第31話 告白と共有

 僕たち四人は生徒会室のソファーに座っている。


「バージル。君が僕たちに何も話さず僕たちを守ろうとしてくれていたことはわかっているんだ。でもそろそろ話をしてほしい」


 落ち着いた声のコンラッドが僕に命令ではなくお願いをしてきた。


「そうだぞ。俺だって自分が情けないよ。バージルを助けたいんだ」 


 セオドアが眉根を寄せて、僕ではなく自分に対して不満があるように肩を落としてそう言った。


「シンシア嬢に関することなんですよね? 私はバージルのお陰でティナを手放さずに済んだ。感謝しているよ」


 ウォルは僕に頭を下げた。

 心配をかけているのは僕なのに、みんなそんな僕に不満をぶつけることはしない。


「うん……。だけど、僕にも説明がつかないことが多いんだ。それでも聞いてほしい。お願いします」


 僕は三人に頭を下げた。隣に座るコンラッドが僕の肩に手を優しく置いた。



〰️ 


 僕はクララの時の話からシンシア嬢との昨夜の夢までの話をした。


「本当に不思議な夢だな。でも、シンシア嬢については、彼女が学園に戻って来なければ続きはなさそうだな。まさかあんなことまで口にして無罪放免はありえないだろう」


 ウォルは冷静に分析する。確かにブランドン第一王子に死んでいてほしかったような口ぶりだった。


「それにしても、僕は冤罪でマーシャを国外追放か……。酷い采配にもほどがあるだろう? たかだか学園内のイジメくらいで。それも冤罪の……」


 コンラッドは『もしもの話』に肩を落としていた。


「それは私たちも同じですよ。公爵令嬢や伯爵令嬢を僕たちの権限で市井落ちなどありえないだろう?」


 ウォルが怒り口調でそう言った。


「俺なんてマーシャやクララやティナを床に抑えつける役ってっ! バカすぎないか?

騎士として抵抗する気のない淑女に手を出すとかありえないから。さっきだって、咄嗟だったけどやっぱり嫌な気分が残るよ」


 セオドアは自分の手を見つめていた。シンシア嬢を投げたことを少し気にしているのだろう。だが、生徒会室の床はフカフカだし、シンシア嬢は見た目は怪我はしていなそうだったし、最善の対処だったと思う。

 セオドアの騎士精神にとって一番大切なものは、コンラッドを守ることなのだから。


「とにかく、誰もシンシア嬢と恋に落ちなくてよかったな!」


 コンラッドが笑顔でまとめた。


「そのダリアナって子はどうなったんだ?」


 セオドアが自分の手を気にしながら聞いてきた。


「国王陛下の判断で国外追放になった。でも、クララには隣国留学だと伝えてある」


「クララは優しいから気にしそうだもんな」


 クララの様子を想像したセオドアが眉尻を下げて困ったような顔をする。


「国家転覆罪だ。国外追放は当然だな」


 ウォルは当然だと頷いて話を続けた。


「バージルの話を聞くと『ダリアナが主人公の本』と『シンシアが主人公の本』というような気がするな。もし、そうなら、もしかしたら、これから『別の主人公の本』も現れるかもしれない。その時には協力し合おう」


 僕はまだ続くかもしれないというウォルの予想に肩が震えた。


「そうだぞ、バージル。一人で考えるなよ」


 コンラッドは僕が震えたことをわかったのか、僕の肩を『ガシッ』と掴んでそう言った。


 コンラッドはあまり質問してこなかった。ダリアナ嬢のことは少しは王城で噂になっていたのかもしれない。


 僕の目から思わず涙がこぼれた。隠すように俯く。みんなが僕の周りに集まりからかうように僕を叩くから、結局笑ってしまった。


〰️ 〰️ 〰️



 帰りは約束通りクララのマクナイト伯爵邸へ寄った。王城に騒動の連絡があったようでマクナイト伯爵様も帰ってきていた。

 応接室のソファー。僕は二人に僕の夢の話をする。


「そうか。それでエイダとダリアナからクララを助けてくれたのか。今まで一人で大変だったな」


 マクナイト伯爵様は優しく労いの言葉をかけてくれた。


「そのシンシア嬢のことも、君が抵抗しなかったら、クララたちは冤罪で罰を受けることになったのだろう? 怖い話だな。

クララを守ってくれてありがとう。バージル」


 マクナイト伯爵様は僕に頭を下げる。僕は急いでマクナイト伯爵様に頭をあげてもらった。


 僕はマクナイト伯爵様の隣に座るクララを見た。クララは僕と目が合うと、僕の隣にきてマクナイト伯爵様がいるにも関わらず僕を抱きしめた。


「一人で闘わせてごめんなさいね。これからはわたくしもお手伝いするわ。ジル。ずっと一緒よ」


 優しく温かな言葉が僕の心の深くまで染みていく。僕の目から止めどなく涙が溢れた。


「うん。うん」


 僕は涙が止まらないまま、僕はまるで子供のように頷きクララを抱きしめ返した。



 それでも、クララにはダリアナ嬢の処分だけは内緒にした。王城に仕えるマクナイト伯爵様がそれを知らないわけはないが、『ダリアナ嬢の留学』を否定しなかったので、マクナイト伯爵様もクララに真実を言うつもりはないのだろう。


