第29話 園遊会
ヤキモチ作戦の後すぐに春休みだったのだが、春休みにバカをした男子生徒はいなかったようだ。ヤキモチ作戦は効果覿面であったらしい。
しかし、確認のためこれは言いたい。
僕たちは何もシンシア嬢を孤立させたいわけではない。実際にマーシャとクララからのお茶会お誘いは今でも続いている。マーシャなどは、『かえって話をしてみたくなっている』とまで言っている。
それに、今でもシンシア嬢の周りは男子生徒で溢れている。ただし、婚約者のいない男子生徒である。そういう健全なお相手なら、是非とも、シンシア嬢にも幸せになってほしいと僕たちは思っているのだ。
婚約者のいる男子生徒がいなくなったことで、まわりを全てライバルだと判断した男子生徒たちは、本当に甲斐甲斐しくシンシア嬢に尽くしていた。
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もうすぐ、四月の園遊会だ。我がクラスの担当区画も、見事に色とりどりの花を咲かせていた。十二月にバラの古株を植えたので、タイミングよく満開になった。
――――一つの株を除いて――――
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僕の夢にはまだ続きがあるらしい。
『この紫のバラは、ボブ君のために咲かせたの』
『この赤いバラは、ラド君のため』
『この緑のバラは、ウル君のため』
『この黄色いバラは、セド君のため』
バラの色によって相手が変わるようだ。そして、相手が決まったらその婚約者からのイジメがエスカレートする。大怪我の恐れのある事故まで起こるらしい。
さらにまさかの婚約破棄騒動……。
目を覚ました僕はさすがにイジメがエスカレートした後の状況に悩みが深くなってしまった。
ありえない展開ではあるが、今日の園遊会での様子次第では、父上と兄上に相談しようと決めた。
それにしても、愛称呼びが気持ち悪い。やはり愛称は親しい者にしか使ってほしくないものなのだ。
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今日は園遊会だ。午前中は王族や高位貴族の重鎮、その他生徒の家族など、生徒以外に披露されて投票が行われる。昼食をはさみ生徒たちに披露される。
クララは朝からソワソワしているのを感じる。クララはこの八ヶ月とても頑張っていた。元々読書は好きなクララだが、ここのところは植物の本ばかり読んでいたように思う。
予想はしていたが、コンラッドとウォルとセオドアは意見は言わず、手伝いはしっかりとやってくれた。
予想外なのはシンシア嬢で、バラ1株以外には文句一つ言わなかった。手伝いの際も、やたらとまとわりつくこともなかった。そのバラ一株には随分と話しかけていたが、男たち四人はあえてそれは聞きにいかないようにした。
昼食を済ませれば生徒の番なのだが、まず一刻は係として携わった生徒だけが回る。僕たちも六人で回ることにした。
三年生の花壇はさすがだった。僕では知らない花もたくさん咲いており、クララはとても興味深そうに見ていた。
僕たちの花壇に近づく。こちら側からはまだあの一株が見えない。今朝の夢があるので僕はかなりドキドキしていた。
「クララのセンスは素晴らしいね。こうして咲きほこったことを考えて植えたのだろう!」
ウォルが素直に感心していた。
「やってるときはこんなにスカスカで大丈夫かって思ったよなぁ! ハッハッハ」
セオドアも陽気に笑って喜んでいるようだった。
「うん! 僕も三年生にも負けていないと思う。クララはすごいね!」
コンラッドも笑顔で褒めていた。
「みんなが手伝ってくれたからですわ。こんなに立派に育ってくれたからこそですもの」
クララも笑顔で喜んでいる。確かに植えた後でも、ちょこちょことやることはいくらでもあった。雑草取りや肥料、部分的な季節の植え替えなどかなり多かった。
「素敵にできて、よかったね、クララ」
僕はクララにウィンクした。
「うんっ!」
クララから返ってきた笑顔はとても眩しいものだった。
さあ、覚悟を決めて反対側も見に行こう。僕の緊張は高まった。シンシア嬢も強張った顔をしていた。
「あっ……」
シンシア嬢が項垂れる。バラは蕾のままだった。
「ほっ……」
僕は思わず大きく息をついた。
「ジル? どうかしましたの?」
クララが僕の顔を覗き込んで心配そうに見つめてきた。
「ふふふ、こちらから見ても、キレイだなって思ったんだよ」
僕は何もなかったかのように笑った。
