11話 終幕 ~Start~

 私が山側に視線をやると、まず砂煙が見えた。

 そしてその後ろから大柄なシルエットが迫ってくるのが見えた。

 ビフトの大群だ。


「ほ、本当に来た……! 神様……狩りの女神よ、戦いの女神よ……!」


 村長のジプサムは槍を握りしめて、祈っていた。


「う、ううぅ……うわあああん! セレナお姉ちゃん……!」

「大丈夫よ、大丈夫……大丈夫、私たちにはレドがついているんですもの……」


 そう言いながらセレナは泣きわめく幼い子供の背中をなでながら、強い信頼の瞳で私を見つめた。


「おい、ガキを泣き止ませろ! た、戦いに集中できねえだろうが!」

「クソ、弓を引くのって、左だっけ……右だっけ!?」


 戦い慣れていない村人たちは自分の得物すら満足に扱えないようだった。


「ひっ……! せ、先輩……先輩の仇っ……!」


 大人たちに隠れてコニスが槍を握り絞めながら、何ごとかつぶやいていた。


 私はそれら村の大人たちを後目に、しっかりとビフトの大群をにらんでいる子供たちに命じた。

 こいつらのほうが、大人たちよりよっぽど士気が高そうだ。


「おい、ガキども打合せ通りにやれ。なあに、しくじったところで村が滅ぶだけだ……」

「……!?」

「いいぞ、私が合図したらそのロープを思いっきり引けばいい……それだけだ、ほかにはなにも気にしなくていいぞ?」


 子供たちは私の目を見て、しっかりと一度だけ頷いた。


<マスター、来ます!>


 ビフトの群れの先頭が、もう村の目と鼻の先だった。


「うわああああ……!」


 狂乱した村人が矢を射かけるが、震える手で引き放った矢は明後日の方向へと飛んでいく。


「バカ野郎、無駄な矢を打つな! まだ遠い!」


 いつもはうるさい山賊のような男は、案外冷静だ。

 ひょっとしたらこの村の狩人なのかもしれない。


「あ……! だ、駄目だ……やつら、罠を……」


 誰かが叫んだ。


「――避けてやがる!」


 山から村の入り口に降りてきたビフトは、そのまま突進してくれば逆茂木に突き刺さるはずだった。


「ガアアアアアアアアアアアア!!」


 しかし野生生物というのは、そう思惑通りには動かないもののようで。

 私の予想どおり、ビフトたちは逆茂木の威力に気づいて進路を変えて、迂回してくる。


<マスター、ビフトが迂回したにゃ……! 逆茂木は失敗にゃ!>

「見ればわかる……予想どおりだ」

<予想どおり!?>

「おい、ガキども……いいな、まだだぞ?」

「あ、ああ……!」


 子供たちは片膝立ちで、ブルーシートにつながったロープを強く握った。

 私は砂煙をあげて、地面を揺らして迂回してくるビフトの大群を見てタイミングを計る。


<マスター、にゃにを考えてるんですにゃ……>

「ジル、お前はこの数日間、子供たちの作業のなにを見ていた?」

<いや……そんにゃの興味にゃかったから、気にしてませんにゃ……>


「おい! ビフトが……罠のないところから入ってくるぞ!」

「なにぃ~!? クソが! 旅人、アンタ手抜いて罠設置してないところがあるぞ!」

「それでいい……」

「なにがそれでいい、だ!? アンタのせいでこの村は全滅だ!」

「元々その手の武器でこの村を守るつもりだったのだろう? 守って見せたらどうだ?」

「~~~~っ!!」


 私はビフトたちが逆茂木を避けて、の位置から侵入してきたので、子供たちに囁く。


「まだだ……まだ耐えろよ……」

「ま、まだかよ……? 間に合うのかよ……?」


 さすがに肝っ玉の据わった子供たちと言えど、よだれをたらした獣の群れを前に腰がひけていた。


「ショータイムというのは、客が全部席についてからはじめるものだ……」


 ビフトたちが逆茂木を避けて、防御の薄いなにも設置していない村の入り口に差しかかる。

 そして先頭の一頭が、ブルーシートの端に手をかけようとしたところで、私は子供たちに合図した。


「――やれ!!」

「だああああああああああ……っ!!」


 数人の子供たちが留め金を弾けさせたように、一斉に、力の限りロープを引いた。

 するとブルーシートが村側にひっぱられて、その下からは大口をあけた地獄が現れた。


「ガアアアアアアアアアアア……っ!?」


――ドゴドゴドゴッ……!!


