第23話 セオドアの婚約者
ウォルのことが解決したと思ったら、次はセオドアだった。
セオドアは、ある日から休み時間毎にシンシア嬢の席に行くようになっていた。こんなにコンラッドの位置などを意識していないセオドアは初めて見た。かなり入れ込んでいると言って間違いないだろう。
僕はそれを見かねていた。
さらにマーシャは、僕を睨んではあちら―セオドアとシンシア嬢―を見ろと視線を移す。このマーシャからのプレッシャーもまた、実は僕にとって味方であるという証明であり、そのマーシャからの視線に少し微笑めば、クララが胸の前に両手を縮めて頑張ってというメッセージを送ってくれる。この二人はいつでも僕の後ろで応援してくれているのだ。それがとても心強い。
そして最近、確実に味方になった者は僕より厳しい目つきでセオドアを見ている。
「私もあんな顔でシンシア嬢の向かいの席に座っていたのかと思うとイライラしてしまうな」
「客観的に見れてるってことはもうウォルは大丈夫ってことだろう?」
「そうでありたいが……。油断はしない!」
ウォルはコツンと机に拳を当てた。
〰️ 〰️ 〰️
放課後、セオドアを食堂の隅のテーブルに呼び出した。
「セオドア。朝練には誰かと一緒に行けって言ったよね」
僕は怒った顔で、しかし落ち着いた声色でセオドアに迫った。
「あ、ああ……そ、そうだけど――」
セオドアは視線を左右に動かして全く落ち着きがない。騎士を目指しているセオドアなら、僕くらいの視線など目もくれないはずなのに、睨み返すこともできないほど自分を見失っているようだ。
「最近、クラスの奴らが誘われないって言っていたけど?」
ウォルが冷たい目で追い打ちをかける。肩を揺らしてウォルをチラリと見る視線はまるでイジメられっ子だった。
「だ、だってさ。一人の方が集中できるんだよ。朝練は基礎練習だけだからな」
半笑いでうんうんと自分に言い聞かせるように言い訳をするセオドア。
「本当に一人だったらよかったんだけどな。セオドア、一人じゃないだろう? いつからシンシア嬢といるんだよ?」
僕はわざと下から上目遣いで睨んだ。
僕が仲間に怒るのはかなり珍しい。だから、セオドアは『アワアワ』としている。
「なんで? なんで、バージルが知ってるんだよっ!」
知ってるわけでも見たわけでもない。その場を見てはいないけど予想はぴったりのようだ。僕は予想通りすぎてため息が出た。僕が肩を落としてため息をついていると、ウォルが代わってくれる。
「セオドア。本当なのか? 朝の鍛錬場で女性と二人きりなんて!!
バージルに止められたとかそれ以前の話だぞ。婚約者でもない女性と朝から二人きりなんてありえないぞ」
ウォルはセオドアの肩をガシガシと揺らしていた。
「や、や、や、やましいことなんてしてないぞっ!」
セオドアは懸命に言い募るが、醜聞というのはそういうところから出るというのがお決まりだ。だから、女性と二人きりになるときには、ドアを開けるとか、外の誰からでも見えるところに移動するなど、配慮をすることが当たり前なのだ。鍛錬場などという偶然に誰かが通ることなんてありえない場所で、婚約者でもない女性と二人きりになっていいわけがない。
「で? どうやって、落とされたんだ?」
僕はテーブルに片肘をつき、その手で顔半分を隠しながら片目でセオドアを睨んだ。
「お、落ちる? 男と女として??
俺は落ちてなんかいないよっ! たまたま俺が一人で鍛錬しているところに通りかかっんだって」
そんなたまたまを矛盾と思わない時点で、セオドアはもう落とされているとしか思えない。
「早朝の?
始業時間の二刻も前に?
鍛錬するわけでもない女性が?
フラフラしてた?
それに何の疑問ももたかなかったのか?」
ウォルは一言一言セオドアに顔を寄せて詰め寄る。セオドアは仰け反っていき、もう後がない。ウォルの順序立てた矛盾に少しはやましさを感じたのか、後のないセオドアの目は泳いでいた。
「朝の散歩は気持ちがいいって言ってたよ……」
セオドアはシンシア嬢に思いっきりターゲットにされていたようだ。
「あんな? 汗臭くて? 朝は日陰になって? 建物しかない? 草木もないところを? 散歩??
