第34話 シンシアのゆめ

 お母さんと男爵様がどんな出会いか、どんな理由で結婚するのかなんて知らないわよ。


 でも、男爵様の顔を見た瞬間、私の頭に前世の記憶が渦巻いたの。私は鼻血を出してその場に倒れたわ。六月のことだった。


「シンシアがそんなに反対なら結婚なんてしなくていいのよ」


「何言ってるのよ、お母さんっ! 私、男爵令嬢頑張るわっ!」


 私はどうやら私が好きだった乙女ゲームに転生したらしい。私は普通のOLだった。もう少し早く転生できていたら男爵様を金持ちにしてあげられたのに……。


 今はとにかく、学園でAクラスになるように勉強がんばらなくっちゃっ!


〰️ 〰️ 〰️


 さすが転生っ! ハイスペックぅ! 余裕でAクラスになれたわ。


 まずはお約束の王子との出会いね。

 馬車の前に出るって結構怖いわね。

 エイッ! 馬が避けてくれたわ。ふぅ。


 そして、クラスで目ざとくコンラッドを見つける。


「今朝は本当にごめんなさい。私ったらボォッーとしていて。お怪我はありませんでしたか?」


 はい、私のセリフの後は、


「コンラッドの腕を離してくれないかな? ここは貴族の集まりなんだよ。婚約者でもない男女間の過剰なスキンシップは好ましくないものなんだ。

君も男爵家の人なのでしょう? いくら先日まで平民であっても、ここは貴族の学園だからね。貴族のマナーを勉強した方がいいよ」


 はいっ! 長決めゼリフいただきましたぁ!


 って、え? マーシャじゃないの? あんた誰よ? その顔はボブバージル? なんであんたがコンラッドの隣なのよっ!


 一応謝ったけど――ボブバージル怖い。


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 来たぁ! 心のバライベント! 来年の春には、キレイなバラが咲くのよ! 何色にしようかなぁ。うふふ


 せっかく盛り上がりイベントなのよ。

 それなのに誰かに『美しく咲くといいね』っていうセリフをもらう前にボブバージルが倒れちゃって、それどころじゃなくなっちゃったのよっ!


 なんか、ボブバージルって私の鬼門的な?


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 気を取り直して、恋の出会いの場にレッツゴー!


 朝一番、鍛錬場へ行く。セド君が一人じゃない。


 昼休み、噴水前へ。あれ? ウル君がいない。


 放課後、中庭ベンチへ。誰も座ってない。空っぽ。


 なんなのよ! あいつらいないと出会えないじゃないっ! 出会えないと、マーシャやティナが私をいじめないでしょっ!


 しかたないわね。回避不可能なあれ、行きましょう。

 って、いつも女連れのボブバージル。

 もう! 行っちゃっえ!


 廊下の曲がり角で


『ドーン!』


「いったーーい! 私ったら、慌てててぇ〜」


 と振り返ったら、手を伸ばしてきたのはクラリッサだった。


「な、何で?」


 思わず本音が漏れた。


「シンシア様、大丈夫ですか? お怪我はありませんか? 廊下を走るのは危険ですわよ。特に曲がり角は危ないですわ」


 そう言いながら、クラリッサは私を立たせてホコリをはたいている。


「あっ、わ、私! 怪我はありません。大丈夫です!」


 私は走って逃げた。


 私は何度も挑戦したんだけど、いつもクラリッサに助けられる。


 そして、とうとうボブバージルに怒られた。言葉は優しいけど、ボブバージルの目はマジで怖い。


〰️ 〰️ 


 ウォルバックと出会えたけど、すぐにボブバージルの邪魔が入ってまたボブバージルに怒られた。


 セオドアと出会えたはずだけど、いつの間にか、婚約者ってやつが邪魔してきた。

 婚約者邪魔! 死んじゃえ!


