第27話 シンシア嬢の根性
コンラッドへのお仕置きはマーシャに任せることにして、僕たちはシンシア嬢へと向き合った。
シンシア嬢は制服の裾をビショビショにぬらし髪も濡れていて、整っているとは言い難い姿であった。
「まあ! 大変! シンシア様。こちらをお使いになって!」
クララがタオルをシンシア嬢に渡して、さらに跪いてスカートの裾の汚れをとってあげようとしていた。
そんなクララの姿をシンシア嬢は口を小さく開けて見ていた。
「シンシア嬢。寮生活のあなたが、なぜコンラッドの馬車に乗ることになったのですか?」
僕はそもそもの不思議を聞いてみた。クララを見るため下を向いていたシンシア嬢が僕の方を向いた。
「あ、あの……そ、それは……たまたま、外にいて」
こちらも目を泳がせて怪しさ満点な感じがする。
「王城からだとすると、コンラッドに乗せてもらわなかったらあなたは遅刻ということになる。下手な作為を感じますが?」
ウォルが眉間を寄せて睨みながら聞いた。僕とウォルの視線は冷たいだろう。
「そ、そんな……悪気はありません……」
目に涙を溜めて庇護欲をそそらせるような顔をする。僕とウォルにはビクともしないけど。
僕はそろそろいいだろうとクララの肩を両手で優しく掴んでクララを立たせた。今度は僕がクララのスカートのホコリを払ってあげる。
その間もシンシア嬢とウォルの攻防は続いている。
「悪気がないのでしたら、今後、同じことがあっても、殿方の馬車に乗ることはお断りすることをオススメしますよ。まあ、あのコンラッドを見たら、二度と女子生徒と二人で馬車に乗ることはしないと思いますけどね」
ウォルは鼻でコンラッドを示す。マーシャはまだ横を向いていてコンラッドがまだ謝っている。
「同じようなことが、起こるのか?」
セオドアが珍しく眉根を寄せて率直に聞いた。
「さあ? どうなのですか? シンシア嬢」
「そ、そんなの、私にわかるわけないじゃないですかっ!!」
シンシア嬢はクララから受け取ったタオルをキツく握りしめて声を大きくした。僕たちからしたら、シンシア嬢にしかわからないだろうと言いたいところだ。
「シンシア嬢。貴女のためのアドバイスです。コンラッドでなくとも、婚約者でもない殿方の馬車に乗ることは身持ちの硬い淑女がなさることではないですよ」
ウォルは真面目な顔で冷たくはっきりした声で正論を言い放った。シンシア嬢がブルリと震えた。
僕はクララの脇に立ち上がりシンシア嬢へ言葉を紡いだ。
「シンシア嬢。貴女は優秀なのだから、もうそろそろ、貴族のマナーは理解してるはずだよね? これ以上はないと期待してるよ」
僕は最後になるようにと願いを込めて言葉を伝えた。
翌日からコンラッドはマーシャを毎日迎えに行くことになり、雨降ってなんとかになったようだ。マーシャの交渉術は恐ろしい。
〰️ 〰️ 〰️
その日の昼休みの生徒会室。男四人で昼食を食べている。
「殿下。こちらもどうぞっ!」
お皿を置く音を強めて、ウォルがコンラッドにサンドイッチをすすめた。
「ウォル。ごめんって。もう許してくれよ。僕が浅はかだったよ」
サンドイッチを両手に持って、コンラッドは給仕に立っていたウォルを上目遣いで見て謝った。
「ですが、殿下。あなたは気がつかないだけで、ここ二月で二回目ですっ!」
ウォルは座りもせずに上からコンラッドへ畳み掛ける。
「え? いつ?」
コンラッドはキョロキョロと僕らの顔を見て答えてくれる人を探しているようだ。
「コンラッド。年末のダンスパーティーだよ。コンラッドがシンシア嬢と踊ったりするからあんなことになったんだぞ」
コンラッドの正面に座るセオドアが、身を乗り出し両手を口元で丸くしてナイショ話のように答える。
「一年生の時も、侯爵令嬢か公爵令嬢とだけ踊るようにと言われていたじゃないか。コンラッド。忘れたの?」
コンラッドの隣に座る僕も、片手を口元に丸くしてコンラッドの耳元で話す。
ウォルにもまる聞こえのはずだから意味はないのだが、なんとなく小さな声になってしまう。
「あっ! 忘れてた」
サンドイッチを両手に持ったままのコンラッドが思い出したというように顔をあげた。
「そうなんでしょうねっ! 普段から私達のコンラッド殿下に対する対応が悪いから、コンラッド殿下は殿下であることを忘れてしまうのでしょう! これからはずっと殿下と呼びますっ!」
ウォルはダンスパーティーのことも思い出して、尚更ご立腹だ。
「なんであんな騒ぎになってしまったのか不思議だったんだ。僕のフォローをしてくれたんだね。三人ともありがとう」
コンラッドが泣いたふりをする。あまりの大根役者ぶりに、僕は笑ってしまった。セオドアがウォルを元の場所であるセオドアの隣へ座るようにウォルを促した。ウォルも素直に従ってセオドアの隣に腰をおろした。
「まあまあ、コンラッドは僕の言うことを聞いて、噴水前ベンチに一人で行かなかったんだろう? だから、シンシア嬢がシビレを切らしたんじゃないかと思うんだ」
「え? 当たり前だろう。バージルに行くなと言われたところには行かないさ。
って、え? お前たち、行っちゃったの?」
そう言いながら両手のサンドイッチを二口で平らげた。ウォルとセオドアはバツが悪そうだ。
「あっ! あの学食でのあれは、そういうことなのかっ!
