第32話 登城

 翌日登城すると、まっすぐに王城の国王陛下の執務室へと向かった。国王陛下にすすめられたソファーに腰を下ろす。父上と兄上が僕の両脇でソファーに座る。

 向かい側に座るのは国王陛下。国王陛下の隣には王妃殿下。その後ろにはブランドン第一王子とコンラッド第二王子が立っていて、その更に後には知らない人が何人か立っていた。少し離れたところに座る女性は側妃様かもしれない。


「バージル。気分はどうだ?」


 国王陛下がまず僕の心配をしてくれる。


「恐れながら……」


「よいよい。今は畏まって話す必要はない。それより、お前のことをゆっくり聞きたいからな。今日は親類の集まりだと思え」


 国王陛下の優しい口調。僕は父上の顔を見たら父上が頷いてくれた。


「はい。気分は……今は大丈夫です」


「そうか。大変だったようだな。そうだなぁ、何から聞けばよいのだろうなぁ」


 国王陛下は父上の方をチラリと見たが、僕は家族や友人には聞けないことを聞いてみた。


「僕の頭はおかしいのですか?」


 国王陛下は眉をあげて目を見開いて、もう一度父上をチラリと見た。父上は何もしないので国王陛下に任せるという意味だろう。


「なぜ、そう思うのだ?」


「現実みたいな夢をみるのです。まるで動く写真付きで本を読まされているような。家族や友人は受け入れてくれましたが、それでも僕は頭がおかしいのだと思うのです」


 僕は目線を下にしたまま思っていたことを口にした。


「コンラッドに噴水前のベンチに一人で行くなと言ったそうだな。それもそのおかしな夢なのか?」


 国王陛下は僕が答えやすい質問をしてくれる。


「はい。コンラッドが、あ……コンラッド殿下が、」


「それもよい。お前たちは友達なのだろう」


 僕はコンラッドを見た。コンラッドが頷いてくれる。


「はい。そうです。コンラッドが一人でベンチにいるとシンシア嬢が現れて、コンラッドに何か言うのです。そうするとコンラッドはシンシア嬢に夢中になってしまいます」


「んー? いいことではないが、恋をしてしまうのはしかたないとも言えないか?」


 国王陛下のこの発言に、王妃殿下とブランドン第一王子が国王陛下の膝と肩を『パシリ』と叩いた。


「コンラッドには婚約者がいます。それに、コンラッドの裏切りに嫉妬したマーシャが、シンシア嬢を虐めるようになってしまうのです。それを怒ったコンラッドがマーシャに婚約破棄を言い渡すのです」


「それがバージルが見た夢か?」


「えっと……夢自体は、その時に近い場面を見ることが多くて。

今の説明は、コンラッドだけをまとめるとそうなっていく予定だったというか……」


「なるほどな。他の者が主役のこともあるというわけだな」


 僕のしどろもどろの話も国王陛下は理解してくれているようだ。


「はい。ウォルのも見ました。だから、ウォルには中庭で本を読むなって言ったのに……。ウォルはそこに行ってしまったのです。次の日にはシンシア嬢とウォルが二人で昼食をしていました。ウォルにそれをやめてもらうために、ティナとディリックさんを会わせてそれをウォルに見せつけたんです」


