第35話 シンシアのうつつ
ボブバージルはやはり怖いやつだった。私はあいつらとはあまりうまくいっていないけど、持ち前の美貌をいかして、他の男子生徒にはかなりモテた。もう私が何もしてなくてもモテた。『何もしてなくても』というところ大事。なのに、ボブバージルがマーシャと二人でやって来てた。
「シンシア嬢。何度目かな? ここは貴族の集まりなんだよ。婚約者でもない男女間の過剰なスキンシップは好ましくないものなんだ。
君も男爵家の人なのでしょう? いくらこの前まで平民であってもここは貴族の学園だからね。貴族のマナーを勉強した方がいいよ。
優秀な君がこの点にだけ理解ができないのはなぜなんだろうね?」
呆れ顔のボブバージルとチラリと睨むマーシャ。怖い怖い。
「私は何もしてません」
目に涙を溜めてボブバージルに訴える。ボディタッチも忘れずに。
「本当にそうなら、まずこうやって触ってこないことだね」
『ピシャン!』
ボブバージルの袖を掴んでいた私の手を叩き落とされた。乙女の手を虫を扱うみたいに叩き落とすボブバージルの目は、私を本当に虫だと言っている。ほんと、ムカつくわぁ!
さらにボブバージルとウォルバックが自分たちの美形を活かして、婚約者持ちの女子生徒救済するなんて言い出した。マーシャや二人の婚約者クラリッサとティナヴェイラもグルになって! そんなことしたら、本当に誰も私をイジメなくなるだろうがっ!!
何人かの男どもが見せしめのように餌食にされていた。子爵なんかに嫁に行ってやる気なんてないから、別いいけど。
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久しぶりにノートを読んだ。読めるが意味がわからない。マヨネーズ、くるま、でんき、ん?これなんて読むのよ?漢字やめてよ。
はぁ、前の家族ももう思い出せない。
ゲームのことなら少しだけわかる。明日の園遊会で私のバラが咲いているはず。きっと真っ赤なラド君の色だろうけど。
紫だったら思いっきりこれからイジメてやるんだ、ボブバージルのやつを! あぁ! 楽しみだ。
バラは咲いていなかった。私のバラ……。慰めにきたのはクラリッサ。あんたもそうとうウザいからっ!
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そんな私に最大のチャンスがやってきた。あのボブバージルと二人きりになったのだ。
「私、ボブ君とゆっくりお話したかったんだ」
そうよ、私たちは、もう愛称呼びになっているべき頃よね。
「ボブ君は少し形は違うけどいつも私を気にしてくれていたよね」
私が腕を組んでも逃げる素振りもない。虫を扱うみたいに叩き落としたりもしない。
「あんなに熱い視線をくれていたのに、私たちには障害が多いのね」
ボブ君もこうなるのを待っていたんだわ。
「でも、障害は多いほど恋は燃えるものだわ」
そう、いろんな小説にそう書いてあるじゃないの。
「今なら、あなたがどれだけ私を求めていたのかがわかるわ。他の人に私を取られたくなかったのね。だからあんなに私の邪魔をして」
ボブ君の正面にまわって、ボブ君の胸あたりを擦る。見かけによらず、逞しい胸板。私を抱きしめるための腕。
「私はボブ君の辛さわかってるよ。公爵なんて継ぎたくないよね? お兄様の変わりないんてしなくていいのよ。お兄様の影に怯えないで」
ボブ君の頬を両手で触る。口づけをしてあげたい。
ボブ君の苦しみを私は知っているの。お兄様の死を受け止められずに公爵になることに悩んでる。『僕は誰かの代わりなんかじゃないっ』って。
私はそれをわかってあげられる。
「公爵になんてならなくてもいいのよ。
あなたはあなたの実力だけで侯爵になれるわ。あなたが自分で得る地位よ。
だから、あなたはあなたの好きなことをすればいいの。大丈夫、私がついているわ」
急に動き出したボブ君が私の肩を両手で掴みガクガクと揺らしてくる。
「お前に何がわかるんだっ! 僕は兄上のことも大好きだし、家族も大好きなんだっ! もし、何らかの理由で僕が公爵になることになったとしても、それは受け入れるさ。その上で、家族もクララも守ってみせるよっ!
そもそも、君は根底が間違っているんだ。
まず一つ! 兄上は生きている。来月には結婚式だ。僕に新しい家族が増える。
次に一つ! 僕はすでに好きなことをしているよ。次男だからね。自由も友達もいっぱいさっ!
