第26話 ウォルバックの怒り

 いくらシンシア嬢に困っているからといって生徒会の仕事をサボっているわけではない。


 生徒会の初めてのイベントは男子の有志による『伝統の雪玉戦争』だった。毎年のイベントだ。


 基本的ルールは、一チーム十人で、時間内に相手全員を退場にするか、終了時間に残った点数で決まる。

 頭は−五点、背腹は−十点、手足は−二点で、累計が−十点になるとその人は退場しなければならない。ただし、手首より上で叩き落とすのは許されている。


 企画の時点でシンシア嬢は大変優秀であった。シンシア嬢の意見でたくさんの改善点があった。


 わかりにくかった対戦をトーナメントというものにした。負けトーナメントなるものもありどのチームも公平に二回楽しめた。


 審判を前の試合のチーム全員で審判をやることになって、一人の選手に一人の審判がつくようになった。

 女の子たちが、審判一人につき一人カウント係として外野におり、審判は片手または、両手で数を示すだけでよくなった。女の子たちは、カウントが−十点になったら赤い旗を出すことで退場者がわかりやすい。


 チームそれぞれの色ではちまきなる紐を頭に巻いたり、ゼッケンなる胸巻きをして敵味方をわかりやすくした。


 観覧席を木枠で作った。三段に座れるようにしたので、座って見れるし前の人がいるから見えないということもない。


 スープボールを九個四角に並べたような木枠を作り、上下に合わせて振ると雪玉が作れる道具も作った。


 赤い旗を等間隔で立ててエリアをキチンと決めて、スタート地点もキチンと決めた。さらにエリアを出たら−一点にした。


 長四角の長い方の両脇から各チームがスタートするのだが、その中間点付近に二枚の板が立てられており、それをうまく使うのも作戦のうちであることにした。


 そして優勝チームには、生徒会の予算から制服に使えるポケットチーフをプレゼントすることになった。優勝してそれを胸につければ、きっと生徒たちからも声をかけられるだろう。特に女の子たちから。これは婚約者のいない男たちは燃えるはずだ。


 これらの改善点はすべてシンシア嬢のアイディアだった。これには生徒会みんなで拍手した。


 そして、この改善点が功を奏し、今年は参加チームが十五チーム。男子ほぼ全員でお手伝いをしてくれる女の子もすぐに集まった。


 そして、観覧席を説明してあったので、当日は、女の子たちもほぼ全員見物にきた。

 男子たちのやる気は本当に凄まじい様相だった。ただただモテたい者、恋人がほしい者、婚約者がほしい者、婚約者にかっこいいところを見せたい者。男どもは下心丸出しだが、それがさらに面白さとなった。


 そして、これは、話題になり、次の年には卒業生もたくさん見に来た。年を追うごとに保護者まで応援に来るようになった。五年後には、学園だけでなく騎士団主催も開催され、学園の優勝チームは騎士団主催に招待までされた。


 騎士団がやると、各地の軍隊もやるようになる。軍隊がやると平民にまで発展していく。

 二十年後には、各地の冬のスポーツになった。……というのは、ずっと先の話だが、僕たちが関わった企画が発祥なのはうれしいものだ。


 ちなみに、僕たち四人はクラスメートを誘って参加したが二回戦で負けた。でもすごく面白かった。

 一番最初に退場になったのはまさかのセオドアだった。運動は得意だが突っ走ってしまう傾向があった。残念。



〰️ 〰️ 〰️


 シンシア嬢が優秀な人であるだけならよかったのだがそうはいかないらしい。


 ある日の朝、セオドアが息を切らせて教室に入ってきて僕とウォルを壁際に引っ張った。


「はぁ! はぁ! なぜか、朝、コンラッドの馬車からシンシア嬢が降りてきた。一緒に登校したみたいだ。ぜぇ! はぁ!」


 セオドアは走ってはいけない廊下を走ってまで連絡に来てくれた。


「なんだってっ!」


 ウォルが厳しい目になった。


「本当に? うわぁ、どうしようか?」


 夢にないことだったので僕は慌てた。右往左往してしまった。


 一緒に登校? まさか昨夜は? 

