12話 魔法 ~Handicraft~

「あの……ニグレドさん……」

「ん?」

「今日……これはさ、ぼくは……なにを作ってるの?」


 おどおどとした様子で、スコレーズは私にたずねてきた。

 彼は村の子供で、対ビフト戦で活躍したあの木の杭を連日、文句ひとつ言わずに削っていた手先の器用なあの少年だ。

 今日は、その小さな手には拳一つ分の木材が握られており、もう片方の手に握られたのみで、中心に穴を開け、中身をくり抜いていた。


「出来てからのお楽しみだ……。それとも、なんだ……急いでいるのか? 心配するな、今回はビフトはやってこないぞ?」


 私はスコレーズの質問に冗談を返して、作業をうながした。

 スコレーズも私の言葉に口の端を歪ませて、再び自分の手元に視線を落とした。


「レドのことだから、きっと素敵なことよ。ね、レド!」


 ほかの子供たちにはそれぞれ一本の木材を与え、その中心に鑿でみぞを掘るように命じていた。

 セレナも他の子供たちと同じように鑿で、木に溝を掘っているが凹凸が激しく、決して滑らかなだとはいえない。


「んしょ……んっ、アレ?」

「セレナ……貴様も慌てるな。それよりも怪我に注意しろ……」

「あっ……は、はい!」


 私はセレナに鑿で手を刺さないようにひと言伝えて、ほかの子供たちの作業を見る。


 川のほとりには、私が村から連れてきた子供たちが思い思いに座って、木材にキズをつけていた。

 おそらく皆、私が説明したとおり丸太を半分に割った中心に、溝を作ろうとしているのだろう。

 けれど上手な者と下手な者に分かれている。


 ここは最初に私とセレナが出会ったあの川のほとりだ。

 そこから少し目を離すと、切り株がいくつもあってその側に大量の丸太が転がっていた。


<これが『惑星支配』とやらと、にゃんの関係があるんですかにゃ……?>


 私の右耳あたりから、呆れたようなあきらめたようなため息交じりの声が聞こえてくる。


「ふふっ。そう言うな……何事も下地からだ。根を張っていない木は腐って倒れるだろうが、根を張った木は切り株になってもしぶとく息づく……」


 私はいくつもの切り株を見て、相棒にそう囁いた。


 あれらは、私が昨晩ここに放った小型の工作ロボットが行ったものだ。

 両手に抱えられる程度の工作ロボットだが、無人誘導で木立を切った上、打ち枝や整形もしてくれる便利な道具だ。軍用で燃料電池さえあればパワフルな機械だ。


<村に穴掘るときも、工作ロボットを使ったらよかったのではないですかにゃ? だったら子供たちを使うよりももっと早かったはずですにゃ……>

「いや。この星の人間に、私が高性能な道具を持っていることを知られるのはリスクが高い……」


 もしもこの惑星の住人に、私の『力』の源がその高性能な道具だと知られたら。そして襲撃されてそれら道具をすべて奪われたら私はこの惑星のそこらの住人と変わらない。

 まったくの無力の人間だ。


 もちろんそういう事態になれば抵抗するが、数で攻められれば絶対はない。

 それに、そもそもそういう事態を避けたほうが賢明なのは言うまでもない。基本無益に争うことはリスクしかない。


<でもマスターがこの惑星の住人に勝てるのは、巡洋艦ワイバーンに積んである機械による技術力差ですにゃ……その『力』の差を見せつけておいたほうが、有利に働くのではないですかにゃ?>