更に一つ! 君の存在なんか、僕には何の役にもたたない。君がいるから大丈夫だなんて、気持ち悪いこと言うなっ! 僕にはクララがいる。それで充分なんだよっ!」
ボブバージルは勝手なこと騒いで私を突き飛ばした。
ショックで動けない。ふと見ると、ボブバージルとクラリッサが抱き合っている。その隣には生徒会の面々。
「な、なんで? なんで、私を好きにならないのよっ! そんな女より、私の方がずっと美人じゃないのっ!
アレクシスが生きてるですって?! どういうことよ。じゃあ、まさか、ブランドンも生きているの? 二人は死んでいるはずでしょう?
じゃあ、コンラッドを落としても王妃になれないってことなの? ふざけないでよっ!
なによそれっ!
そもそもなんで誰も私を虐めないのよ。だから男たちが私になびかないんじゃない!
そうよ! あんたが悪いのよっ! 全部全部、あんたがっ!!」
私はマーシャが許せなかった! マーシャをぶん殴ってやるっ!
しかし、セオドアが立ちはだかり私を床に投げ捨てた。
「ぎゃー!」
痛い痛い痛いっ! わからないわからないわからないっ!
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「シンシアぁ。このシーツ干してきてぇ」
「はーい」
ここは、北の辺境伯領の領主様のお城。私がここで働くようになって、もう一年くらいになる。仕事もたくさん覚えたし、任されることも増えてきた。
私は王都にある貴族の学園で、自分でも信じられないことをしてその学園にいられなくなった。あの頃、自分が何をしたかは覚えているけど、何でそんなことしたのかは覚えていない。うーん、なんていうのかなぁ、ずっとフワフワと夢を見ていた感じかなぁ。
不思議なことに、私の学園の思い出には言葉が残っていない。美形の男の子とお話をしたという事は覚えているのに、話の内容は覚えていない。お城の狭い部屋で怖い人に怒られたという事は覚えているけど、何を怒られたのか覚えていない。
だから、王様との約束も約束の内容は書かれているから知ってるけど、どうして約束させられたかは覚えていない。
私のその変な記憶はお義父さんと会ってからここに来るまでのちょうど一年間分だ。
「不思議なこともあるもんだな」
お義父さんは何でもないことのようにそう言った。
お義父さんは私のせいで男爵でいられなくなってしまい平民になった。お母さんとお義父さんは本当に恋愛結婚だったらしい。なんと、二人は私に付き合ってこの北の辺境伯領の城下町へ引っ越してきた。城下町で小さな小さなクッキー屋さんを二人で営んでいる。
「領地経営より、料理や商売をしてのんびり暮らしたかったんだ。領民の生活を背負うなんて重くてな。
だが、安心しろ。少しだが金はある。お母さんの生活を背負うくらいなら大丈夫だ」
お義父さんの作るクッキーは評判もよく二人で暮らすには充分らしい。いつ行ってもお母さんが笑顔なので私も嬉しく思っている。
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「おーい! シンシアぁー! 仕事終わったら飯食いにいこうぜぇ!」
芝生の向こうから手を振って叫んでいる彼は辺境伯軍の軍人見習いだ。
『私、理由は忘れちゃったけど、この領地から出てはいけないことになっているのよ』
『へぇ、俺もこの領地から出るつもりなんてないけどなぁ』
ということで、お付き合いすることになった。まだ一月だけどね。
彼が辺境伯軍に正式採用されたら結婚する予定だ。
「いいよぉ! 西門で待ってるねぇ!」
私も手を振り返す。
学園でのことを考えるともっと勉強したかったなと思う。
だけど、
「今は幸せだし、これでいっかぁ!」
私は大きく大の字になって拳を空へ突き上げた。
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私の同級生たちが卒業するとかなんとかで、寮の掃除が行われたそうだ。私の部屋の荷物だという箱が一つ送られてきた。中身を確認すると教科書やノートだった。制服はカワイイな。
ノートをパラパラとめくる。あるページで手が止まった。まるで古代文字のような落書き。
「気持ちわるっ!」
私は思わず眉を寄せた。
全部ゴミだな。明日、お城で燃やしてもらおう。
「明日のゴミ燃し当番誰だっけ?」
明日も晴れたらそれで幸せだ。
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卒業式を終えた学園では、来年度の園遊会のために庭師たちが忙しく働いていた。九月に坊っちゃん嬢ちゃんたちでもすぐに植えられるように、花壇を整備しておかなければならない。
「こりゃ随分な遅い狂い咲きだなぁ。鉢に移してやるか」
庭師が見つけたバラは真っ白な清らかさを誇って、とても美しく凛と咲いていた。
根元には脱皮のように枯れたバラが横たわっていた。
〜 学園編 fin 〜
次回の『おまけ』で最終話です。
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