普通、散歩というものは、中庭とかでやるものじゃないのか?」
ほら、理屈を言わせたら、ウォルの右に出る者はいない。セオドアはどんどん立場が弱くなっていく。
ここに呼ばれた時点で立場なんてないわけだが。
「ひ、人目に付きたくなかったって言ってたし……」
「ほぉ。百歩譲って散歩だとして、なぜ鍛錬場の中のセオドアと会うことになったんだ?」
なるほど! さすがウォル! 僕でもそこまで気が付かなかった。
「何でも声が聞こえたから覗いてみたって……」
セオドアは、よくもまあ、シンシア嬢の言葉を覚えているものだ。頭はフル回転だろう。顔が紅くなってきた。
「ほぉ。セオドアは一人鍛錬では奇声を上げながらやっているのか?」
「なっ! そんなわけないだろう! 黙々と走り込み、素振り、筋肉作りが朝の鍛錬だよ。仲間がいれば掛け声は出す……けどな……???」
セオドアは自分が言っていることに矛盾を感じてきたらしい。
セオドアがシンシア嬢に違和感を感じてくれれば今はよしとしよう。
それにしても、セオドアが一人練習を始めたのは最近だったはずだ。それまでは、誰かしらを誘っていた。セオドアを庇うわけではないが、もしかしたら、最初は友人たちが誰も都合のつかなかった偶然の日だったのかもしれない。その日にシンシア嬢が鍛錬場に現れたのだとしたら……。まさか、シンシア嬢はそれまで毎日鍛錬場を覗きに来ていたのだろうか? そう考えたら、シンシア嬢の僕たちへの執着心がとても恐ろしくて、僕は少し震えてしまった。
気を取り直してセオドアを見た。
「それで? シンシア嬢と何をしていたんだい?」
僕は優しく声を出した。それが尚更怖かったらしくセオドアは訝しんで僕を見た。
「タオルとか果実水とかを……持ってきてくれるだけさ……」
『ガタン!』
後ろの衝立が揺れる。
「ティナ。出てきていいよ」
僕が声をかければティナがベラ嬢の背中を擦って慰めながら前に出て来た。ベラ嬢はすでに泣いている。
「べ、ベラ!!!!」
セオドアは一瞬で顔色を失った。やはり、婚約者には言えないことをしているという自覚はあったようだ。
「セオドア様。わ、わたくしが朝練のお手伝いをしたいと言ったら、
ヒック
セ、セオドア様は『朝早いから気にするな』と、お、お断りになったではありませんか?
ヒック
わ、わたくしは、セオドア様といられるなら、あ、朝など早くたって構いませんでしたのよっ。
ヒック
わ、わたくしは、学園に入ったら、是非そうしたいと思って、タオルに、し、刺繍もいたしましたのにっ」
ベラは両手で顔を隠して脇目も気にせずに泣いていた。
ティナが一枚のタオルをセオドアに渡す。セオドアの家であるサンダーズ家の紋章と剣、そしてセオドアのイニシャルが刺繍されていた。
「ベラ……。こんなに俺のこと思っていてくれたなんて……」
セオドアはベラ嬢の元まで行った。ベラ嬢の肩に手を置いてベラ嬢の顔を覗き込んだ。
「ごめん、ごめんな。ベラ。
タオルありがとう。あの、もし、嫌じゃなかったら、明日から俺の朝練に付き合ってもらえるか?」
ベラは少し驚いたようだがコクンコクンと何度も頷いていた。
翌朝、ティナと二人で鍛錬場へ行ってみると、セオドアがベラからタオルを受け取っていた。僕たちと反対側の入口にはシンシア嬢が何もできずにつっ立っていた。
ティナは僕の袖を掴んで少し涙ぐんだ。親友の心が伝わって嬉しかったのだろう。
〰️
「ベラが、毎日、サンドイッチを持ってきてくれるんだよ。朝練の後、それがうまくてさぁ。この前聞いたら、ベラの手作りだったんだぜぇ。ハハハ!
なぁ! 俺、すごい、幸せじゃないか?? なあ!」
僕の腕をバシバシと叩くセオドアの惚気を聞くのは、疲れるし痛い。が、まあ仕方がない。
セオドアはシンシア嬢といても目眩はしないそうだ。セオドアが単純なのか、シンシア嬢の思いが薄いのか、それはわからない。
〰️ 〰️ 〰️
ティナとベラには、『とにかく学園では一人になるな』と口を酸っぱくして伝えた。二人は学年下なので直接シンシア嬢に苦言をすることはないとは思うが、ちょっとしたことに誤解を受けないとも言えない。
「ウォルも、セオドアも、僕がやるなって言うことをやってしまって、反省することになったんだよ。二人は絶対に一人にはならないでね」
「「はいっ!」」
僕に真っ直ぐなキラキラした目を向ける二人。素直な妹が二人になったみたい。カワイイ。
この二人が虐めるなんて有り得ないけど、周りにもそんな勘違いさえさせないぞ。
〰️ 〰️ 〰️
『私だけ変更を教えてもらえなくて』
『私の教科書がないわ』
『お茶会は一度だけお誘いを受けただけで』
シンシア嬢はいつも泣いている。だが僕には可哀想だとは思えない。
『あなたとダンスをするのが夢だったの』
この夢も現実になるのか……。面倒くさいな。
ため息と一緒に目が覚めた。
〰️ 〰️ 〰️
女子生徒同士は、中庭やサロンでよくお茶会をしている。これも社交界への練習だ。主催は誰だの、誰は誘われただの、髪飾りはどうしたの……。とにかく、男から見たら面倒くさいものにしか見えない。制服でやるお茶会がこの騒ぎなのだ。淑女のみなさんの強いお心がわかるというものだ。
僕はまず、クララとマーシャに『誰かしらのいるところで、シンシア嬢をお茶会に誘うこと』をお願いした。どちらが主催であってもかまわないし、他の人の主催でも『友人を伴っても良い』というものには『すべて』誘ってほしいとお願いしておいた。
しかし、シンシア嬢はなぜか頑なに誘いを拒み続ける。
『何度断られても誘い続けてね』と言っておいたので、二人は何度でも声をかける。
そう、毎回だ。
断られるのはわかっているがとにかく誘わない回はない。
そのうち『マーシャ様は公爵令嬢ですのよ。そのお誘いをあんなに拒むだなんて』と令嬢たちは思うようになった。
さらに男子も『マーシャ様に誘われてるなら行けよ』と思うようになった。
きっと本人も心の中では慌てているに違いない。
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