22話 種子 ~Root~

「それで……体の不調を訴えているのはどいつだ」

「すみません、こちらです……」


 私は村長のジプサムからもらった村のはずれにある小屋を訪れた。

 先日の戦いで傷ついたジャージは巡洋艦ワイバーンに戻って新品に替えてきた。


 ついでに再利用機リサイクラーが修復されていたので、汚れたジャージは放り込んできた。電力消費さえ気にしなければ、投入した物品を分子レベルまで分解して各保存容器にストックしてくれる。

 あとは艦内に設計図さえあれば製造機ファクトリーとつないで、どのような物資でも製造可能という優れモノだ。


 閑話休題。私がワイバーンに急遽、戻ったのには理由がある。


「ニグレド様、こちらの子です……山賊たちに囚われていたころから体調が悪くて……」


 私に話しかけてきているのは、先日山賊の拠点から解放した虜囚の女だ。

 放っておけば、山賊どもに女給として使いつぶされていたか、人買いに売られていたような年頃の女だ。

 私はそんな女たちが満足に服も着せられず、洞窟に幾人も捕まっていたのでそれらを表面上解放してみせた。


 もちろん、慈善目的ではない。私はそこまで博愛主義ではない。


 私は彼女たちに、新しい主は私だと言い聞かせた。彼女たちにとっては頭が山賊から、私に変わっただけなのだろうが、彼女たちは私に従順に従っている。


 山賊たちはまず『鞭』でしつけたが、すでに鞭でしつけられ獣のように扱われていた彼女たちに、私は『飴』を与えてしつけることにした。

 

