第14話 ダリアナと護衛さん
朝。まだ暗いのに無理やり起こされた。着替えもしないままメイドに背を押されて玄関に行く。そして、馬車に押し込まれた。
隣に誰かがいた。
「眠いならそのまま寝てていいわ」
お母様だった。私はそのまま寝た。
「ダリアナ起きなさい。ここで朝食にするわよ」
お母様に起こされた。小さな喫茶店でサンドイッチを食べた。また馬車へ戻る。
「お母様、どこへ行くの?」
「子爵領へ行くのよ。しばらく戻ることにしたの。結婚して半年も顔を出していないでしょう」
お母様のご様子は特にお変わりなく見えた。
「そうなのね。叔父様のお家までどれくらいかかるんだっけ?」
「宿に二回泊まるくらいよ」
お母様との旅はお話も面白くて好きなの。
私達は馬車に揺られて叔父様のお家へ向かった。
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三日目、子爵家のお屋敷がある町に着くと、見知らぬお店に寄った。
「ダリアナも来なさい」
お母様は真面目なお顔だ。どんなお店でもお店に入る時は笑顔でいるのがいつものお母様だったから不思議に思った。
お母様の後についていく。お店の前にはいかにも強そうな人が二人立っていた。その人たちには目もくれずお母様はお店に入る。私は怖くてお母様の袖を握っていた。
「エイダ様。いかがなさいましたか?」
店主さんだろうか? 入店してすぐに、執務机に座る紳士がお母様に親しげに話しかける。その人の両脇にも強そうな人が二人立っていた。部屋の奥にも二人立っている。
「また預けたいものがあるの。出してもらえるかしら」
お母様は平然としている。というより、お母様の顔に表情がなくて、私にはそれが怖い。
「畏まりました。こちらでお待ちください」
丸テーブルにお母様と並んで座る。待っている間にお母様はお話もしてくれないしお顔もそのままだった。
その人は部屋の奥で立っていた人たちの間のドアの鍵を開けて中へと消えた。
さっきの人が肩幅ほどの箱を持って戻ってきた。箱は鎖で縛られていた。お母様がバッグから取り出した鍵で錠前を開ける。鎖をはずし蓋を開けると、指輪やネックレスが見えた。お母様はバッグの中からまた違う指輪やネックレス、金貨を出してその箱に入れた。また鎖と錠前をする。さっきの人が頷いて箱を持ちまた奥へと片付けに行った。
帰ってきたその人にお母様が話しかける。
「私の娘のダリアナよ。この子に限り、鍵がなくともあの箱を受け取る権利を持たせるわ」
「わかりました。今、書類を作りますね」
お母様とは反対で常にニコニコしているこの人もなんだか怖い。顔や体つきは周りに立つ人の方が怖いはずなのに。
私は怖い顔の人に手のひらにインクを塗られて、書類と言われた紙に手形を押させられた。それを紳士な怖い人がニコニコと確認した。
「ダリアナ。ここは大切な物を預かってくれるお店なの。私達の大切な物とは、さっきの箱のことよ。あの箱についていた錠前の鍵は、私とここの店主である彼しか持っていないわ。私にもしものことがあってお金が必要になったら、ここに来てあの箱の中身を使いなさい」
お母様の見たことのない真剣で怖い顔にコクンと頷いた。本当はよくわからなかったけどそうは言えなかった。
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子爵家のお屋敷に着くまでの馬車の中でお母様が言った。
「お兄様はお優しいけどお金にはうるさいの。私達がお金を持っているって知ったら、全部とられちゃうわ。侯爵様からの手切れ金も少ししか渡してないのよ。あとは指輪やネックレスにしてあのお店に預けたの。これは私とダリアナだけの秘密よ」
お店のときよりは柔らかくなったお母様に安心して、コクンと頷いた。少しだけわかった。
子爵家のお屋敷の別宅はまだそのままだった。
叔父様に触ってしまった。頭に浮かんだ叔父様は暗い顔で私たちを見ていた。それからは私たちに向ける叔父様のお顔はいつも暗かった。
