20話 光の刃 ~Laser blade~

「てめぇ、ぶっ殺してやるぜえ!」

ーれ! ーれ……!」

っちまえっ、かしらーっ!」


 広間では私の殺戮さつりくショーを望む声であふれかえっていた。

 山賊のリーダーらしき男はその声援を背に、大斧を振りかぶって、私の首筋を狙っていた。


 一方こちらは石の祭壇に寝かされたまま、手足をロープで縛られたまま動けないような状態だ。


<マスター……!>


 耳元から相棒の声が聞こえてくる。


「レドオオオオオッ……!!」


 まったく。こちらのことは無視しろと目で合図したというのに、祭壇の上ではセレナまでもが、私の名を叫んでいる。

 仕方のない、娘だ。


「くくく、知り合いか?」


 私を殺そうとしている山賊のリーダーがセレナのほうを見て、聞いてくる。

 私は無言を貫いて、ただ彼の顔を見上げた。


「これから死ぬんだぜ? 感想はないのか?」

「なら、早くするんだな……ふふっ」

「ああ?」

「でないと、首をねられなくなるかもしれんぞ?」


 獲物を前に、にやにやと舌なめずりしている男に対し、私もまたにやにやと舌なめずりを返してやった。

 笑みを浮かべる私たちの周辺だけ、広間の熱狂も届かない。


「てめぇ……こんのっ、お望みどおりに死にやがれ……っ!」


 男が大斧を振り降ろす。


 ――同時に私は手足の枷を引きちぎって、斧の刃を避けた。

 横に転がりながら、バネのように跳ねて立ち上がる。


「な、なにぃ!?」


 広間に驚愕が広がる。

 くうを切った大斧の刃が、祭壇の石床に刺さり、欠片が飛び散る。


「てめぇ、いつの間に……こいつを縛ったのはどこのどいつだ!?」

「ひっ、ひいいいぃぃ! どうして、しっかりと縛ったのに!?」


 私をここまで運んでくれたタクシーくんはこの縄抜けを見て、顔面を蒼白にした。


「だから言ったぞ……早くしろ、と」


 手足を縛られた私は当然、対策をしていた。

 例の虫型の小型偵察機には、口部分に工作用のレーザーカッターがあり、あらかじめ飛ばしていたそれでロープに切れ目を入れていたのだ。


 私を運んでいる最中の彼には、ただの小うるさい羽虫くらいにしか見えなかったのだろう。


「だが、見たところ武器を持ってねえらしいな……がはは、ここからどう抜け出す?」


 山賊のリーダーが、部下たちが集まる広間を見渡した。

 部下たちはそれぞれ、自分たちの得物を持って私を威嚇する。

 怯える祭壇の女たち。


「レド……!」


 そんな中セレナだけが強い意志を秘めた目で、私をまっすぐに見つめてきた。


「心配するな、任せろ」


 私はセレナに短く返して、腰から手のひらサイズの棒を一本取り出した。

 ハンドスキャナーではない。

 もっと細く、グリップに滑り止めがされている機器だ。


「あん? そんなちっこい枝みたいな棒でなにする気だあ……」


 傷面の山賊は大笑いして、私をあざける。


 だから私は一歩、男との距離を一瞬にして縮めた。

 そして、その棒の一端を彼の顎元に押しつけた。


「お?」

「これはな――こうするのだ」


 私はにやりと笑って、光の刃レーザーブレードを顕現させた。


――ブウウゥゥゥンッ!


