第33話 七月の学園
みんなが下がった後、父親同士の内密な話は続いていた。
「バージルの証言とシンシア嬢の証言とは似ておるの」
シンシアから取った証言の報告書を読みながら、国王陛下は公爵に話しかける。
「まさか起きてもいない部分まで同じというのはありえるのか?」
そのページを開いて公爵に渡す。そこには、階段落ちすることやマーシャを国外追放にするつもりだったことが書かれていた。
「二人は同じ夢を見て違う結果を望んだ。たまたま、バージルが上だった。と考えると、もしかしたらがあったかもしれませんね」
公爵は報告書をテーブルに置いた。
「ダリアナ嬢の時より、多くのことが起こったようだが?」
ダリアナの報告書を持った国王陛下が問う。
「それは、ダリアナ嬢の物語が実は七歳からだと考えると、バージルの出番は後半のみですので」
「なるほどな。シンシア嬢の物語はここ一年だけのようだしな」
「はい。そのように見えますね」
「うむ、不思議なこともあるものだな。
シンシア嬢はコンラッドを誑かそうとはしたが命は狙っておらん。判断が難しいのぉ」
国王陛下は自分の顎を撫でながら悩んでいた。
「しかし、ブランドン殿下の死を望んだ上で、コンラッド殿下を誑かしたとなると国家の乗っ取りですよ」
公爵が冷静に客観的な部分を伝える。
「そうなのだがなぁ。
ハックマン男爵はどうなっている?」
「今、取り調べをしていますが、否定するばかりのようです」
別の報告書をめくりながら公爵が報告した。
「ダリアナ嬢の時のように、ハックマン男爵は何も知らぬかもしれんな。
だが、責任問題は生じる。男爵より降格は平民だ。シンシア嬢もそれで手を打つのはどうかの?」
「そうですね。後は王都への出入り禁止と関係者領地への出入り禁止ほどでよいかと」
「うむ、それもまどろこしいのぉ。辺境伯にメイドとして使役させるか。辞めることは叶わぬという条件で」
「それでしたら監視もできてよい考えかと思います」
「では、そのように手配を頼む。それにしても、バージルは不思議な力を持ったものだな」
「そうですね。それでもあの子は自分に何が大切なのかをわかっています。その力は大切なものを守るために使うでしょう」
「そうだの。家族思いの優しい男だ」
「はい。息子ながら嬉しいことです」
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翌日、人知れずバラが一株枯れている姿を、僕だけが見ていた。
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六月、兄上が結婚をした。お相手はキャサリン・エイムズ公爵令嬢。ディリック・エイムズ公爵令息の姉上だ。
「やあ、ボブバージル君。本当の親戚になるんだ、バージルと呼んでいいかな。僕もリックでいいぞ」
陽気な声でディリックさんが結婚式の会場で僕に話しかけてきた。
「はい。リックさん。年末はダンスまで手伝ってもらってありがとうございました」
僕は丁寧に頭を下げた。二人で空いているテーブルについた。
「いや、ティナと踊れたし、ティナと親戚になれたし。僕もティナと呼んでいいと、ティナに許可をもらったし。これからもウォル君を虐められるなぁ。ハハハ
まあ、今日もティナと踊ったがね。フハハ」
ディリックさんは仰け反るように大笑いした。とても嬉しそうだ。嬉しそうすぎて僕は訝しんだ。
「リックさん。どこまで本気なんですか?」
「少し前まではかなり本気だったよ。何せ初恋の相手の兄上が姉上と婚約してしまって、僕は初恋の相手に告白もできなかったんだ。
その初恋の君と踊れて嬉しかったよ。ハハハ」
衝撃の事実に僕は苦笑いしかできない。
「それ、ウォルには言わないでおきますね」
「まあ、本当に感謝はしているんだよ。あのダンスがきっかけで侯爵家の子と婚約できたんだよ」
リックさんが打って変わって優しい笑顔でそう言った。
「そうなんですか? おめでとうございます。どういうきっかけだったのですか?」
「僕がたくさんの女性と踊ったことで、元々口説いていた女性がヤキモチを焼いてくれてね。もう、あんなにたくさんの女の子とは踊らないと約束して婚約したんだ。年末前には結婚式の予定だよ。公爵家の持つ爵位と領地を譲り受けて伯爵となることになりそうだ」
ニッコリと笑って僕に乾杯を求めてきた。僕は手にあった果実水のグラスをリックさんのワイングラスにぶつけた。
「いろいろとおめでとうございます!
