第24話 ダンスパーティー

 この学園は通うことが貴族子女の義務であり、貴族子女の社交界への練習としての意味合いが強い。だから、当然のようにダンスは必須科目であるし、ダンスパーティーも行われる。


 毎年、一学期が終わる年末と七月の卒業式の後にダンスパーティーが行われる。この学園の卒業パーティーは在校生は自由参加であるが、ほとんどの在校生が参加する。


 そして、この日は年末の学園ダンスパーティーであった。


 どんなに注意を払っても事件はおきてしまうことはあるのだ。そのパーティーの準備時間にそれは起きた。


 学園パーティーは昼からだ。

 王都に屋敷のある生徒は屋敷からドレスやタキシードを着て学園に来る。

 屋敷のない生徒は、学年毎に一箇所に集まり、王宮メイドの手を借りて着替えることになっている。男子生徒もしかりだ。


 僕たち四人は屋敷でタキシードを着て、早々に学園へ来た。教室に集まり着替えをしている同学年の男子たちに、クラバットやカマーベルトの付け方を教えるためだ。

 去年もこうしてみんなの手伝いをした。下位貴族だとタキシードを着るのは年に一度だけだそうだ。それなら、着られないのも頷ける。そして、こうして年に二回のダンスパーティーをすることで、男子なら自分でできるようになるのも社交界へ出るための勉強であり練習であるのだ。


 そんな準備時間にシンシア嬢がドレスを抱えて教室へ来た。今、この教室で準備のため着替えをしているのは男子生徒のみだ。


「あれ? 着替えは教室じゃないの? おかしいわ」


 わざとらしいほど眉尻を垂らして困った顔をしてキョロキョロしている。普通の令嬢なら、数名の男子生徒が裸になっているのを見た時点で、逃げるか気絶するかしているだろう。

 そんな状況なのにシンシア嬢は平気で演技をしている。

 あ、演技かどうかはわからないが……。

 ふぅ〜


「二年生の女子生徒はダンスレッスン教室に行っているはずだよ」


 コンラッドが説明する。すると、急にシンシア嬢が泣き出す。


「私だけ変更を教えてもらえなくて……」


『ここかぁ!』


 なんの心の準備をしていなかった僕はかなり強烈に目眩を起こして膝をついた。セオドアが僕に走り寄ってくれる。


「女子生徒間のことはわからないけど、口頭だけで伝えてるとは思えないけどねぇ」


 座り込んで泣いているシンシア嬢にウォルが上から正論をぶつける。


「え、でも……私は、ここだと聞いていて……」


 泣いていたはずのシンシア嬢が顔をあげて上目遣いでウォルの顔を見れば、ウォルの厳しい視線にたじろぐ。本来ならその上目遣いは男子生徒殺しなのだろう。

 今のウォルには通用しなくなっている。


 それでも、どうにか自分を可愛らしく見せようとするシンシア嬢は目を潤ませて床を見ていた。


「あ、ほら。ここに書いてあるよ。場所はここだ」


 コンラッドが持ち出した学園パーティーの予定表は全員に配られているものだった。


「君だけが教えてもらえないわけじゃなくて、よかったね。君の勘違いのようだよ。男子の控室と女子の控室を勘違いしていたのではないのかな? 見ての通りここには男子しかいない。急いだ方がいい」


 ウォルが強い口調で言った。シンシア嬢は本気で涙ぐんだまま立ち上がり踵を返して走っていった。その後ろ姿は確かに可哀想に見えなくはない。


 そのシンシア嬢の後ろ姿を見ながら、コンラッドがシンシア嬢を庇った。


「ウォル。あの言い方はないだろう?」


 ウォルは不機嫌そうにコンラッドを睨む。不機嫌なのはコンラッドのせいではないのだが、これはいたしかたがない。


「彼女は自分のミスを誰かのせいにしようとしたんだ。あれを私たちが見過せば冤罪となりかねないぞ」


「なるほどな。それは言えてるな」


 セオドアも賛成する。不服そうなコンラッドを見てウォルがため息をついた。


「ふぅ。ねぇ、コンラッド。もし彼女が『マーシャ様が私に教えないようにとみんなに指示をした』って言ったら、それを信じるのかい?」


「マーシャはそんなやつじゃないっ! 信じるわけないだろう!」


 コンラッドが婚約者マーシャを貶されたと思いウォルを睨み返す。


「おいおい。ふぅ。

特に指名されているわけではいが、二年生女子生徒のリーダーは誰もが『マーシャ』と答えるさ。マーシャはそれだけ素晴らしい存在だよな」


 ウォルが呆れた顔をしながも、わかりやすく説明しようとする。

 コンラッドは今度はマーシャを褒められて狼狽えながら頷いた。


「シンシア嬢は『教えてもらえなかった』と言ったね。つまり、シンシア嬢は『マーシャ様が私に教えないようにとみんなに指示をした』と、そう言いたそうだったってことだよ。

わかるかい?」


「なるほどな。そうだとしたら、本当に冤罪でマーシャの名が落ちることになるな。女ってこわぁ」


 コンラッドも納得したようだ。


「ウォル。助かったよ」


「いや、いつも助けてもらっているのは私だろう。具合はどうだ?」


「ああ、もう大丈夫だよ」


 ウォルが気にするなと僕の腕をパンパンと二回叩いた。まさか、僕たちの婚約者たちがいない時に事件が起きるとは思わず、僕は気を抜いていた。ウォルに助けられた。


 シンシア嬢の登場で遅れぎみになった支度を大急ぎで行った。



〰️ 〰️ 〰️



 パーティー会場の近くでクララと待ち合わせをしている。

 僕が行くとクララはすでに待っていた。クララは黄色の波のようにドレープがたくさんの可愛らしいが子供っぽくはないドレスであった。とても可愛らしくてステキだ。僕はだれにも見せたくないと思ってしまった。