「げぶひゅ……っ!」


 低い音をさせて、私が握ったグリップの先端部分から、実体化した光の刃が男の頭蓋骨とその中身を一直線に貫いた。

 本人はなにが起こったかわからず、絶命したのだろう。


 私は男の遺骸をその場に捨てた。

 物言わぬ亡骸となった山賊が祭壇に、力なく倒れる。


 広間が静まり返る。


 いままで武器を振りあげて、騒いでいた大勢の男たちが口をぽかんと開けたまま、なにも言えないでいる。


「な、なんだ? あいつ……なにをしたんだ?」

かしらは? グラインダー様はどうした、なんか伸びてるぞ!」

「はあ、はあっ……頭ぁ!」


 ひとりの山賊が慌てて祭壇によじ登って、私の足元に倒れたボス――たしかグラインダーと呼ばれていたか――の身体を抱き、息を確かめる。


「ひっ……死んでるっ! 死んでんぞおおお!?」

「ああ……っ!?」

「なんだ、どういうこったぁ……!」


 広間に衝撃が走る。


「おまえええ! お、おまえ……頭に、なにしやがった!?」


 自分たちの頭領ボスの死を確かめた、山賊がおよび腰で私から一歩一歩遠ざかりながら、聞いてきた。


 私はその問いに、悪びれもせず、ただシンプルに答えた。


「私を殺そうとしたから、殺しただけだが?」

「なっ……」

「なにを驚いている? そんなことよりいいのか……」

「な、なにが?」

「私はおまえたちのボスを殺したんだぞ。この意味が、貴様らにわかるか……?」


 私は広間にいる山賊全員に呼びかけた。


「……いま私を殺せば、そいつがここの頭領ボスだ」


 山賊たち一堂はつばとともに私の言葉を飲み込んだ。

 そしてその意味が身体に染み渡ると同時に雄たけびをあげながら私に向かってきた。


<挑発してどうするんですにゃあ……>

「ふふっ、こうするのだ……」

「うがああああああ……!」


 まずやって来たのは祭壇の近くに立っていた、スキンヘッドの大男。腰布一枚を身に着け、メイスを振って迫ってくる。顔を真っ赤にして怒っているようだ。

 筋骨隆々というにはあまりにも、全身が筋肉の塊で、どこから首なのかどこからが胸板なのかわからない。


 おそらく、こいつが一番の武闘派で、ボスの側近なのだろう。

 ずいぶん高くまでくり抜かれた洞窟の広間だというのに、祭壇にのぼったそいつのその頭は天井に届きそうなほど大きかった。


 そして両手にはこの場の誰も持てないような巨大な鉄球つきの棍棒メイスを握っていた。

 それを先ほどの傷面のボスと同じように振りかぶって、私をミンチにしようとしてきた。


 だから、私はそれを胸で受けた。


「やった! ブル様のメイスを受けて生きてたやつはいないぜ!」

「け、けどよ……あいつ、立ってるぜ?」

「は………………?」


 私はその巨大なメイスを受け止めて、その場に静止していた。


「うが? が、ががっ、ががっ?」


 そしてその巨大なメイスの鉄球部分を握って跳ねのける。


「なんで……どうして、おでの棍棒くらって動けるっ! 潰れない!?」

「ふふっ」


 私は相手の攻撃で破れたジャージの胸元。その下から覗く、ピッチリ皮膚にくっつく防塵スーツを確認して笑みを浮かべた。


 こいつはタイツのように全身を覆い、ビームやレーザー兵器を除く物理的な攻撃の一切をほとんど無効化できるスーツだ。

 本来は時速400kmにも達する宇宙の塵スペースデブリ対策に宇宙服の下に着用する肌着だ。


 スペースデブリに比べれば、この男のメイスなど小石がぶつかったに過ぎない。

 簡易の防具になるとは思ったが、これほど効果的だったとは。巡洋艦ワイバーンから取ってきて、正解だったな。


「なあ、ジル……昔アニメで仲間の腕が、吹っ飛ばされて絶望した覚えはないか?」


 レーザーブレードを構えながら相棒に囁いた。


<知りませんにゃ……だいたい、わたしはこの宇宙に生まれて数年ですにゃ>

「そうか……」

「うがああああああああああ!!」


 男は再びメイスを構えて、私の頭を潰そうとしてきた。


「ふっ……」


 私はその愚直さに思わず吹き出してしまった。


――ブウゥゥゥンッ……。


「知っているか? 昔、農民が掘り出すとき誤って貴重な女神像を破損したという話がある……」

「う、がっ……? お、おでの、腕が……ががが?」

「だが腕が欠けていたからこそ、その女神像は魅力的になり有名になったともという。お前は、どうかな……大男?」


 私は大男の両手首をレーザーブレードで切り落とし、弾き飛ばした。


 振り降ろす勢いで祭壇を越えて、広間の床まで吹っ飛んでいくスキンヘッドの両腕。

 祭壇下の山賊たちは、自分たちの間に吹っ飛んできたそれを見て悲鳴をあげた。


「ひいいいっ!? ブル様の腕が……!」

「お、おでの腕があああああ……!?」

「私の思い過ごしだったかな……ブサイクは、腕を取ってもブサイクだな。消えろ」


――ブウゥゥゥンッ!


 私は返す刃でその醜い男の首を落とした。


 大男の相手をしていた私の背中を狙って、なにかが飛んでくる。


――ヒュンッ!