そうか、七月には卒業なさってしまうのですね。次の年末の学園パーティーご一緒できないことが残念です」
「だから、もうあんなことしないって。ハハハ。バージルもクラリッサ嬢とうまくいっているのだろう?」
リックさんは女子生徒殺しのウィンクをして僕をからかう。
「はい。僕が好きなのはクララだけなので」
僕は胸の前に拳を握った。
「プッ! そうか。相変わらず惚気てくれるもんだな。卒業パーティーはよろしく頼むよ。婚約者とともに楽しみにしてる」
「はい。頑張ります」
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早朝にも関わらず七月上旬の鍛錬場は熱気で溢れている。そこでは、鍛錬を積むセオドアが中心となり、若者たちの声が聞こえる。鍛錬場のベンチにはベラをはじめ、数人の女の子が熱い視線を送っている。
昼休みの学食。
「ディリックさん。ここで何をしているんですか?」
ウォルバックは静かな声で青筋を立てている。
「愛しい義妹と昼食だが。何か?」
「そうなの、ウォル。わたくしたち、義理の兄妹になりましたのよ。キャサリンお義姉様は、わたくしにとてもよくしてくださるの。わたくし、お兄様ばかりだったから毎日楽しいのよ」
「君より先に僕はティナと身内になったんだよ。ハハハ」
ディリックが鼻を上に向かせて高らかと笑った。
「っ! いつの間にか、ティナと呼んでるしっ! とっとと、卒業してくださいねっ!」
「ティナが結婚したら、是非、義妹の家に遊びに行こう。ハハハ」
「来なくて結構ですっ!」
ウォルバックがディリックを睨んでいた。
ある休み時間。噴水前ベンチ。
「ずっとさぁ、この席で、のんびりしたかったんだ。バージルに止められていたんだよねぇ」
コンラッドは快晴の空を見つめた。
「そうでしたの」
マーシャも同じ空を見つめる。
「よく考えたら、一人で来るなって言われてただけだから、マーシャと来たらよかったんだね」
マーシャの肩に手をまわすコンラッド。
『ペチン!』
優しくも厳しいしっぺがコンラッドの手に当たった。
「ここは学園です。これ以上は、模範となるべきコンラッドがしていいことではありません」
空を見つめたままのマーシャが注意をした。
「う〜ん。そうかなぁ? じゃあ、また市井行こうな。マーシャと腕を組んで歩きたいよ」
コンラッドが空を見るマーシャの顔をさらに上から覗いた。
「ま、まあ、しかたありませんわね。それでしたら、よろしくってよ」
マーシャが赤くなって横を向いた。
ある休み時間。図書室。
「こうして、クララと本を読めるのも久しぶりだね」
「そうですわね。でも、明日から卒業パーティーの準備ですわ。また、頑張りましょうね」
「クララは真面目だね。そうだ、これ、僕のオススメ本。読んでみてね」
「はい。まあ、恋愛物ですの? ジルが選ぶにしては、珍しいですわね。ふふふ。とっても楽しみですわ。
わたくしはこれですわ」
「あ、これ異国の本だね。あの辞書を使って読んでみるよ。楽しみだ」
「ジル、これは、その……プレゼントですの。お父様にお願いして、二冊取り寄せてもらいましたの。いつかのお礼もできていなくて、ごめんなさいね。
ジル、いつもありがとう。わたくし、あなたのお陰で寂しくありませんのよ」
「うん。それは、マクナイト伯爵様とお約束したから。僕もクララといれて嬉しいし」
「あのね、ジル」
「うん?」
「わたくし、あなたと家族になれることを待ちわびておりますわ」
耳まで真っ赤にしながらクララが言葉を紬いでくれた。
「うん」
僕は抱き締めたい思いを押し殺しクララの手をギュっと握った。
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そして、七月中旬の卒業パーティーでは、ティナとリックさんが二曲踊ってウォルが怒っていたり、卒業生のお姉様方からのリクエストで、生徒会男三人がお姉様方みなさんとダンスをしたり、リックさんの婚約者さんを紹介されたり、セオドアとベラがずっと楽しそうだったりするのだけれど、無事に卒業生を送り出した。
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ウォルの予想通り僕の悪夢は終わらなかった。
『わたくしたちの繋がりが国と国との繋がりになりますのよ』
『王女であるわたくしが王妃になるべきですわ』
『マーシャ様とお別れしろとは申しません。側妃になさればよろしいのよ』
『王様でしたら側室を持つこともゆるされますでしょう』
『ブランドン様よりあなたの方が王に相応しいわ』
『ガバッ!』
僕は跳ね起きた。そして、頭を抱える。
「僕には関係ない話だよね? それでも夢に出るのかぁ。
はあ。でもコンラッドだもんな。助けないとなぁ」
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「兄上!」
九月、学園の新年度始業の日の朝、屋敷の食堂室で兄上をつかまえる。
「朝からなんだ、騒がしいな」
「まさか、隣国の姫が留学とか来ます?」
「なんで、知ってるんだ? 今日、学園で知るはずのことだぞ。それに、王女であることは極秘だ。侯爵令嬢として紹介されるはずだが?
まさか、夢かっ?!」
「はい。その王女様がコンラッドを誑かして王にしようとしていました」
「今日は、早めに出る。支度を頼む」
「はい」
キャサリンお義姉様と執事が動く。
「とにかく、コンラッド殿下とその王女を二人きりにはするな。できるだけ、コンラッド殿下とマーシャ嬢を一緒にしておくんだ。いいな。それと、先程も言ったが、王女であることは極秘だ。あくまでも侯爵令嬢として扱え」
「はい」
「コンラッド殿下と男たちには、概要を話して構わない。マーシャ嬢には……少し待て。
女性同士だ。イヤな先入観を持たれても、外交上困ることもあるからな。
あとの対策はこちらも用意する」
兄上は、慌ただしく出ていった。
僕の現のような悪夢はいつまで続くかわからない。でも、それを信じてくれる家族も友人も婚約者もいるのだ。一緒に乗り越えられると信じている。
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