 クララにはシンシア嬢の話だけを簡単にマーシャにしてもらうことにした。


〰️ 〰️ 〰️


 家へ戻るとすでに父上が母上とティナに説明してくれていたようで、馬車寄せに降り立ったところで、母上に抱きしめられた。僕より背が低くなった母上は背伸びをして僕の首に腕をまわした。


「一人で悩むなんて、バカね。なんのための親だと思っているかしら?」


 耳元で母上の優しい声がくすぐったい。

 母上に背を押されて邸内に入るとティナが泣き顔で膨れていた。


「ウォルにも関係していたことなんですわよね。わたくしにも協力させてくれればよかったではありませんかっ」


「協力してくれたじゃないか。あの日の昼休みに」


 僕は苦笑いで答えた。


「知っていたら、ウォルにもっと意地悪をできましたわっ!」


 プイッと横を向いた頬には涙の跡があった。


「ハハハ! ウォルはすごく反省しているさ。許してやってよ」


 僕はこちらに向き直ったティナにウィンクをしてお願いした。


「さあ、もう、食事にしよう。バージル。着替えておいで」


 父上に促されて部屋へと向かう。


「はいっ」


 歩きだすと、兄上が近くにきて僕の頭をクシャクシャにしていった。手付きは優しかった。



〰️ 〰️ 〰️


 夕食の後に、改めて、簡単に今までの話をした。父上も兄上もシンシア嬢のことは今日王城でコンラッドから簡単に聞いただけなので、シンシア嬢の話は詳しく聞きたがった。


「ウォルは『ダリアナが主人公の本』と『シンシアが主人公の本』という捉え方をしていました。もしそうなら、もしかしたらこれから『別の主人公の本』があるのではないかと」


 僕は先程の話し合いの内容を話した。


「なるほどな。その時には家族で協力していこう。バージルの夢が学園を出てからも続いた場合、社交界を巻き込むことになる」


 父上がウォルの意見に同意したようで家族での協力を示唆した。


「そうですね。そうなると、母上やティナの協力は不可欠だな。女性にしかわからない世界はあるからね。僕が結婚したらキャサリンにも話すことにしよう」


 兄上も父上と同じ考えのようである。兄上は僕が話していたときから、ずっとメモをとっていて、さらに書きつづた。

 キャサリンさんは、兄上の婚約者で、来月の六月に結婚することになっている。


「そうね。キャサリンちゃんも家族だわ。

バージル。隠さずに相談するんですよ」


 母上はちょっと拗ねた顔を僕にむけた。僕は少し吹き出した。


「バージル兄様。わたくしを仲間外れにしたら許しませんわよ」


 ティナは本当にむくれた顔をしていた。僕は耐えきれずに笑ってしまった。


「ハハ、ティナ、わかったよ。

早速で悪いんだけど、ベラにシンシア嬢の話を簡単にしておいてほしいんだ。何かあればセオドアも協力すると言ってくれているからね。全部を信じてもらう必要はないよ。信じられるわけないし」


「わかりましたわ」 


「ティナ。バージルは明日、私とアレクとともに登城することになっている。ウォルにもそれを伝えて心配するなと言っておいてくれ。クラリッサ嬢にもな」


 父上がティナを見る目はいつも優しい。


「はい。お父様」


「バージル。どちらにせよ、相談が遅かったことは家族としては寂しいぞ」 


 父上は少しだけ厳しい顔をした。


「そうだぞ。まだ、今朝にはお前から話す気持ちがあったって知っているから、こんなもんだけど。もし、あれがなかったら私も父上も自分の頼りなさに泣くところだったんだぞ!」


 兄上の恨みのような目つきに僕はびっくりした。お二人が泣くなんて信じられない。


「すみません。学園のことだけだと思っていたんだ」


 僕は項垂れた。母上が僕の頭を幼い子供にするようにヨシヨシと撫でる。


「バージル。まずは相談することだ。そして、一人でやってみるとお前が決めたら、我々はお前ができるところまでは見守る。いいな」


「はい」


「アレク、ティナ、お前たちもだぞ」


「「はい、父上(お父様)」」


 この後夜遅くまで、どんな夢がどんな結果になったとか、男子生徒たちの浮かれ方がダメだとか笑い話になっていった。


〰️ 〰️ 〰️


 その夜、僕は考えてみたのだけど、コンラッドの『シンシア嬢との記憶がなくなる』のは、ブランドン第一王子が生きていることに関連するのかもしれない。シンシア嬢にとってコンラッドは落としても意味のない人物になったのではないだろうか?

 そう考えると本命はウォルバックだったのかもしれない。


 まあ、どちらも推測の域を出ないし、本当のことを知りたいわけでもないが。

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