「むっ?」

「ちっ、かしらだけじゃなくて……ブルもやつもあんなにあっさりやっちまうとはな!」


 今度は祭壇の左端で突っ立っていた目つきの鋭い男が手に何本もの短剣を構えて、私を狙ってくる。

 いま先ほど脇腹に感じた感触は男が投げた投げナイフが当たったものだろう。


「シャーブ様の投げナイフには毒が仕込んである、あのビフトでさえあれを食らって数秒以上生きてるのを見たことがねえ!」


 山賊のひとりがどこか安心したように、そう言った。


「おいおい、ばらすなよ……まあ、タネがわかってもかすればあの世行きだがなあぁぁ!?」

「さすがシャーブ様だぜ……早くっちまってくだせえ!」


 周りの反応からこいつも、この山賊団でそれなりの地位を持っているらしいな。

 好都合だ。


 私はレーザーブレードを下げて、しばらく無言でそちらを見つめていた。


「……え? なんで、死なないんだ……?」


 シャーブと呼ばれていた細身の男が戸惑った表情を見せた。


「てめぇ、不死身か……!?」


――ビュンビュン、ビュッ!


 シャーブと呼ばれた男が何本もナイフを私に投げてくるが、すべてスーツに当たって刃が皮膚まで通らない。

 私はゆっくりと一歩一歩、男に近づいていく。


「死ね! 死ね! 死っ……ひいぃぃ!」


 男にとって、いまの私は動く山のように感じただろう。

 いくら毒ナイフを投げても死なない私を絶望とともに、必死に止めようとした。


「それで、在庫切れか?」

「あ……ああっ?」


 私は男の間近まで迫って、顔をよせてたずねた。

 男の手持ちのナイフはすべて投げてしまったらしく、慌てた様子で――私の脇腹に残っていたナイフを突き刺してきた。


「なんてな! ハハッ、てめぇが近づいてくるのを待ってた……至近距離なら……刃が……刃、が……」

「通ったか?」

「な、なんで通らなねえんだよおおお!? こんな薄い布切れに、なんで……!」

「刃というのはこう使うのだ」

「や、やめっ……ひっ!」


――ブウウゥゥンッ!


 私はまたグリップを相手の胸に押しつけて、一瞬レーザーブレードを顕現させた。

 そしてスイッチを切ると同時に、そいつも祭壇の床に倒れた。


「ごふっ……」

「ひ、シャーブ様まで……く、くそこいつ……!」

「いや、へへへ……待てよ、もうこいつを殺せば……上に立つ奴はいねえ!」

「それって……」

「このクソ野郎を殺した奴が、ここの……ボスだあああ!」


 幹部を失った山賊たちはもはや烏合の衆だった。

 やたら滅多に祭壇に上っては手持ちの武器を振って、私に攻撃してくる。

 だがあちらの攻撃はすべて防塵スーツが防いでくれるし、こちらのレーザーブレードはかするだけで致命傷だ。


 それは虐殺以外の何物でもなかった。


「ははっ。ジル……おい、ジル! 思い出すなあ、昔護衛がたんまり詰まった輸送船を襲ったときのことを!」

<記憶にございませんにゃ……だいたい、そのとき、わたしはまだマスターと出会ってませんにゃ>


 私は襲ってくる山賊相手に大立ち回りを見せて、バッサバッサと山賊の身体を切って、斬って、切り刻んだ。

 祭壇は切断面をレーザーで焼かれた、山賊の死体でいっぱいになった。


「だ、駄目だ……頭もブル様もシャーブ様もかなわかったんだ……」

「け、けどあのへんてこな武器を取っちまえば俺たちにも……!」

「腕だ、やつの腕を狙えええ!」


 山賊たちは私の武器に狙いを変えたらしい。


「いいぞ……」

<にゃにワロてますにゃ……>


 狙いどおりの展開になった。

 大勢の山賊が私の腕を狙って、武器を振り回してくる。


――バチンッ!


 その一撃に当たったふりをして、私はレーザーブレードのグリップを落とした。

 防塵スーツのおかげで、手首自体は無傷だ。


「ああ、私の偽剣ブリガンテスが……!」


 ついでに大仰なセリフを吐きながら、落ちた先に手を伸ばした。


 そのグリップを拾ったのは、ひとりの前歯の抜けた山賊だった。

 彼はグリップを掲げて、広間の仲間に歯の抜けた大口を開いて宣言した。


「へっ……へへへ! もらった、もらった……これで、おれはここのボスだああああ!!」

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