14話 馬車 ~Servant~

「…………」

「屋敷までは少々かかります」

「ああ……」


 私はトラカイに言葉すくなに、返した。


「そんなに緊張なさらないでください……主人からはニグレド様の執事だと心掛けよ、とうかがっております」

「…………」


 するとトラカイは、それを私の緊張と勘違いしたらしい。


 私は馬車の小さな窓から、外を眺めた。

 外から覗く木々の景色は相変わらず美しく、ジンジンとする尻の痛みを必死に隠す私の心を癒した。


<辛そうですにゃ、マスター>


 馬車の乗り心地は最悪だった。

 荷車の椅子はただの板だし、そこにクッションなどが敷いているわけでもないし、もちろん車輪にサスペンションなどはついていない。

 車輪が林道を転がるたび、地面の凹凸が直接、私の尻を刺してくる。


 ケツが麻痺して、石になりそうだ。


 トラカイを名乗るライオライト伯の執事は、馬車を村の近くに置いていたようで、それで私を自分の主人の下へ送るつもりだったらしい。

 私は『馬車』という乗り物に興味があったし、なによりライオライト伯にはなんとか連絡を取りたかったのだ。

 私としてはトラカイの誘いは渡りに船だった。


 だからこそ急いで、滞在先の小屋までバックパックを取りに行って、意気揚々と馬車に乗ったのに。

 これだ。


「ライオライト伯はどうして私を?」


 私は気を紛らせようとトラカイ執事にたずねた。


「……と、言いますと?」

「いえ。私はあの村に滞在しておりますが、もともとはほかの土地から来た旅人、いわば異邦人です。ライオライト伯に招待を受けるような身分では……」

「この前のビフト包囲戦で、ジプサム村の働きは見事だったといくつもの声が騎士の面々からあがっておりました」


 トラカイはそこで一度言葉を切り、掘りの深いするどい視線で、私を静かに見据えた。


「特に、中でも活躍したのは村にふらっとやってきて、子供たちを指揮して数日で完璧な罠を仕上げた旅人……ニグレド・ゴールドフィールド。貴方様の存在です」

「その名前を……そもそも私の名をどこから聞いた?」

「我が家に戻ってきたコニスでございます」


 たしかあの青年、ライオライト伯のところで御者見習いをやっていると語っていたか。

 いまこの馬車の御者台に座っているのは別の人間のようだったが、彼が雇い主であるライオライトに私の働きを話したとしても不思議ではない。


「私は……せっかく立ちよった村でなにかできないかと、苦心した……いわば苦肉の策ですよ。実際は、あそこまで上手く行くとは思いませんでしたよ」

<よく言いますにゃ……ただ遊んでただけですにゃ>


 内心で相棒に黙っておけと言いたい気分だった。


「はたして、そうですかな?」

「……というと?」


 私は先ほどのトラカイと同じように、聞き返した。


「旅人というなら、ビフトが群れをなしてやってくると知ったところで逃げればよろしかったのでは? あの村に義理があるわけでもないでしょう。でも、貴方様はそうはしなかった……」

「…………」

「それはビフトの大群に対して、なんらかの勝つ確証があったか……それとも、あの村を救わなければならない理由があったか……」

「はは、まさか……偶然ですよ」

「いえ、そもそもその服。上下黒づくめの、大層高級そうな生地……貴方様はいったいどこからどのように旅をしてこられたのですか?」

「いえ、これは故郷ではポピュラーな……一般着ですよ」


 まずいな、この老人。あまりペラペラと話しているとボロが出そうだ。

 むしろそれが狙いか。


「おっと失礼。こうも年を取ると、疑い深くなってしまって……主人の客人に対して取る態度ではありませんでしたな」

「どうぞ、お気になさらないでください……私も黙って馬車に揺られているのも退屈ですし、いい退屈しのぎになりましたよ」

「はっはっは……」


 その笑いは心からのものか、それとも世辞か、本心を隠すための咳払いか私にもわからなかった。


 ちょうど馬車が止まり、それを引く馬らしき生物――外見は原種の馬そのもので、翻訳機もウマだと訳している――がいななくのが聞こえた。


「着きましたな」


 トラカイはそう言うと、背の低い扉をかがんでくぐり、私を外へと誘う。


「どうぞ、こちらです……ニグレド様」


 私が降りると、林の中にその荘厳な屋敷はあった。人間の背のニ、三倍はあろうかという、巨大な石の塀と鉄門扉、その奥に噴水があって、植え込みが左右に続いている。

 そして、そのずっと奥の方に村長の小屋とは比べ物にならない本当の屋敷が見えた。

 石造り柱が幾本も立っていた。偽りのない、大豪邸だ。


「ここが我が主人、ライオライト伯の屋敷となっております」

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