 って、あれ? 私、前世ってどうやって死んだんだっけ? 思い出せない。



 マーシャとクラリッサは私をいじめないどころか、すごくしつこくお茶のお誘いをしてくる。

 『お茶会は一度だけお誘いを受けただけで』ってセリフはもう言えない……。


 お茶友達ねぇ。

 ってあれ? 私、前世の友達って誰だったけ?


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 年末のダンスパーティーはチャンスがいっぱいだわ。


 まずは、ドレスを持って男子がいるはずの教室へダッシュ!

 このシチュエーションならこのセリフだあ!


「私だけ変更を教えてもらえなくて」


 セリフはちゃんと言えたはずなのに、コンラッドとウォルバックに正論ぶつけられて撃沈……。


 教室かぁ。

 ってあれ? 私、前世の学校ってどこに通ったっけ?



 ダンスはコンラッドと踊ることができて、『あなたとダンスをするのが夢だったの』って言えたわ。コンラッドも『君とならいつまでも踊っていたい』って言ってくれたわ。


 それなのに……。


 なぜか会場中がてんやわんやになっちゃって、私とコンラッドのステキな思い出にはならなかった。とても悔しい。


〰️ 〰️ 〰️


 冬休み。

 男爵領の屋敷でいろいろと考えた。どうやら、前世の記憶はどんどん消えていってしまうようだ。覚えているいまのうちに、残しておかなければならない。文字で残しておけば読んだ時には思い出せるだろう。


 ゲームのセリフや設定、場所などを、書いていく。だが、こんな内容を誰かに見られたら、頭がおかしい認定されちゃうよ。そうだ、日本語で書いておこう。それならただの落書きだと誤魔化せる。


 この世界でも使えそうな、金持ちになれそうな知識や物を書いていく。


 コンラッドとは、ちゃんと出会ったからね。今のところ一番相性がいいはずだ。

 ということは、私、王妃かぁ!クフフ。

 この知識で救世主になっちゃおう!

 楽しみぃ!



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 古い人のルールってなんでこんなにいい加減なんだろうね。

 『伝統の雪玉戦争』だってさ。つまりは、雪合戦でしょう? 前世の記憶が許す限り『伝統』をぶち壊してやった。


 なのにあの生徒会の面々に褒められた。もちろん、あのボブバージル込みで。

 逆に怖いわっ!


 前世の記憶があるんだもん! これくらいの仕事は楽勝!


 ってあれ? 私は前世で、何の仕事をしていたんだっけ?



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 私と恋するべきあいつらと、全く上手くいかない。私のノートに書かれているゲームについてはことごとくイベントを阻止されている。


 しかたがないから、無理やり二人きりになる方法を考えた。一番ガードの甘いあいつを狙う。


 朝早くに起きて、寮の朝ごはんも食べずに出かける。まだ、道は凍っているところや雪が積もってところもあり、何度も転んだ。目的地に着く頃にはグチャグチャでボロボロだった。


 でも、ガードの甘いあいつはちゃんと私を見つけてくれて、爽やかな笑顔でまんまと馬車に乗せてくれる。

 馬車のドアを開けてくれて、手が伸ばされる。私を引き上げてくれるキラキラなお顔。

 うん! かっこいい!


 だが、馬車に乗り込んでおしゃべりが始まると、なぜかあいつは人形のような目になり、感情がわからなくなる。

 何をはなしても『ああ』と応えるし、何を聞いても『ああ』と答える。それに『ああ』はおかしいところでも。


 学園に到着し馬車を降り立つと、キラキラなお顔に戻る。


「シンシア嬢。行こうかっ!」


 コンラッド。あんた本当に普通の人間か? スイッチのあるロボットじゃないの? 


 そしてこの後、当然のように、二大怖い顔のボブバージルとウォルバックに私もコンラッドも怒られる。

 コンラッドは庇ってもくれないで、マーシャにペコペコしてやがる。ふざけんなっ!

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