「うむ、それはコンラッドからも聞いている。セオドアにも同じようなことだな」


「はい。僕のもありました」


 僕はいつの間にか国王陛下の目を見て話せるようになっていた。


「四人のうちの誰かが、シンシア嬢と恋をしたらどうなったのだ?」


「シンシア嬢を階段から突き落としたという冤罪をそれぞれの婚約者にきせて、殺人未遂で市井に落とすことになっていました」


「冤罪なのか?」


「シンシア嬢が階段から落ちるけど、その恋人になった誰かに助けられて軽症なのは本当?? で、犯人ははっきりしないけど婚約者だろうという流れだった気がします」


 僕は夢を一生懸命に思い出そうとしていた。


「兄上。バージルとコンラッドたちはそうなる前に恋をしない方法をとったので、それらは何も起きておりません」


 父上がフォローをしてくれる。


「おお、そうか。なかなか物語としては興味があってな。すまんすまん。

起きてもいないことを聞いても仕方がないな。わかった。

では、ブランドンとアレクシスのことはどうなのだ?」


「ダリアナ嬢に『兄上はもうすぐ死ぬから僕が公爵になるのだ』と言われました」


「うむ、それは公爵家の護衛からも調書がとれている。びっくりしただろう?」


「はい。でも、ダリアナ嬢が僕を狙う理由がわからなかったので、そう思っているからかと納得するところもありました」


「なるほどな。その前から口説かれていたらしいの」


「はい。しつこいほどに……。そのために、クララをイジメていたし……」


 僕は思い出したら僕のせいでクララはイジメられたのだと気がついた。


「だが、バージルの婚約者も無事で、マクナイト伯爵の結婚も離縁できてよかったな」


 『よかった』そう、結果はそうだ、と僕は思い直して話を続けた。


「でも、その夜に兄上が野盗に襲われる夢を見たのです。だから、マクナイト伯爵邸から家に戻った時に、兄上に護衛を増やしてくれとお願いしました。

僕は兄上にそのお願いをするまで、ブランドン殿下が一緒に行くなんて知らなかったから……」


「そうだな。結果的に、バージルのお陰で二人は死んではおらん」


『二人は死んでいるはずでしょう?』


 シンシア嬢の言葉がフラッシュバックして、僕は少し混乱した。


「そう、そのはずなのに……。

シンシア嬢は僕が公爵を継ぐかのように言ってきて。

それで、それで! 僕が公爵を継ぐのを嫌がっているとか、兄上の影に怯えてるとか……。

だから、僕は兄上は生きてるから僕は公爵にならないって言ったんです!」


 僕は口調が早くなり少し落ち着かない気持ちになっていくのを抑えられなかった。


「うむ、それで……」


「僕は兄上は生きてるとしか言ってないのに……。シンシア嬢は、なぜかブランドン殿下も生きてるのか? って言い出して!

ブランドン殿下が生きていたら、コンラッドを落としても王妃になれないとかなんとか、僕にはわけがわからない話でっ!」


 まくしたてるように一人で話を続けた。


「うむ、その日のブランドンのことは公にはしておらぬが。王妃の座まで言っていたか」


「僕もブランドン殿下のことは、セオドアやウォルやクララにも言ってません。なのにっ!」


「そうだな。知っているのはおかしいな。

バージル。少し茶でも飲もう」


 紅茶はすでに冷めていた。メイドが入れ直そうとしたが、僕が一気に飲み干すのを見て、国王陛下は、僕に合わせて、温いままの紅茶を口にした。テーブルにいた三人もそれにならった。


「ふぅ〜」


 僕は大きく息を吐いた。


「シンシア嬢のことはいつから気がついていたのだ?」


「学園の二年生になってからすぐです。

夢で見たのは、シンシア嬢が僕たちと仲良くすることで僕たちの婚約者に虐められて、それを理由に僕たちは婚約破棄を宣言するって話だったのです」


「先程のか。その対策をしたのだな」


「そうです。僕は僕たちがシンシア嬢と仲良くならなければ、婚約者たちもシンシア嬢を虐めないし、婚約破棄もないって、考えて……」


「うむ、結果的に正しい判断だったではないか。バージルのアドバイスは適切だっただろう?」


「でも、でも、そうしたら……。シンシア嬢は僕が夢で見なかったようなやり方でコンラッドに近づこうとするし。

最後は、シンシア嬢が自分を虐めないマーシャが悪いって、マーシャを襲おうとして。

僕は、僕はっ! そんなことにまでなるなんて思わなくて。マーシャを危険な目にあわせるつもりなんてっ! そんなつもりなんてなかったんです!!」


 僕が少し興奮してしまい兄上が心配いらないとばかりに背を擦る。


「そうか。不思議な夢を見たもんだな。それも正夢か。大変だったな。

そんな不誠実な理由でコンラッドがマーシャとの婚約を破棄なんぞしたら、コンラッドこそが国外追放であっただろうな。なんといっても、マーシャは公爵令嬢だからな」


『カタン!』


 コンラッドが動揺している。


「ブランドンの命を助けてもらったのは、先程の話通りだ。バージルには息子を二人とも助けてもらった。父として礼を言う。

バージル。感謝する。ありがとう」


 国王陛下と王妃殿下、ブランドン殿下とコンラッドが頭を下げた。僕は父上を見た。


「兄上。王家を守る公爵家としてバージルがしたことは当たり前のことです。これまでにしてください。バージルもそれでいいな」


「はい。父上」


 僕は父上に頷いてた。


「バージル。頭がおかしいなどと思うな。その力のおかげで助かった者はたくさんいるのだ。神から授かった力だと思え。

だが、あまり吹聴するのは良くないからな。バージルが信用できる者だけに話すがよいぞ」


「はい。そうします」


「うむ。

そうだ! バージル。お前はマクナイト家に婿入りするのだったな」


「はい」


「マクナイト領の隣に王家の領地がある。それを下賜しよう。領地が拡大するのだ。侯爵に陞爵させよう」


「えっ!」


「バージル。受けておきなさい。結婚祝いだと思えばいい」


「そうだぞ。伯父から甥っ子への結婚祝いだ。結婚式に下賜することにしよう。そして、その後叙勲式だ。それがいいな」


「は、はい」


「バージル。今度怪しい夢を見たら、コンラッドでもよい、相談いたせ。国が動くことが必要ならば、ワシに相談いたせ。お前の家族はどこよりも頼りになるぞ。家族に相談いたせ。よいな」


「はい」


「それにな。どうやらその力は完璧ではないようだ。だから、その力に溺れることなく、人を頼ることを覚えるのだ。よいな?」


「は、はい…」


 僕の目には涙が溢れてきてしまった。

 

「バージル。忘れるな。ワシは確かに国王である。しかし、お前の伯父でもあるのだ。家族だ。わかるか?」


「は、はい」


 僕は少しだけ泣いていた。父上と兄上が僕の膝に手を乗せてくれる。


「夢のことだけではないぞ。何でも相談してこい。

これからも、コンラッドと仲良くな」


「はい」

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