15話 ライオライト伯 ~Count~

 私が開かれた扉から中に入ると、そこは応接間になっていた。


「ここで少々お待ちください……主人を呼んでまいります」


 トラカイは私が応接間のソファに座るのを見てから、丁寧にお辞儀して部屋を出ていった。

 私は彼が出ていくのを見送ってからソファから立ち上がった。


 さすが周辺地域の領主の屋敷の一室だ。非常に豪華だった。

 村の小屋などに比べると、はるかに装飾品の類が多い。

 壁に備え付けの暖炉や木製の棚などもある。

 その上には女神らしき女性の像や壺などの調度品や、宝石の原石らしきもの、それにボードゲームのようなものの上には精巧な木彫りのコマが無造作に置かれてあった。


「……この星の芸術品のレベルはなかなか高いな。特に天然の木材で作った木彫りのこれなんて、交易宇宙港ステーションで高く売れそうだ」

<ひとつ、くすねて行きますかにゃ?>

「そうだな……この惑星から再脱出の目途がついたらな?」


 部屋にしかれた真っ赤な絨毯の模様のこの緻密さも、素晴らしい。

 私の船の私室にひとつ欲しいくらいだ。


 そんなふうに一室を見て回っていると、扉がノックされた。


「ニグレド様、お待たせしました。主人のライオライト伯です」


 ガチャリと扉が開けられると、そこにはトラカイの隣に見慣れない男が立っていた。


「…………」


 いかにも古い時代の貴族といった感じで、豪奢ごうしゃな衣装に身を包んだ少しくすんだ金髪ブロンドの男が扉の向こうにいた。

 男は若くもなく、だからといって隣の執事ほど年を取っているわけでもない。少し顔に皺が刻み込まれており、がっしりした体格と姿勢よく背筋を伸ばしているせいでどこぞの宇宙港にいる軍隊の教官のようにも思える。

 そんな彼が、こちらを鋭い視線で睨んでいた。


「貴公がニグレド・ゴールドフィールドか?」


 彼はトラカイを連れ立って、部屋の中に入ってきた。

 はじめて聞いた声は威厳が感じられるものの、嫌味な感じはしない。

 どこか堂々として、優し気な声だった。


「はい、そうです。では、貴方がライオライト伯でしょうか?」


 私は彼に向き直り、この惑星での正式な挨拶がわからないので、言葉だけでも丁寧に対応する。


「あらためて、私の名はタイガ・ライオライト。このライオライト地方を収める領主であり、伯爵だ」


 そして彼は背筋を伸ばしたかと思うと、うやうやしくお辞儀してきた。


(これがこの惑星の正しい挨拶の仕方か?)


 私も猿真似してお辞儀しようとしていたところ、隣にいたトラカイが驚いたように一歩後ずさった。


「らっ、ライオライト様!? な、なにを……」

「大変申し訳ない!」

「……?」


 いったい、どうした。

 トラカイではないが、私も驚いた。


 突然ライオライトは大声で私に謝ってきた。


 執事であるトラカイの態度が見る限り、これは異例のことなのだろう。


「すみません、突然の謝罪の意味をはかりかねております……」

「先日の村へのビフト大襲来……すべてはこのタイガ・ライオライトが失策が招いた事態! また不十分な作戦により、寡兵に陥り、村への援軍を送れなかったこと……重ね重ね申し訳ない!」


 部屋がビリビリと震えるほどの声量だった。

 隣では老執事が、主人の謝罪を止めようとオタオタと慌てていた。


「お、おやめください! ライオライト様……伯が軽々に謝罪するべきではありません!」

「なにを言うか、爺! 彼は……ニグレド殿は私の失策により危機が迫った、他でもない! 我が領地の村を! ひとつ、救ってくださったのだぞ!? 感謝や謝罪こそすれ……大事な客人に横柄な態度で接するなど……それこそ名門、我がライオライト家の汚点である!」

「…………」


 トラカイは主人の気迫の前になにも言えなくなってしまったように、押し黙った。


<マスター、この貴族おじさん思ってたより話が通じそうですにゃ?>

「ああ……」


 思ったよりもこの男、誠実な性格のようだ。


 ただそれがゆえに、冷静な判断だとは言えない。

 執事が言ったように、どこの馬の骨ともしれない――自身を表す言葉ではないが――私に感情的にいきなり謝罪するのはいただけない。

 そこにつけ入られたときのことを考えているのか。


 まあ誠実さには、誠実さで応えておこうか。

 なにせ私はこの惑星の礼儀を知らないし、そのくらいでしか敵意がないことを示せない。

 

「ライオライト伯、失礼ですが私はなにもしていません。実際に働いたのは村の子供や大人たちですし……謝罪するなら、村長やその住民、それに子供たちでは?」

「なんと失礼な……」


 老執事が私の言葉に口をあんぐり開くが、主人はむしろ納得したように言った。


「むう……そのとおりだ。村にはあとで謝意の品を送っておこう。爺、その用意頼むぞ?」

「ははっ」


「いや、それにしてもニグレド殿……貴公はなんと立派な方か。ぜひジプサム村に着くまでの武勇伝をお聞きしたい」

「武勇伝、ですか?」

「あるのだろう? でなければ、村でのあの活躍は嘘ですな」


 そう言って、私の目の前のソファにどっかりと腰かけた。

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