「ああ。だから、その『力』の差をこの惑星の住人に見せつけるとも。ただし、道具のおかげではなく……私の力とさせてやる」

<にゃあ……?>


 それは、つまりこういうことだ。


 ちょうどよく、切り株の近くで、ノコギリを手に丸太を木材に加工していた少年たちが話していた。


「それにしてもニグレドさん、すげえよな……」

「ああ……この量の丸太、ひとりでったんだろ?」

「しかも俺たちが寝てる、夜にな……」


 少年たちは、キラキラとした憧れの視線で私のほうを見つめてきた。


<はあ……にゃるほどにゃ。この惑星の住人に工作ロボットにゃんて……無人で大木を切る便利な道具にゃんて発想がにゃいのを逆手に取るんですにゃ? ズルチートですにゃ>

「そういうことだ……ふふっ」

<あ、最高に悪人顔だにゃ……>


 惑星の住人にしてみれば、どれだけ理解しがたいことが起こっても、まさか機械の仕業とは思うまい。

 事実とともに私が説明してやれば信じざるを得ない。

 そういった事実を積み重ねれば、私を知る者の間で私は神格化されるはずだ。


 セレナのようにな。


 私が相棒と話していると、そこへおずおずとスコレーズがやってきた。

 その手には先ほどまで加工していた木材が握られているようだった。


「なんだ……私が見せた設計図でわからないところがあったか?」

「い、いや……あの、すみません……ニグレドさんに言われた加工が、終わったんで……」

「なに……?」

「あ……」


 私はスコレーズの手から、彼が加工したという木材を取り上げて確かめる。


「すごいな、貴様……」

「は、はあ……?」


 完璧だ。私が伝えたとおりにしっかりと加工されてあった。

 これなら子供たちにいい余興が行えるだろう。


「スコレーズ、よくやった。来い……」

「……!」


 私は彼の頭を雑に何度か撫でつけた後、周りの子供たち全員を呼んで川のそばまで行った。


◇ ◆ ◇


「なにやってるのー?」

「まあ、待て……」


 私は好奇心旺盛な小さい子供たちに言って、川辺にしゃがんだ。持ってきたバックパックから取り出した合成樹脂のチューブの一端を川につける。そしてもう片側から吸って、チューブの中身を川の水で満たす。

 すると、もう片方の端から川の水があふれ出してきた。サイフォンの原理だ。


「わあああ……!?」

「すごいすごい、おもしろい!」


 幼い子供たちはそれだけのことで目を輝かせた。口々に叫んで、お祭り騒ぎだ。


「レド、これがやりたかったことですか!?」

「いいや、これはまだ過程にすぎん……貴様らに魔法を見せてやろう」


 私はセレナたちに向かって微笑むと、子供たちが好奇心で静まり返った。


「いま水があふれ出したチューブの中腹を適当な木の枝にかける……そしてそこのスコレーズが加工したにチューブの端を……」


 私は加工された木材の差し込み口に、チューブの端を押し込む。

 正確に掘られた穴にチューブはするりと入り、それでいて奥でギッチリ固定される。

 たしかに伝えた直径よりも広くなるくらいなら、多少狭く掘ってくれとは頼んでいたが。


(なんて精度だ……)


 スコレーズの加工技術に思わず驚くが、それよりも子供たちの驚きの声のほうが大きかった。


「わああ……ナニコレ、ナニコレ!?」

「雨だ、川の、雨っ……!」

「これは……シャワーという」

「しゃわー?」


 私は穴の開いた木製のシャワーヘッドを握って、近くの子供の頭に水を流してやった。


「わあっ!? つ、冷たいっ……!」

「あははっ……にぐれど、わたしも、わたしもっ!」

「お安い御用だ……どうだ、気持ちいいか?」

「うん! 冷たいー! 気持ちイイーッ!」

「そうかそうか……」


 後ろではほかの子供たちが順番待ちをしていた。

 もちろんセレナもそのひとりで、もじもじと私に遠慮がちにたずねてくる。


「あ、あのレド……これってあとで私たちが使っても……?」

「構わないぞ……ほら、自分で持ってみろ……。その管が途中でたわむと水圧が緩くなる……各自で調整しろ」

「れ、レド……これすごいですね!?」

「おい、セレナ! オレたちにも使わせろよ!」

「そうだそうだ! 独り占めはよくないぞ!」


 その後予想どおり子供たちは先を争うように、シャワーヘッドの奪い合いになった。

 私はそれを眺めながら、シャワーを体験して満足した子供たちを中心に説明する。


「こいつを村からここまで来て使うのは面倒じゃないか?」

「……?」


 子供たちはぽかーんと、口を開いた。俺の言葉の意味がわからないようだ。


「レド、それってどういう意味ですか……」

「だから、そのシャワーを村で使えるようにしてやろうと言っているんだ」

「で、できるんですか……そんなこと!?」


 その場の誰よりも、セレナが一番嬉しそうだった。

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