石の壁面はグロッタ様式のようでいびつだ。そこら中に、壁掛けたいまつが設置され、広間を怪しい炎で照らしていた。


 そこに大勢のほとんど裸の男たちが集まり、熱狂の真っただ中だった。


「うおおお、やーれ! やーれっ!」

かしらぁ、女たちの味見が終わったら俺たちにも……おこぼれを!」


 大勢の男たちの怒号が響く中、広間の奥には岩を削りだし、平に磨いた広めの祭壇があった。


 その祭壇の上で、皆の注目を集める髭もじゃの顔に、刀傷だらけの男が、ひざまずかされ並べられた女たちを前に不敵な笑みを浮かべていた。

 女たちはいずれもボロ布一枚を着せられ、男たちと同じようにほとんど全裸だった。


 祭壇の上の傷だらけの男が、叫ぶ。


「くくく、馬鹿どもが……黙れ!」

「…………」


 一瞬で広間が静まり返る。


「お前らの味見は、オレ様の品評会が終わってからだ……売りに出す奴以外はいつもどおり好きにしろ!」

「ウオオオオオオッ……!」


 広間はまた騒然となって、男たちの怒号が響き渡った。

 その声を前に生贄の女たちは、ただ怯えて絶望し、恐怖に体を震わせていた。


(あれは……)


 私は、並べられた女たちの中にセレナの顔があるのを確認した。

 ボロ布を着せられて、周りの女と同じように後ろ手に縛られていた。


「…………」


 しかしセレナはなぜか、顔を伏せる周りの女たちとは違った。

 広間の男たちを睨むでもなく、ただ淡々と見つめる、その瞳の色を失われていなかった。

 燃えるような瞳の中に、絶対的ななんらかの意思が垣間見える。


「おい、女……貴様、息がよさそうだな」

「え……?」


 セレナは腕を掴まれ、ひとり立ち上がらされる。

 そして祭壇の上の男は、彼女の首筋に鼻を押しつけて匂いを嗅いだ。


「きゃっ!? な、なにを……」

「ああん? 商品になるか、確かめてやってるんだろうが……味も確かめておいてやるか」

「味……?」


 そう言ってむさくるしい傷面の男は赤い舌を突き出して、セレナの首筋からつーっと頬っぺたへと這わせた。


――ぺろりっ。


「いやあああああ……!?」

「へへへ、今回は中々上玉だな……いい値段で売れそうだ――」

「頭ぁ!」


 私を運んできた男が叫んだ。

 先ほどからセレナを弄んでいた男がこちらを振り返る。


 一方、私は乱暴に床に転がされた。


「……あん、なんだ?」


 ひと言聞いてわかる、不機嫌そうな声が聞こえてくる。


「見張りをしてたら変なやつが……」

「そんなの後にしやがれ!」


 せっかくのお楽しみを邪魔された男は――男たちは歩哨の男に怒号を飛ばす。


「い、いや……それがなんか旅の商人だとかで……俺たちが必要としてる商品があるって!」

「なに?」


 よし、いいぞ。この場のリーダーらしき傷面の男が興味を示した。


「うっ!」


 セレナを掴んでいた腕が離され、彼女は床に捨てられる。


「そいつをこっちに連れて来い」

「はいっ!」


 私は再びかつがれると祭壇へと連れていかれて、そこへと捨てられた。

 私のちょうど目の前に動物の川で作った靴が見える。


「おい、旅商人とやら……いったい俺たちになにを売ってくれるっていうんだ~?」


 俺は上から降り注ぐリーダー声よりも、先に別の声に気がついた。


「れ……っ!」


 セレナが私のことを見つめて、名前を呼んで来ようとしていた。

 しかし私が目で合図すると、なにかに気づいたように静かになって視線をそらした。


「…………? おい、てめぇ! なにを売ってるんだ? そのかばんの中身はなんだ……」

「ああ、これはですね……あ、ちょっと待ってください!」

「うるせえ、貸せよ……俺が直接中身を確かめてやる……」


 背中のバックパックを取り上げられて、私は悲痛な叫びをあげる。


「なんだ、こりゃ……どうやって開けるんだ? このっ、こうか!?」


 チャックの構造がよくわからないのか、力任せに開けようとする山賊のリーダー。

 おそらくこいつがここで一番権力を握っているのだろう。

 

 そしてなんとかチャックを開けて、中身を覗いた男は不審な表情を浮かべた。


「なんだ、こりゃ?」

「私、炭を売っていまして……」


 バックパックの中身はジプサム村を出るときすべて、炭と入れ替えてきたのだ。


「へえ、こりゃいい……実は燃料を切らしていてなあ……」


 傷面の男はそう言いながら、後ろからやってきた部下の一人から大斧を受け取った。


「ちょうどいいから……てめぇを殺して、補給させてもらうぜ!」


 山賊のリーダーは寝転がって手足をロープで縛られた私に、その大斧を振り降ろしてきた。


<マスター!>


 相棒が耳元で呼びかけてくる。

 ええい、うるさい。わかっている。


「レドオオオオオッ……!」


 馬鹿が。

 ついに我慢できなくなったのかセレナが大声で私の名前を呼んでくる。

 ここまで、それなりにごまかせていたというのに。


 そんな中、その大斧は私の首筋を一直線に狙って――。

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