 しかし、そこでクララが僕に手渡してくれたのはクララと同じ生地を使ったクラバットで、クララが刺繍までしてくれていた。僕は今度はお揃いの僕たちをみんなに見せたいと思った。本当に現金な僕。


「前もって言っておいた方がよかったですわね。今日、ジルの装いがクロスタイだと知らなかったものだから」


 とても残念そうなクララは僕を悩殺するのではないかと思うほどカワイイ! きっと、お揃いのクラバットに驚き喜ぶ僕を想像して刺繍を頑張ってくれたのだろう。


「大丈夫だよ。見てて」


 僕はクロスタイを外し、シャツのボタンを二つ開ける。そこにクラバットを巻いて、クロスタイにつけていたピンをクラバットに刺した。シャツの中にしまえば……


「ほら、最初からこれだったみたいでしょう」


 僕は両手を体の前で広げてみせた。クララの笑顔が戻った。


「ねぇ、クララ。僕をびっくりさせようとしたの?」


 僕はニコニコとクララの顔を覗き込む。


「そ、そうですわ。喜んでくださるかと思って」


 少し俯き頬を染めながら口角をあげていて、クララが恥ずかしがりながら喜んでいることがわかる。


 僕はクララをそっと抱きしめた。クララは少しだけピクッとした。だって、抱きしめるのは初めてだったから。


「ありがとう。すごく嬉しいよ。大好きな僕のクララ。僕は君のものだよ」


 クララが耳まで赤くした。同じ色の、さらに同じ材質で、さらに刺繍した物をプレゼントするなんて、独占欲に他ならない。


 本当は耳にキスしたかったけど、これ以上は止めておいた。

 僕の精神力! すごいぞ!


 そんなクララをエスコートして会場に入った。女性たちは色とりどりのドレスがとても華やかで、会場にいるだけで気分が高揚する。


 学園長のお言葉が済むと学園長の合図で音楽が始まった。

 僕とクララは、早速フロアーに入る。クララとは何度も踊っているのでお互いにスムーズだ。僕が時々意地悪にリードしても、クララはクスクス笑いながらリードに付き合ってくれる。最後はクルクルっと二回回して抱き止めた。


「もうっ。ふふふ」


 僕を肘でコツンとする。可愛らしい。三曲踊ってフロアーから出た。


「クラリッサ様。ステキですわ」


 ティナが両手を胸の前でギュッと組んではしゃいでいた。ティナもウォルとダンスをしていることは踊りながら確認できた。踊っていた時の笑顔は僕が知っているものと少し違って見えた。少し寂しい。


「ありがとう。でも、マーシャほどではないわ」


 笑顔のクララの視線の先には、コンラッドとマーシャが何度目かのダンスをしていた。二人とも美男美女であるし、ダンスに華がある。まるで絵画のようだとはこのことだろう。


「あのお二人は格別ですもの」


 ベラが目を細めて憧れの瞳でマーシャの動きを追っていた。ベラももちろんセオドアと踊っていた。


 コンラッドたちから視線を外し、しばらく六人で歓談しているとウォルが僕の肘を叩いた。


「まずいぞ」


 視線を動かしてそちらを見るように僕を誘導する。


「何?」


 振り向いた僕は口を手で覆った。フロアーで踊っていたのはコンラッドとシンシア嬢だったのだ。コンラッドはまだやらかしていないので、シンシア嬢のことは止めていなかった。


『あなたとダンスをするのが夢だったの』


 あのセリフは僕でなくてもいいのか。うかつだった。


「この次の曲には邪魔に行こう。一曲は仕方ないよ」


 僕が提案してフロアーの際に行こうとすると、その腕をウォルが掴んで止めた。


「いや、私にいい案がある。シンシア嬢を特別であるかのようには見せない」


 策士ウォルが、目を光らせた……ように見えたくらい鋭い目つきだった。


「そんなことできるのか? 俺は何すればいい?」


「セオドアは楽団のところへ行って、次の曲には入らせないで」


「わかった」


 セオドアは早速動く。


「ベラ。この曲が終わったら、コンラッドにダンスを無理矢理でも申し込んでくれるかい? 私がすぐに止めに行くからそうしたら引いてくれ」


「わかりましたわ」


 ベラが先程僕が立とうとしていた辺りに陣取る。


「クララ。マーシャのフォローを頼むよ。

バージル、ティナ。女の子たちが寄ってくると思うから並んでもらってくれ」


「わかった」「「わかりましたわ」」


 僕たちはウォルの指示にそれぞれにスタンバイする。クララはすでにマーシャと合流してマーシャの気を紛らわしているようだ。


 そして、曲が終わる。シンシア嬢はもう一度と強請っているように見える。

 コンラッドはまわりも見ずに苦笑いしているのでこのままでは頷いてしまうだろう。


 いくら学園パーティーでも、婚約者がいる者が婚約者でない者と複数回踊るのはよほどの仲でないとありえないことなのだ。例えば僕とマーシャのようなお互いの婚約者も仲の良い友人であるなど、だ。

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