「シンシア様。まだ蕾ですもの。きっと夏までには咲きますわ。このまま大切に育ててまいりましょうね」
クララが肩を落としているシンシア嬢に寄り添ってそう優しく呟いた。シンシア嬢は小さく頷いていた。
僕はもちろんこのバラが咲くことは望んでいない。クララの優しい心には大変申し訳なく思う。
一刻が過ぎれば庭園は多くの生徒たちであふれ、僕たちに称賛や労いの声をかけてくれるのだった。
翌日掲示板に結果が発表された。僕とクララは、朝一番に見に行った。
結果、僕たちは『年間賞』を受賞した。これは庭師たちと教師たちが、この八ヶ月を見て決めるものだった。クララが一番狙っていた賞だ。クララのお母上様もいつも一年中楽しめることを考えて花壇を作られる方だった。
「クララ。お母上様から教えていただいたことがうまくできて嬉しいね」
小さく頷いたクララの目には涙が浮かんでいた。僕はクララと繋いでいた手を少しだけ力を強くした。
花壇係は、三年間で一度だけしかできないことになっている(Eクラスのように人数の少ないクラスは別として)ので、来年度は携われないがクララはきっと相談役をかってでるのだろう。
優秀賞は僕たちも一番すごいと思った三年生の作品だった。アーチなどを使った立体的で高さもある迫力ある作品だった。花壇というイメージを超えていた。これも一日でできるものではない。春に咲きほこることを見越して、手入れをしてきた作品なのだ。クララとは目指す花壇のイメージが違うが、これはこれでもちろん素晴らしい。
知ってか知らずか、僕たちの花壇のバラ一株については、誰も何も言って来なかった。多くの花があれば、蕾もあることは不思議ではないからだろう。あの一株に視線が向いてしまうのは僕たち六人だけなのかもしれない。
僕はクララの一言が気になっていた。
『きっと夏までには咲きますわ』
咲いてもらっては困るのだが。僕はこれからもこまめに見に来なければならないと思った。
しかし、バラが咲くまでは父上と兄上に心配をかける必要もないだろう。
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しばらく、シンシア嬢に動きはなかったのだが、随分暖かくなった五月、僕は再び夢を見た。
『公爵になんて、ならなくてもいいのよ』 『あなたはあなたの好きなことをすればいいの』
『大丈夫、私がついているわ』
まるで悪魔の呪文のようだ。勝手なことばかり言ってくれる悪夢だ。もう少し、僕の気持ちに寄り添ってもいいだろうに。僕の状況を無視した戯言。
あまりの陳腐さに笑いながら目が覚めてしまった。
だが、疑問も残る。
またしても、兄上が死んだ、または、死ぬと思っている人がいるということにはならないだろうか?
これは父上と兄上に相談しなければならない。
僕は週に二回は『シンシア嬢のバラ』を見に行くが……まだ咲いていない。
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僕は支度を急ぎ、朝の食堂室へと向かった。父上と兄上がすでに朝食中だった。
「おはようございます。父上、兄上」
僕はいつも通りの笑顔で席につく。
「おはよう、バージル。今日は、随分と早いな」
父上は新聞を置いて僕の顔を見てくれた。
「なんだ、昨夜寝れなかったのか?」
兄上は、新聞に目を向けたままだが、心配してくれているようだ。すぐに僕の分の朝食が運ばれた。僕は水を一気に飲んで、喉を潤してから話始めた。
「あの、父上、兄上。お二人は僕がクララの家で起こした事件を覚えていますか?」
新聞に目を戻していた父上も、新聞に夢中だった兄上も僕を見た。
「当たり前だろう。私の命を救ってくれた事件じゃないか」
兄上がきちんと僕に向き直って答えてくれる。
「バージルの入学式の日にダリアナ嬢についても話をしたろう? また、夢で何か見たのか?」
父上もよく覚えていてくれているようだ。心配気に質問してくれた。
「はい。その事で今夜にでも相談にのってほしいのですが」
「つまり、急ぎではないが気になるということだな?」
父上の確認に僕は頷いた。
「わかった。今日は早めに戻ろう。アレクもそうしなさい。たまには五人で夕食を食べよう」
「わかりました。バージル。本当に今日は大丈夫なのか?」
兄上が心配してくれる。僕は笑顔で頷いた。
兄上の心配が、的中してしまうこともしらずに……。
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