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一月後、王都からの使者様という騎士様が私達に会いに来た。
「伯爵様が話し合いの場を持ちたいとのことです。一緒に来ていただきます」
厳しい顔つきの騎士様がお母様と対面していた。
「わかりました。支度をしてきます」
別宅に戻ったお母様はメイドに指示をして、支度をはじめた。
「三日分のワンピースと一日分のドレスで充分よ。あとはここに置いていくわ」
慌ただしく馬車に乗り込み出立する。馬車の中には騎士様が一人いて、私とお母様はお話もあまりできずつまらない旅だった。騎士様はピクリとも笑わない。
騎士様たちと泊まった宿は、伯爵家から子爵家まで帰るときに泊まった宿より小さくて汚かった。お母様はずっと文句を言っていた。
〰️
二日後に到着した王都では、伯爵邸ではなくお城へ連れて来られた。久しぶりのお城にドキドキした。お父様が生きていた時には時々来ていたから、懐かしくも思ったし、こんなんだったかな?とも思った。
お城に入るとすぐにお母様と別々の部屋に入れられた。そこには、小さな机が端に一つ真ん中に一つ。椅子は端に一つ真ん中に二つ。
「奥の椅子に座って」
護衛さんの顔を見た。怖い目で口の端だけあげた笑顔の偽物だ。『座って』は私に言っているみたいだ。知らない人に命令されるのは嫌だったけど偽物笑顔が怖いから、私は言われた席に座った。
私が奥の椅子に座ると向かいの席と端の席に偽物笑顔の護衛さんが座った。その護衛さんは表情が何もなくなっていた。偽物笑顔の方がマシだった。
「嘘をつくと後で君が困ることになるから、正直に答えてね」
また偽物笑顔になった。
私が嘘をつくのか?と不機嫌に思ったけど、たぶん私に言っているみたいだから、一応頷く。
「君はアレクシス・ギャレット小公爵様が襲われることを知ってたそうだね。誰から聞いたんだい?」
護衛さんは目を細めて偽物の笑顔を消して、わけのわからない話を始めた。
「そのアレクシスなんとかって誰?」
「ボブバージル様の兄上殿だよ。知らないわけがないだろう?」
私は小首を傾げて可愛らしく聞いたのに、抑揚のない冷たい返事を返してきた。
「あー、あの人か。それは、誰にも聞いてないわ。私の頭に浮かんできたのよ」
私は自慢した。そんなすごい力は他の人にはないはずだもの。
「嘘は君が困ることになると言ったはずだが?」
「嘘じゃないわよっ! 私、その人に触ると私とどうなるかがわかるのよっ!」
私の自慢の力を嘘だと言われて、私は立ち上がって強く言い返した。護衛さんが目をピクピクさせて怖い。偽物でいいから笑ってほしい。
「いったい何を言っているんだ?」
「だから、人に触るとその人と私のことが頭に浮かぶのっ! そう説明しているでしょう!」
「もう、いい。座れっ!」
興奮して立ち上がってしまった私に護衛さんは命令した。その前の『座って』という口調とは明らかに違っていて私は大人しく座った。
「次だが。アレクシス様が襲われた時、そこに王子殿下がいたことは誰に聞いたんだ?」
「だから、頭に浮かんだのっ! ボブ様と手をつないだら、『二人が死んでボブ様が公爵になって、私に告白する』それが頭に浮かんだのっ! もう! なんなのよっ!」
『バン!』
私はイライラして机を叩いた。護衛さんは、それをさらに目を細めて軽蔑しているみたいに見下ろしてくる。その気持ちが現れたような冷たい言い方をしてきた。
「君のその夢のために誰かに襲わせたんじゃないのか?」
「そんなことしないわよっ!」
私は怒鳴ってしまったが護衛さんはいいことを教えてくれた。私は叔父さんの家に行っていてあのことを確認できなかったんだもの。
「あ、でも、本当に襲われたんだ。ふふふ。もうすぐボブ様は私を迎えに来るのね。やっと彼にもわかってもらえるのね」
「いったい、何を言ってるんだ。じゃあ、俺を触ってみろ」
私は護衛さんを手を触った。
「この部屋で私と話しているわ」
私は浮かんだことを正直に話した。
「は? そんなの見ればわかるだろ?」
護衛さんは鼻で笑った。ホントにムカつく!