ウォル、ダメじゃないかぁ」
コンラッドがウォルが持ってきてくれたサンドイッチに手を伸ばす。コンラッドは少し強気すぎるが、まあ、いい……か?
「わかってますよっ!」
ウォルはコンラッドを睨み直す。ほらやっぱり怒られた。
「だけど、俺はあれでベラと仲良くなれたしな」
セオドアの手は止まることを知らないかのように、パンやチーズ、果実水が口に運ばれていく。生徒会室専属のメイドがせわしなく軽食を運んできてくれる。僕は温められたパンとバターを好んで選んだ。
「それは、バージルのお陰だろっ! 私は今考えてもあの時の自分を殴りたいよ」
ウォルは今はあまり食が進まないようだ。
ウォルはティナとディリックさんが踊ったことをまだ気にしている。ウォルも誰に怒っているかわからなくなってきたようだ。ハハハ。
なんとも不思議な雰囲気になった。
「コンラッド! 今度やったら、マーシャとディリックさんを踊らせるからねっ!」
ウォルはどうやらコンラッドを許したようだ。ウォルがやっとチーズに手を伸ばした。
「うん。マーシャを怒らせるのも、ウォルを怒らせるのも、もう嫌だからな。ちゃんと注意するよ」
「シンシア嬢が貴族のマナーを知らないからって、こちらが付き合ってはダメですからねっ!」
「はい……」
コンラッドはそう返事をして項垂れている。項垂れながら、皿に手を伸ばしていた。
『彼は本当に王子殿下なのだろうか?』
本日二度目だが、そう思ってしまった。
「それにしても、シンシア嬢の根性もすごいよな。朝はめちゃくちゃ寒いぜ。その中を王城の近くまで歩いたんだろう?
俺の朝練よりキツいかもしれないぜ。俺だってベラが来てくれるって思わなかったら、鍛錬続けられるか自信がないよ」
セオドアの鍛錬よりキツいことをしているとは、まさに根性? 執念? 執着?
どれであっても、嫌な気分だ。
「そうだね。道の所々には雪が積もっているし。そういえば、制服がすごく汚れていてクララが心配してたよね」
僕はクララを思い出してその時のシンシア嬢の様子を思い出した。まさに姿は満身創痍。なのに、顔を赤らめて照れているような素振りをマーシャに見せていた。根性ならすごいものだ。
「そこまでしてコンラッドと接点を持ちたかったのですかね? 私には理解できませんね」
ウォルはコンラッドに呆れているのかシンシア嬢に呆れているのかは不明だが、眉尻を少しさげ、信じられないという表情をしていた。手は先程よりは動いているので、多少は食欲が出てきたようだ。
「ところで、コンラッドはシンシア嬢と二人でいると頭痛とかしない?」
これは僕としては確認しておきたいところだ。
「んー? 頭痛はしないよ。でも、話した内容は忘れてしまうな。なぜか」
コンラッドはそう言って考えながらもハムを口の中に放り込んだ。
「え? 今朝のことだぞ?」
ウォルは訝しむ表情でコンラッドにもう一度考えるように促す。
「うん。それが、覚えてないんだよ。
城を出てすぐに馬車から見かけて『どうしたの?』とは、窓からシンシア嬢に聞いた。 で、馬車には、乗せてあげた……。
それから、気がついたら学園で馬車から降りていた。不思議だろう?」
僕は目眩、ウォルは頭痛、コンラッドは記憶がなくて、セオドアは無症状。
共通点が何も浮かばない。
「ウォルは最近どう?」
「私は二人にまずならないようにしているからな。万が一二人になっても、最近は頭痛もしないし考えられないこともないよ。何せ私の中で彼女は悪だからね」
「ウォル、どうしてそこまで……」
コンラッドが少し憐れみを持って聞いた。
「コンラッドもマーシャとディリック・エイムズが手をとって踊っているのを見たらそうなりますよっ!
あんなに男前で、笑顔で黄色い声が出て、ウィンクでもしたら女子生徒が気絶する。話も楽しそうで、公爵家で、公爵家から爵位を譲られれば伯爵になれて……。
そんな人が自分の婚約者と二人きりで食事をして、目を合わせてダンスをしているところを見てみるといい!!
私は二度とティナの手を離さないっ!」
目を血走らせて一気にまくし立てたウォルは、手元にあった果実水を一気に飲み干した。
「兄としては嬉しいよ。ウォル……」
それにしても、コンラッドの忘れてしまうというのはいい事だと判断するべきなのか……。よくわからない。
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