17話 略奪 ~Blaze~

 ――数年前。


「お母さんお母さん、お弁当、早く早く!」


 小屋の中で幼い女の子がテーブルに飛びつきながら、母親におねだりしていた。


「ちょっと待ちなさい……用意ができてもお父さんが帰ってこないと、ピクニックにはいけないのよ?」

「ええー。やだやだ、早く行きたい行きたい!」


 外はカラっと晴れて、まさにピクニック日和。

 なのに、少女の父親はいま朝の農作業にでかけていた。

 少女はそんな父親に少し腹立たしい気分だった。

 それでも、今日は家族ではじめてのピクニックだ。苛立ちよりも、楽しみなほうが際立った。


 父親も、そろそろ帰ってくるはずだった。


――どんどんっ!


 少女がいまかいまかと待ちわびていると、小屋の扉がノックされた。


「お父さんだー! わたし、開けてくるね!」

「はいはい……」


 母親は台所に支度しながら笑って、娘を見送った。

 食事をバスケットに入れ、まな板などを片付けていると、台所から娘が扉の前で固まっているのがちらりと見えた。


「……?」

「お父さん……あれ? どうしたの……」


 どうしたのだろう。

 続いて、家の入り口から娘の戸惑った声が聞こえてきた。


 妙な胸騒ぎに急かされて、母親は入り口のほうへと足早に向かった。

 娘の後ろから扉を覗くと、そこには夫が居た。


「あなた……どうかしたの……?」


 出迎えた夫は扉に手をかけて、肩で息をしていた。

 その顔からは血の気が失せて、蒼白だった。

 それだけで異常なことが起こっているのがわかった。


 夫が母親に向かって、叫ぶ。


「早くっ! 娘を連れて逃げろ……っ!」


 母親は慌てて夫に駆けよる。


「う゛っっ……」


 しかし夫は妻の手が届く間もなく、力なく家の床へと倒れこんだ。

 その背中には大きな斧が、深く突き刺さっていた。


「きゃああああ!?」

「お父、さん……?」


 母親の悲鳴が響き渡る小屋の中に、村人とは思えない肌の焼けた男たちが入ってくる。


「案内ご苦労さん♪ 助かったぜ、おっさん!」

「なんだ、しけた小屋だな……」


 大柄な男たちは小さな扉をくぐった。

 もう動かない夫を踏みつけて窮屈そうに中に入ってくる。


 獣の皮をなめしただけの上下を着て、片方の細身の男は手に斧を握っていた。

 空手だった前歯が抜けた男も、夫の背中から斧を引き抜いて手に握りしめる。


 斧の刃からは大量の血がしたたり落ちた。


「だ、誰ですかあなたたち!? やめてください……夫から離れて!」


 妻は夫を踏みつける男の脚をどかして、その遺骸を抱いて叫んだ。


「夫? ああ、このおっさんか……」


 歯の抜けた男が、下卑た笑いを浮かべて伝えてくる。


「村の外からやってくる俺たちのことをよ、見て、逃げるから……この小屋まで案内してもらいましたー! へへへっ」

「どうして、こんな酷いことを……出ていってください、出ていって……!」


 母親は涙を流しながら、男たちを見上げて訴えかける。

 しかし男たちはそんな彼女を気にした様子もなく、小屋の中を覗く。


「で~? とりあえず金目のもんはどこだ?」


 細身の男が目ざとく、家の中身を漁ろうとずかずかと中へと入っていった。


 男たちはあきらかに堅気の者ではなかった。

 その服装や雰囲気からして山賊の類に違いなかった。

 自分たちの村は山賊たちに襲われたのだ。


 そう理解した瞬間、母親はひとり事態が飲みこめておらず、ぼうっと夫の遺骸を見てたたずんでいる娘に叫んだ。


「は、早く逃げるのよ……ルチル!」

「え……お、お父さんは……?」

「もう、お願い! お願いだから、逃げて……このっ!」


 母親は娘に泣きつきながらも、山賊のひとりをきっとにらみつけると、その脚にしがみついた。


「おい、俺の脚にまとわりつくんじゃねえ!」

「ぐっ、くううぅ……!」


 抱きついていた歯の抜けた男に蹴られて、跳ね飛ばされる母親。

 それを見て娘は男たちに泣いて懇願する。