「だって、護衛さんと私じゃそれしかないでしょう! 護衛さんは私にそれしか求めてないでしょう!」
「当たり前だっ! そうか、じゃあ、ちょっと待ってろ」
部屋から一度出ていった護衛さんは、同じような格好の人を連れてきた。
「こいつを触ってみろ」
私はその人の腕の触ったが何も浮かばない。手を直接触ったが何も浮かばない。
「何も浮かばないわよ。この人、私に何も求めてないでしょっ!」
私は本当のことを話した。
「もういい」
その人は部屋を出ていき、偽物笑顔の護衛さんが『ガタン』と大きな音をたてて座った。
「じゃあ、伯爵様が奥さんから、『君が選んだから伯爵様と結婚を決めた』と言われたそうだが?」
今度は前のめりになって脅すような視線をしてくる。私は体を反らした。
「ええ、そうよ。私とお母様が幸せになることが頭に浮かんできたの。ボブ様のことも浮かんできたわ」
私はフンと横を向いた。この人の目は怖い。見ていたくない。
「母親の結婚より先に、ボブバージル様を知っていたのか?」
「そうよ。私を迎えに来る夢の王子様だもの」
私はずっと横を向いたままにした。
「まさか、伯爵様の元奥様が亡くなったことも知っているのか?」
「ええ、もちろん知っているわ」
――これは、ダリアナとしては母親に聞いて知っているだけだったのだが、話の成り行きで『前マクナイト伯爵夫人が亡くなることを亡くなる前から知っていた』というように、相手に伝わってしまっていることはダリアナは気がついていない――
「全く、こんなこと、いつから計画していたというんだ……。
話を戻すが、アレクシス様を襲ったやつらとは、どこで知り合ったんだ? お前でなく、雇ったのは母親か?」
『君』ではなく『お前』になっている。護衛さんもイライラしているみたい。だから、私も正面を向いて、護衛さんを睨んでやった。
「そんな人たち知らないわよっ! 襲われるところが頭に浮かんできたって言ってるでしょう!」
「そんなものあるわけないだろうがっ! お前が襲わせたのじゃないなら、誰がやったっていうんだ。
それも、王子殿下がご一緒だったことは、そこにいた奴らしか知らないことなんだよ。うまく逃げたやつから聞いたんだろう?」
「違うわよっ! もう! 話ができる人を呼んでよ」
私は頭を掻きむしって嫌だと伝えた。
「お前とまともな話ができるやつがいるとは思えないな」
『フンッ』と鼻で笑った護衛さんは立ち上がって扉の外にいた人を呼んだ。
「連れていけ」
外にいた人が私の肘を掴んで引っ張る。変な部屋に連れていかれることが浮かんだ。
「変な部屋に閉じ込めるつもりねっ! 今、この人から浮かんできたんだからっ!」
「そんなことはこの状況を見ればわかるだろうが。
あ、それからな。アレクシス様も王子殿下もすこぶるお元気だ。ボブバージル様がお前に会いにくること絶対にない」
私がびっくりして護衛さんの顔を見ると護衛さんは本物の笑顔になっていた。本物の私を馬馬鹿にしたような笑顔。
「それともう一つ。俺たちは護衛じゃない。王宮近衛騎士団だ。それが読めていれば、少しは信じたがな」
その護衛さんはニヤリと今度は嫌味の笑顔をしていた。
「死んでない? それってどういうことよっ! ねぇ! ちょっとっ!」
私は暴れてみたけど、護衛さんの力には勝てなかった。
私の質問は無視されたまま、引きずられて部屋に閉じ込められた。昨日泊まった宿屋程度の部屋だった。
夕食はパンと水。朝食もパンと水。昼食もパンと水。
そうやって、その部屋に二日泊まった。そしてある朝外に出された。三日も着替えていない。気持ち悪い。
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