第25話 コンラッドのお相手は
シンシア嬢がコンラッドに二回目のダンスを強請っていることを遮るようにベラの声が響いた。
「コンラッド殿下。わたくしとも踊ってくださいませ!」
ベラが笑顔でコンラッドに近づいていった。
「ベラ嬢! だって、君は!」
コンラッドが困惑している。『まずはセオドアから許可をもらわなければ、ベラと踊ることはおかしいだろう』とコンラッドは考えているに違いない。コンラッドが困惑していることがわかる。
「ベラ嬢。貴女はこれからもコンラッド殿下と踊る機会は何度でもあるでしょう。機会の少ないご令嬢に譲ってあげるべきだよ」
ウォルの声が高らかに響いた。
ベラはすぐに下がった。
「コンラッド殿下と踊りたいご令嬢はいるかな?」
ウォルの響く声の確認にたくさんの手があがる。ウォルが笑顔で了承の意を伝えると、会場中の女子生徒が黄色い声をあげて喜んだ。
「コンラッド殿下。今日は子爵家のご令嬢と男爵家のご令嬢と踊りましょう。彼女たちは領地へ帰ってしまったら、なかなか殿下と踊るのは難しいのですから」
コンラッドには有無を言わせないウォルの強烈な目力で話は進んでいく。コンラッドに向けたウォルの目は笑っていない。
「そ、そうだな……」
コンラッドもウォルの行動は理解できなくとも、言うことを聞かないという選択肢はないことに気がついたようだ。コンラッドは困惑の表情のままウォルの意見に賛成した。
「これだけの人と踊るとなると殿下も大変だ。楽団のみなさん、曲を短めにお願いします」
ウォルが楽団の方へとにっこり笑って頭を下げた。
すでに女子生徒は集まりだして、僕たちは並んでもらう係をしている。コンラッドが最初の女の子を迎えに来た。コンラッドの適応力はさすがだ。
「では、行こうか」
コンラッドが微笑を浮かべて手を差し出した。
「はいっ!」
女の子の目の中にハートが見えたのは幻ではないだろう。
曲が始まる。並んでいる女の子たちもワクワクしているのがわかる。
だが、人数が凄すぎた。それはそうであろう。公爵家侯爵家はすべて合わせても三十家ほどだが、子爵家は百家を越えるし、男爵家はもっとだ。近い年の者だけとはいえ、すごい人数なのは間違いない。
さて、これをどうするか。
〰️
女の子たちの整理に困惑していると、そこにさらなる爆弾が落とされた。
これは予想外な爆弾だった。
「ティナヴェイラ嬢。ウォルバック君とは上手くいったようだね」
ディリックさんだ。男なら仰け反ってしまうような輝く笑顔でティナに近づいてきた。
「はい。その節はありがとうございました」
ティナも笑顔で返して小さくカーテシーをした。
「ハハハ! お礼ならダンスでお願いしたいな。一曲だけお相手していただけないかな?」
ディリックさんがティナにウィンクをする。ティナの後ろの方でその様子を見ていただけの女子生徒が数名気を失った。他の女子生徒も黄色い悲鳴を上げている。
しかし、その殺人的笑顔はティナにとってはどうでもいいようだ。
それでもこの誘いは断れない。それはウォルにもわかっている。迷惑をかけた根本はウォルなのだから……。
「え! あの……はい」
ティナは少し戸惑いながらもディリックさんの手をとった。
「僕と踊ることを許して後悔するぞ。いや、ティナヴェイラ嬢を裏切ろうとしたことを後悔するのか。ハハ」
ディリックさんがウォルの肩に手を置いて耳元に呟いた。僕とウォルは二人が手をとって歩くのを見送る。ティナは最後までウォルを見つめていたが、ウォルは見送ることしかできなかった。
「私のしたことがこんな風に返ってくるとはな。あの時の自分を殴りに行きたいよ」
ウォルは拳を握りしめて我慢していた。そこにセオドアが来る。
「なあ、公爵殿と踊れることもなかなかないよな。お前たちも彼女たちと踊れ。時間もコンラッドの体力も限界がある」
僕とウォルは並ぶ女の子たちをダンスに誘うことになった。
五曲目くらいだろうか。ウォルが女の子たちのところではなく、次の人と踊ろうとするティナのところへ行き手を引いて戻ってくる。ティナはディリックさんの後、次々にお誘いを受け断れずに踊っていた。ティナをクララたちに預けた。