「な、なんだ……あれは!?」

「ガアア……ガアアアアッ……!」


 ビフトの鳴き声と村人の驚きの声が、重なった。


 ブルーシートの前まで勢いよく突進してきたビフトたちはその勢いを殺せず、そのまま目の前の穴へとぼとぼとと頭から突っ込んでいった。


<にゃっ……落とし穴!?>

「一辺4メートルの四方のキューブ型の罠だ……」

<にゃ、にゃんて、原始的にゃ……>

「しかも肉をかみ砕くアギトつきだ……ふふっ」

<え……?>


「おお……! だがこのくらいじゃ、ビフトは這い上がって……」

「大丈夫だよ! 中にもぼくたちが作った杭が設置されてるから!」

「な……なんだと……?」


 落とし穴の中からいくつもの断末魔が聞こえてくる。


「ガアアアアアッ! アアッ……アッ……アアアァァ……」


<まさか……中に逆茂木を設置しておくことで、くし刺しにしたにゃ!?>

「そういうことだ……先頭で落ちていったビフトはくし刺しで絶命……折り重なるように落ちていったビフトも、仲間の身体を貫いた杭が刺さって即死はまぬがれるだろうが、這いだすことはできないだろうな……」

<そこまで考えて……>

「なんのために偵察機で数を観測したと思っている……それより4メートル幅を飛ばれたときのことを考えて、めくったブルーシートが壁の役割果たすかと思ったが、杞憂だったようだな」


 私は子供たちにブルーシートをはがした勢いで、たわんだシートがビフトたちの突進を受け止めるクッションになるかと思ったが、相手はそこまでジャンプ力はなかったようだ。


 それはともかく、あまりの予想外の出来事でショックを受けている大人たちに私は激を飛ばした。


「おい、お前たちの自慢の弓で射抜かなくていいのか?」

「え……?」

「急げよ、お前ら……どこを撃とうが、穴の中は的だらけだ……ふふっ。外しようがないぞ?」

「……! ようし、この食らえ!」

「俺たちの村を狙ったのが間違いだったな! 死ね、このっ!」

「ははは、狙い放題だ! 撃て撃て……撃てぇ!」

 