「やめて……ねえ、やめて! お母さんに酷いことしないで!」

「い、いいから逃げるのよ……ルチル!」

「この女、また……! 邪魔だ、どけ!」


 再び起き上がった母親は山賊のひとりの脚にまた飛びかかり、文字どおり足止めして娘に叫んだ。


「お願い、言うことを聞いて……逃げるの、逃げるのよルチル!」

「おい、女その手を放せ、このクソ……!」

「おかあ……さん……」


 自分の母親と、知らない男たちのわけのわからないやり取りを見せられて娘は混乱していた。

 いったいどうしてこんなことになってしまったのだろう。

 今日は親子三人で楽しい楽しい、ピクニックに行くはずだったのに。


 母親にまとわりつかれていた歯の抜けた男が手に握った斧を振り上げる。


「クソ女が! どかねえ……てめえが悪いんだぞ!?」

「おい! 子供の前で……おまえっ! それに女には手出すなって、頭が……」


 歯の抜けた男は完全に逆上していた。

 部屋を物色していた細身の男が、制止する声も聞こえていないようだ。


「あ……」

「ルチル! 早く、逃げ――」


 娘にできることはなにもなかった。

 ただ男がその斧を、母親の頭に振り下ろすのを黙って見つめるしかなかった。


◇ ◆ ◇


 その日、ライオライト地方のひとつの村が山賊に襲われた。

 村に侵入した山賊たちは広場に生き残りの女子供を集めて、品定めしていた。


かしら、村の女どもを集めてきましたぜ」

「おい……俺は言ったよな?」

「は?」


 ザンバラ髪をそのまま垂らした山賊が、頭と呼んだ男の言葉に固まる。

 かしらと呼ばれた髭もじゃの男は周辺の山賊よりも、高価そうな毛皮に身を包み、偉そうに腕組みしていた。


 両脇には眼光の鋭い中肉中背の男と、2mはゆうに越えるスキンヘッドの男がいた。

 眼光の鋭い男はずっと微動だにせず、真正面を睨み続けていた。

 一方、スキヘッドの大男は片脇に人の頭ふたつ分ほどの、鉄球のこん棒を構えてにやにやとしていた。


「な……なにをでしょうか? なにか手違いでも……?」


 伝令というよりかは、ご機嫌をうかがいのためにやってきた手下の山賊は、おびえたように質問した。

 それに対する返答は彼が思っていたよりも強烈だった。


「女は使えるか、売れるのだけでいいって言ったよな? 今回は人員補充じゃねえんだ……男は爺だろうが、ガキだろうがいらねえ! なのによお!? こりゃどういうこったぁぁぁ!」


――びゅんっ!


「ごぶふっ!?」


 山賊の頭は脇のスキンヘッドに合図した。

 命じられた男はなんのためらいもなく、部下の男の腹にその鉄球をめり込ました。

 広場の向こうへと跳んで、民家の壁にぶつかって気を失う男。


「ちっ……お前らも教育が出来てないらしいから言っておく。このグラインダー様の言うことを守らない奴は部下はいらねえ! 俺様の忠実な部下で居たいなら、その小さな頭に俺様の言葉を刻んでおけ!」


 この山賊のトップであり、顔じゅう傷だらけの髭の大男がその場に集まった部下たちに大声で号令した。


「使えない婆はいらねえ! 売れないクソガキもいらねえ! 男と婆はさっさと殺して……この村ごと焼いちまえ!」

「ひっ、ひいいいっ!」


 グラインダーの言葉に山賊たちは怯え、先ほど処断された男を見やる。

 男はすでに口から血を垂らして、こと切れていた。

 命令に違えれば、身内といえど容赦なくやられる。

 

 それがこの周辺一帯を支配している山賊団、グラインダー一家のおきてだった。


◆ ◇ ◆


 こうやって消えたライオライト地方の村は、ひとつやふたつではない。

 定期的に村々が燃やされ、噂はライオライト地方全体に伝播していった。


 襲われた村の民家はすべてに火を放たれ。金品を略奪され。村の女たちも山賊の棲家へと連れていかれ、その後どこへ消えたのかわからなかった。


 そして残りの村人は、皆殺しにされた。

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