「ティナは体力の限界ですよ」
ウォルの我慢の限界だろうとはツッコめない……。
ウォルはなぜかディリックさんの元へ向かった。そして、大きな声で言う。
「ディリックさん。貴方も公爵家の方だ。ご令嬢方とのダンスにお付き合いください」
そして、ディリックさんを引っ張ってきた。女の子たちが黄色い声を出す。ディリックさんはカッコいいのだ。絶対にモテる。
ティナがモテていたのでわかるように、僕もかなり美男子だ。そしてウォルも。しかし、なんというか、色気なのか? ディリックさんはもう一つ上の何かがあるのだ。
女の子たちの黄色い声を受けてしまっては、ディリックさんは拒否できない。
先程の気絶した女の子たちはディリックさんと踊るべく、そちらの方へと流れていった。
こうして四人で踊り続けて、やっと待ってもらった女の子たち全員が踊ることができた。
なんと、これがまた採用され、ウォルの弟が一年生でいたので、引っ張り込み、また四人で踊ることとなったのは、来年の年末パーティーでの話だ。
「俺は普通の顔でよかったよ」
「セオドア様はステキですわっ!」
「ベラ! 踊ろう!」
「はいっ!」
セオドアとベラの夫婦漫才を疲れている体は拒否もできなかった。それに、セオドアは筋肉質な体型に可愛らしい顔で女子生徒に人気である。ただ騎士然としているので、こういうダンスなどには声はかかりにくく、今回は王家と公爵家の者と踊ることがメインだったので声がかからなかったのだ。
〰️ 〰️ 〰️
年明け、僕、コンラッド、ウォル、クララ、マーシャ、そして、シンシア嬢が生徒会に選ばれた。年末(一学期末)の成績順だ。
コンラッドは王子なので政務の練習ということで生徒会長が決まっていた。とはいえ、成績もウォルに次いで二位だ。セオドアは七位だったそうだ。おしい。
しかし、セオドアの仕事はコンラッドの護衛なので、当たり前のように生徒会として使われる。
正直なところシンシア嬢がいるのことに不安しか感じない。
そして、事件はすぐに起きた。
放課後の生徒会室だ。
「私の教科書がないわ」
『きたっ!』
僕は狙いが僕やコンラッドならここでやると思ったんだ。ここなら、クララかマーシャしか犯人がいないとなるからね。目眩を我慢して出方を待つ。
「なんのためにここに教科書を持ってきたんだい?」
ウォルはもうシンシア嬢の被害に対して、全て疑いしかないようだ。キツイ言い方とキツイ視線がそれを物語っている。
「えっと……それは何となくなんだけど……」
シンシア嬢の目が泳いでいる。本当に自作自演なのかもしれない。もしくは、ウォルの視線に怯えているのか。
「何の教科書を無くしたの?」
僕はさらっと聞いてみた。
「歴史の教科書よ」
「ああ、じゃあ、これかな?」
僕は何でもないことのように、引き出しから真新しい教科書を出した。
「こ、これは、私のではないわ」
まさかそんな物が出てくるなど予想もしていなかったのだろう。シンシア嬢の目は飛び出てしまいそうなほど見開かれていた。
シンシア嬢の物でなくて当然だ。僕が全教科用意したうちの一つなのだ。
「それならこれの持ち主が間違えて持っていったんだろうね。きっと勘違いしたまま戻ってこないよ。これを使うといい」
僕はシンシア嬢に有無を言わせずにその真新しい教科書を渡した。
「え、でも、私の……」
「教科書があれば問題ないね。バージルが拾ってくれてよかった。では企画の話なんだけど」
ウォルが何もなかったかのように会議を始めた。
後日、半分燃えてしまった教科書が落とし物として見つかった。これは、本当に虐められたのか、本人の自作自演なのかは、判断できない。とにかく、事件にしないということをシンシア嬢以外の生徒会で決めた。
その後、クラスで二度ほどシンシア嬢は教科書をなくすことがあった。
「僕は二冊あるから、あげるよ」
その度に僕が即座に問題にさせないという行動をとった。
もし、本物の犯人がいたとしても僕のこの行為を見れば次回はやらないだろうと思われる。
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