 村人たちは水を得た魚のように、穴に群がって上から弓矢を射かけた。


「ガアアアア……ガアアアアッ……!」


 体に杭が刺さりながら、まだ息のあったビフトたちも雨のように降る弓矢に絶命していく。


 そんな大人たちの間から割って入るように、コニスが鉄の槍を握って前に出てくる。

 そして穴の中の一匹に向かって槍を頭上高くに振り上げた。


「く、くそっ……この……このおおおおっ! 食らえッ……先輩の、仇だあああ――」


◆ ◆ ◆


「はい、レド! お肉です!」

「ああ、セレナすまないな……もらおう」

「なにをそんな隅っこで、ほら村の英雄ですぞ!」


「「「おおおおおおお……っ!!!」」」


 もうすっかり時刻は夜だ。

 本来なら村は寝静まっている時間帯なのだが、村の広場にはいくつものかがり火が焚かれて、そこでは大宴会が開かれていた。


 私はその広場の中心で村長のジプサムに手を引かれて、村の皆に紹介される。


「よっ、さすが旅の英雄! この村にふさわしい客人だぜ! 来てるのはへんてこりんな服だがよお……それもまたカッコよく見えてきたぜ!」

「こいつよく言うよ!? 散々、ニグレドさんに悪態ついてたのはどこどいつだ~?」

「う、うるせえな……酒が足りてねえんじゃねえか、飲め飲め! 今日は無礼講だ、がはは!」


「ははっ、あの穴は俺が掘ったんだぜ?」

「掘った土運んだのはあたしたちだけどねー」

「うっ……そりゃ、レドさんも言ってただろ。テキザイ、テキショだって……」

「また明日穴埋めないとねー」

「うへぇ~……嫌なこと思い出させるなよ~。これだから女どもは……」

「そういや適材適所っていや、お前の木の杭めっちゃ役に立ってたよな?」

「い、いや……ぼくはただ木を削っただけで……」

「だからそれがすげえって言ってんだろ? 見直したぜ、お前のこと!」

「あいた……背中、叩かないでよ……」

「あ、悪い悪い」


 この日ばかりは子供たちも遅くまで起きることを許されて、この宴会に強制参加させられているようだ。

 だが皆嫌そうな顔はしておらず、それぞれがそれぞれにどこか自慢げな顔をしていた。


 私は宴会の中心からまたそっと離れて、端のほうに移動した。

 ここまでやっておいてなんだが、私はあまり目立つべきではない。

 いろいろな理由で。


「レド? お肉食べました? この村じゃこんなにお肉が捕れるなんてなかなかないんですから、冷めないうちにいっぱい食べてくださいね!」

「ああ……いただこう」


 宴会の様子を眺めていた私に、食べ物や飲み物を配り終えたセレナが話しかけてくる。

 私は骨付きのビフトの肉を焼いただけの、質素な料理を頬張った。


「…………」

<どうですかにゃ? やっぱり……不味いですかにゃ?>

「いや……美味い!」


 普段は、そもそも培養野菜のたんぱく質を抽出したものを肉と呼んで食べているのだ。

 天然物の動物性たんぱく質はそれこそ文字どおり、罪の味である。


「酒はまずいがな……」

<それは舌が、おこちゃまにゃんですにゃ>

「それにしてもジル……いつもの連盟法違反はどうした?」

<もういまさら過ぎますにゃ……野生動物を調理して食べるより、未開惑星の住人に知恵を授けるほうがよっぽど重罪ですにゃ>

「ふふっ……」

<にゃにをワロてますにゃ……>

「レド? また精霊さんとおしゃべりですか?」

「そんなところだ……」

「あの、レド……」

「どうした?」


 セレナが少し思いつめたような表情で話しかけてくる。


「レドさえよければ、その……ずっと、ずっとこの村にいてくれていいですから!」

「あ……ああ」


 セレナはそれだけ告げると、私から離れて、宴会の華やかな場所へと消えていった。


<これからどうしますにゃ……?>

「というと……?」

<にゃにとぼけてますにゃ……この惑星で暮らしていくしかにゃくて、この村に浸透して……マスターはどこを目指しているんですかにゃ?>

「そうだな……」


 今回のことでひとつの目標ができたのは間違いない。

 私はそれを相棒に伝えてみた。


「ジル……私は……」

<にゃ?>

「この星を支配してみようかと思う……」

<……は?>

「今日の戦いでわかった。この星の人間の知能は問題ない。我々、文明の民とたいして自頭はかわらない。そのうえで私が進んだ技術を背景にこの星を乗っ取り、伝え、私たち宇宙海賊の補給基地として利用してみようじゃないか」

<にゃ……にゃ……!>

「そうだな、まずは失った船員最低32名の確保。及び宇宙船発射基地の建設。それから、再脱出のためのエネルギーの確保くらいだな……これから忙しくなるぞ、ジル」


 私は不味い酒を口に含みながら、静かに笑った。


<にゃにを笑ってますにゃ~~~!?>


◆ ◆ ◆


「な、なんだこれは……終わってるじゃないか……」


 ライオライト伯の騎士たちが村に到着したころには、村はビフトの解体作業に入っていた。

 皆、深く掘った穴に入って中のビフトの死骸を引き上げていた。


「ど、どうやって対処した? 我々騎士団がこれだけ手こずった相手に……?」

「隊長、見てください……あの男……」

「ん?」


 部下が指さす方向には、ビフトの引き揚げ作業を指示している全身真っ黒で、奇妙な服装の男がいた。


「見慣れぬ村人……よもや、あの男が……?」

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