「ルチル……大丈夫? ほら、ニグレド様が来てくれたわよ……」

「ニグレド……? 放っておいて……ごほっ、ゴホッ……アタシはもうこのまま死ぬの……放っておいて……そんで、殺、して……ゴホゴホッ!」


 ルチルと呼ばれた十代前半くらいの少女の顔は真っ青だった。唇も紫で、なんらかの感染症から合併症を起こしているものと思われた。

 私は懐からピルケースを出して、中のカプセルをひとつまみした。

 それを病床に伏せる少女の口元に持っていく。


「これを飲め」

「いらない……ごほっ……」

「いいから飲むんだ」

「うっ……!」


 少女の口に無理矢理カプセルを押しつけると、気に入らなかったのか拒否反応を示した。


「うっ、ぺっ……! いらないから、ゴホゴホッ! 放っておいて……!」

「ルチル!」


 ルチルの頬を叩こうとする少女を無言で止めて、私は言った。


「ルチルと言ったな」

「はぁはぁ……なに……?」

「貴様の命はすでに私のものだ」


 ルチルは死相をの浮かぶ顔にニヒルな笑みを貼りつかせ、息も絶え絶えに答えた。


「へえ……アンタも山賊どもと同じく、アタシたちを犯すの……? 感染うつるわよ……」

「そういったことには興味がないな。だが貴様の労働力は貴重だ」

「ろうどう……? いまのアタシを、見て……よくそんなことを……」


 布を敷いただけの床板に寝かされている彼女の身体は、ガリガリにやせ細っていた。

 骨と皮だけで、いまにもそのゆるい吐息が途切れそうだった。

 だからあえて私は言った。


「ああ。そうだ、貴様には働いてもらう。だからこの薬を飲め……」

「…………」

「どうせ死んで地獄で悪魔のために働かされるなら、ここで私のために働いても一緒だろう?」

「はっ……どうして、私が地獄に……。地獄に、堕ちるなら、アンタ、ひとり……堕ち、な……」


 私はもう一度乾いた唇にカプセルを押しつけると、ルチルはそれを飲み込んだ。


◇ ◆ ◇


「皆さーん、次はこちらです! こちらの伐採をお願いします!」

「へい……! わかりやした、セレナの姐さん!」

「ああもう、だから姐さんはやめてー!」


 私が小屋から出ると、外では男たちの威勢のいい声が聞こえてくる。

 彼らはグラインダー山賊団のメンバーだ。

 しかし、それも昔の話だ。いまや私に忠誠を誓う従順な小作人である。


「あ、こりゃニグレド様」

「どうだ。作業は順調か?」

「そりゃもちろん。見てくださいよ、姐さんに教わりながら、数日でこれだけ農作地を広げましたよ?」


 自慢げにそう言ったのは、ここ数日の農作業で浅黒に日焼けした山賊のひとりだった。

 彼らはセレナに先導され、村のはずれを開拓していた。

 森の木を切り倒し、切り株を引っこ抜き、荒れ地を耕していく。力仕事はすべて彼らに任せていた。


 農作地は私の計画どおり、広がっていた。

 セレナもなかなかやるじゃないか。


「やるじゃないか」

「へへへ、任せておいてくだせえ!」


 私は現場監督代わりであるセレナに声をかけた。


「がんばるじゃないか。

「もうっ! レドまで……やめて、私山賊じゃないんだから!」

「ふふっ」


 セレナは猛烈に嫌そうな顔をしてムスっとそっぽを向いた。

 新たなボスとして山賊たちをまずは恐怖で従わせた私。そんな私に気軽に話しかけるセレナを見て、どうやら山賊たちはなにを勘違いしたのか彼女を崇拝しはじめた。

 おそらく私のような不思議な力を持っていると勘違いしているのだろう。


「一応レドに言われたとおり、皆に開拓をお願いしてるけど、これでいいの?」

「ああ、問題ない。それより貴様の父親、ジプサムはなんと言っている?」

「私がこうやって元山賊といっしょにいるのが不満みたい……」


 父親としては粗野な連中の近くに、大事な愛娘がいるのは心配なのだろう。


「レドといっしょだって言ってるのに、お父さんも過保護よね! でも、もうこの村はレドのもの同然なんだから文句を言える人はいないわよ」

「それはそういう契約だが……表面上のことで、内心ではうとんじているのだろう?」


 私は皮肉げな顔でそうたずねると、セレナはケロっとした表情で答えてきた。


「ううん? 村のおばさんもおじさんも、たしかに元山賊の皆には怖がってるけど……でも畑が広がるのは喜んでるわよ。それにレドがいるから安心だって」

「いくらなんでも……呑気すぎないか、それは……」


 私は思わず言葉を詰まらせたが、セレナはなにがみたいな顔で私を見つめてきた。


◇ ◆ ◇


「飯だ、飯だ!」

「これだ、これ! このために木こりみたいなマネしてたんだよ、オラぁよ!」


 男たちは小屋の中入ってきて、中に設置された長机と長椅子に、入ってきた順番に雑に着席していった。


 ここからは彼らへの『飴』。そして彼女らへの『鞭』であり『飴』だ。


「ほら、ありがたく受け取りなさい」

「おい、乱暴に置くなよ! おれのスープがこぼれちまっただろうが!」

「あん? じゃあアンタの皿下げるわよ?」

「お、おい……そこまでは言ってないだろうがよ……へへへっ」


 給仕を担当していた女と、男たちの間でひと悶着あったようだがいつものことだ。

 虜囚であった女たちと男たちの立場は、洞窟の中ではどうだったか知らないが、ここでは同じだということになっている。

 このくらいの口喧嘩は日常茶飯事である。


「よし、誰も手つけてないね?」


 給仕のリーダーをしていた女が、机の上を見回す。

 そして両手を合わせて、号令する。


「食べて、よし!」

「「「いただきます!」」」


 小屋から男女の威勢のいい声が聞こえてきたかと思うと、すぐに食器のカチャカチャと鳴る音で満たされた。

 一応、彼ら無法者に規律を教え込ませるという名目で、食事の前に礼を取り入れてみたがうまく行っているようだ。


「うめぇ! やっぱりこれよ、これ!」

「いまおれたちが育ててるのが実れば、これが毎日食えるんだろ!? 最高だな!」


 男たちは皿の中のものを思いっきり頬張って、うれし泣きしている者までいた。


 彼らの食事は女たちに作らせ、給仕なども任せていた。

 男たちの胃袋を握らせることで、上下関係のバランスを取る意味合いもある。

 だがパワーバランスという意味では、力仕事ができない女たちは依然、不利な立場にある。

 いまはこうやって働きを与えているのは女たちの地位向上を考えてのことだ。


 こうでもしないと男たちから不満が出て、女たちとの溝が深まるからな。

 

 畑が十分育てば、種植えや収穫など女たちもそちらに回そう。


「言っておくけど、ニグレド様の話じゃ食材の在庫がもう切れそうなんだから……早く畑を作ってよね」

「そうは言ってもよ、そんなにすぐに育つもんじゃねえだろ……秋までは……」


 ワイバーンの保存庫にあった野菜も、この人数で消費するとあっという間になくなってしまう。

 だが試しにやってみて、この惑星の土地で持ち込んだ種が芽吹くことは確認している。

 ならば在庫が底をついても問題ない。


 私は、机で女たちが作った食事を摂りながら、話した。


「大丈夫だ……早いもので二週間から一か月ほどで食えるまで育つ」

「へえ……へえっ!?」

「おいおい、いくらなんでも……ニグレド様、おれたちは騙されませんぜ」

「魔法の種ってならともかくな! がははっ」

「なにを言っている、貴様らが育てているのは魔法の種だぞ?」

「へっ?」


 宇宙港で数百年の時間をかけて、品種改良という名の魔法をかけられた種だ。

 ただしこの種には問題がある。


<一応無駄だと思いますが言っておくと、未開惑星に品種改良した種を持ち込むのは生態系を大きく乱す重罪だにゃ……>


 それはいまさら大した問題ではない。


「問題は……あの魔法の種は土を食らいつくし、土地を枯れさせることだ」

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