 誰もが想像してしまうシチュエーションだ。


「どんな様子だったんだい?」


 それでもどうにかしなくてはと、僕はセオドアから情報を貰おうと思った。


「んー? 仲良くって感じではなかったな。普通に降りてきていたよ」


 セオドアのなんとも曖昧な報告に疑問が残る。それでも、教室の壁際で僕たち三人がヒソヒソしていたらこの二人が反応しないわけがない。


「どうなさったの?」


 クララとマーシャだった。僕とウォルは言い淀んだ。が、セオドアは何も気にしていないようだ。


「さっき、コンラッドが……」


『パーン!』


 ウォルがセオドアの後頭部を叩いた。そこに最悪な二人が現れた。


「おはよう」

「おはようございます」


 コンラッドとシンシア嬢が一緒に入ってきてしまった。

 さらに、何も考えていないコンラッドは簡単に口を割った。


「王城近くの道でシンシア嬢を見つけてな。馬車で一緒に登校することになったんだ」


 しかし、コンラッドの背中にいるシンシア嬢はわざとかどうかはわからないが、少し俯いて頬を染めたりするのである。


 マーシャに隠そうとしたのは無駄に終わった……。

 そして、そのシンシア嬢の態度をマーシャがどうみるのか……。

 マーシャの中で方程式が成立したのは目に見えた……。


 一緒に登校 + 頬を染める = 怪しい関係


 シンシア嬢がコンラッドの背中側にいるので、マーシャからシンシア嬢がどう見えているのかコンラッドは気が付かないのであろう。


 だが、とりあえず昨夜からではないと、自然にアピールできたのは、よし。


 それでも、密室に二人きりでいましたと宣言してしまった。


 『バッ!』


 マーシャの扇が大きく開いて、マーシャは口元から目元までほぼ隠し、鋭い目線も正面にはあまり見せないようにしていた。


 それでも、横にいる僕たちには怖い視線がよく見えた。


「あ! あ、ぁ、ぁ…………」


 さすがのセオドアもコンラッドの後ろのシンシア嬢の様子とマーシャの怖い視線を交互に見れば、状況把握もできるというものだ。


 クララも少し顔を青くして僕の隣からマーシャの隣へと移り、マーシャに何やら話かけている。マーシャもクララの言葉には頷いたりと反応しているが鋭い視線は直らない。


「コンラッド殿下! もちろん、その馬車には他に誰か乗っていたのですよね?」


「っっ!」


 ウォルに『殿下』を付けられると怒られるとわかっているコンラッドは何も言えない。ウォルは自分が怒ることで納めようとしているのだ。


「殿下のご身分でそれも王家の馬車にですよっ! そこへ誰かを乗せるということは、その者に施しをするということになるのです。

もし明日の朝、学園の女子生徒全員が城門の前で待っていたら、全員を乗せるのおつもりですか?

全員に施しをしなければおかしいことになりますよっ!」


 怒り口調で正論をぶちまけるウォル。少し前屈みににじり寄るウォルに気圧されて、コンラッドは近くにある椅子に落ちた。


「い、いや、それは無理だろう……」


 コンラッド……。声が小さい。


「それにっ! 馬車という狭くて密室という場所で婚約者でもない女性と二人きりになるなど、その女性の将来を潰すようなものですよっ! わかっていますか?」


 椅子に座ってしまったコンラッドは逃げ場がない上、にじり寄ったウォルの言葉が上から降ってくる形になった。


「そ、そんな大袈裟な……」


 コンラッドは少し反応するが、僕からすると泣きそうな顔にも見える。


「そうですか。

では明日から、ディリックさんにマーシャの迎えを頼みましょう。お隣同士なのですから不思議はありませんね。

『狭い密室』で!! 

ディリックさんとマーシャが『二人きり』で!!

そうであっても問題ありませんね? 殿下っ!

マーシャとディリックさんが噂になっても知りませんよっ!

お忘れかもしれませんが、ディリックさんは公爵家のご次男ですから、ねっ!」


 つまりは、コンラッドの代わりにマーシャの元へ婿入りできる立場であるということだ。本当にディリックさんはどこに転んでも優良物件なのだ。


「そ、それは…… ダメだろう……」


 コンラッドは僕とセオドアに助けを求めるような視線を向けてきたが助けようがない。


『バンッ!』


 ウォルがコンラッドの肩に手を叩き置いた。


「ダメなことをなさったのは、殿下っ! あなたですよっ!」


 ウォルからの最後のダメ出しでシュンと小さくなるコンラッド。


 『バチン!』


 とてもいい音を立てて扇が閉じられた。その音に反応してコンラッドが顔をあげた。閉じられた扇からは、完全に真一文字になった口元と少し寄せた眉間と細めた鋭い視線のマーシャの顔が現れた。


 一瞬にしてコンラッドの顔が青くなった。コンラッドはウォルに怒られていたので、ウォルばかりを気にしていたのだろう。


 コンラッドはウォルとマーシャを交互にキョロキョロと見た。二人とも顔が怖い……。


 マーシャは『フン』と横を向き、席に戻ってしまった。コンラッドは肩をビクッとさせて少し震えていたが、やらなければいけないことに気がついたようだ。ウォルをすり抜け、急いでマーシャを追いかけた。

 ウォルもコンラッドの行き先がわかったのですぐに退く。マーシャの元で一生懸命にご機嫌をとりはじめたコンラッド。両手を合わせてペコペコしている。


 『彼は本当に王子殿下なのだろうか?』


 何だか平和な疑問を持ってしまった僕だった。 

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