第13話 ダリアナの王子様

 ボブバージル様とお会いできたのはよかったのだけれど、三人でのお茶はとってもつまらなかった。お義姉様ったらまたいつものつまらない話ばかりするの。ボブバージル様はお義姉様のお話にお付き合いなさってるけど、きっと嫌な気分になっているわ。


 そう考えていたら、お母様から救いの手が入った。


 「はじめまして、ボブバージル様。ダリアナの母でございます」


 お母様の美しいカーテシー。年齢は関係なくこれに見惚れない男はいない。

 私も早く身につけたい。


「クラリッサ。少しお話があるの。お部屋にいらっしゃってもらえるかしら?」


「え?」


 お義姉様はびっくりなさっているが、これは私とお母様で決めていたことなの。


「クララ。構わないよ。僕はそろそろ失礼しよう」


「いえ、お時間はかかりませんわ。

そうだわっ! ダリアナ。ボブバージル様のお相手をしっかりしてちょうだいな」


「わかりましたわ、お母様。ボブバージル様、お庭へ参りましょう」


「あ、ああ……。

クララ。待ってるよ。後で二人で話をしよう」


「ジル。……わかったわ。後でね」


 お母様の手助けのおかげで、私はやっと王子様と二人になれた。


 ボブバージル様と二人でお散歩に行く。私は楽しい話をたくさんした。私が庭師にやらせた庭をみてもらう。


「このお花はわたくしが植えさせたのですよ。お義姉様は全くお庭に興味がないようですの。淑女らしくありませんでしょう?

ですから、わたくしのお庭にしようと思いますのよ。きっと、ボブバージル様にもお気に召していただけるわ」


 私は楽しくてしょうがない。こんな素敵な人と歩けるなんてドキドキしちゃうわ。

 ボブバージル様が少しよろめいた。


「まあ、ボブバージル様。お疲れですの? お義姉様のお話って難しいことばかりで、疲れてしまいますわよね。わたくしのお話ならきっと楽しんでもらえますわ。ふふふ」


 私は東屋に連れて行って休んでもらうことにした。でも、ボブバージル様はなかなか触らせてくれない。


「大丈夫ですか?」


 私はやっとボブバージル様の手を握りしめた。すると、今までにないほど、鮮明に未来が浮かんできた。私とボブバージル様がお茶をしたりお散歩したりしている。私はいつも楽しそうだ。


 しかし、ボブバージル様は本当に具合が悪いようで、ご自分の右目を覆うように手を添えていた。


〰️ 〰️ 〰️



 その日から、ボブバージル様がいらっしゃった時にはお母様と協力してできるだけ私とボブバージル様が二人で過ごせるようにした。すでに執事もメイドも私達の言うことを聞く者ばかりになっていたので協力者には事欠かなかった。子爵家の別宅にいたメイドも何人かいた。


 お義姉様にはボブバージル様が私に一目惚れしたところを見られていたし、誰が見ても私とボブバージル様がお似合いなのはわかりきっていることだ。だから、お義姉様にはっきりそれをわかってもらうために、お母様と二人でお義姉様を毎日説得した。だって、不細工なお義姉様より美しい私の方がボブバージル様は幸せになるに決まっているもの。


 お義姉様は自覚が足りないの。だから、私がお義姉様のお部屋に行って教えてあげるの。お義姉様のクローゼットからキレイなドレスを見つけてお義姉様を鏡の前に私と一緒に立たせる。そして、どちらがそのドレスに似合うのかをお義姉様に言ってもらうのよ。そうやって、ネックレスも、指輪も、お義姉様と私を比べてお義姉様がどれだけ不細工なのかを教えてあげる。

 もちろん、教えた料金はいただくわ。たいていは、そのドレスだったり、そのネックレスであることが多いわね。ドレスもネックレスも、不細工なお義姉様を引き立てるより私を引き立てる方が幸せだもの!



〰️ 〰️ 〰️



 でも、ボブバージル様と運命の出逢いをしてから二ヶ月。ボブバージル様は諦めないお義姉様に嫌気がして伯爵邸にいらしてくれなくなった。そして、ボブバージル様はお義姉様を説得するために公爵邸にお義姉様を呼び出した。


「お義姉様の説得は私とお母様がしてるから大丈夫なのに。私が公爵邸へ行って、ボブバージル様を安心させてあげなくちゃ!」


 そして、私は約束の日に公爵邸へ伺った。


「こんにちは。ボブバージル様っ!

お義姉様は急に具合が悪くなってしまって、来られなくなりましたの」


 お義姉様は私達が説得して納得してもらったがショックだったらしく寝込んでいる。それくらいはしかたがない。


「それなら、今からお見舞いに伺うことにするよ。まだ明るい時間だし、大丈夫だよね?」


 私はびっくりして引き止めた。それにしても、ボブバージル様は本当にお優しいのね。あんなにつまらないお義姉様の心配を本気でしているような顔をしていた。


「お義姉様はボブバージル様に心配をかけたくないからと、わたくしを寄越したのですわ。ボブバージル様が我が家に行かれてしまったら、お義姉様のお気持ちを無駄になさることになりますわ」


 お母様からそう聞いている。


「そうか、そこまでいうなら、訪問は諦めよう。伝言ありがとう。お帰りいただいて結構だよ」


 ふふふ。ボブ様は照れ屋で困っちゃうわ。私からはっきり言ってあげないとだめね。


「もう、真面目さんねっ!

ここにはお義姉様はいないのよ。あなたの気持ちを隠さなくていいの」


 私の頭にはボブバージル様の本当の気持ちが鮮明に浮かんで来ていた。ボブバージル様は心の中では私を『天使』って呼んでいるのよ。ふふふ。


「初めて会ったあの時、わたくしを見てあまりの美しさに驚かれたのでしょう?

あの時のボブ様ったらとても可愛らしかったわぁ。すぐにわたくしに一目惚れしたのだとわかりましたもの。

わたくしも一目見たときから、ボブ様のことをステキだなって思いましたのよ。

わたくしたちは惹かれ合っているのです」


 私の気持ちもちゃんと伝えた。私はボブバージル様の心が浮かぶけど、これは私だけの力ですもの。ボブバージル様には言葉で伝えなくっちゃ!


「やっとお義姉様の目のないところで二人になれたのです。ボブ様のお部屋へ行きたいわぁ。お部屋からはメイドにも出ていっていただきましょうね。

本当の二人きりになるのよ」


 そうしてボブバージル様の手を握るとまたしても、鮮明にいろいろと浮かんできたの。


 これって! これって! すごいわっ!


 残念ながら、ボブ様の具合が悪いらしく私は帰らなければいけなくなったのだけど、私としてもさっき浮かんだことがわかりきれなくて戸惑っていたので丁度よかった。


 家に帰るとすぐにお母様の部屋へと駆け込む。お母様はメイドも下げさせた。


「こんなに早く帰ってきてしまって。一体、どうしたの?」


 お母様はいつも協力してくれるので訝しんだ顔をしていた。


「ボブ様の具合が悪いらしくて倒れてしまわれたの」


 私は口を尖らせた。私のせいではないものっ!


「そう。それなら仕方ないわね」


「それより、お母様っ! 大変なの。私、すごいこと知っちゃったわ」


 私は興奮してお母様のドレスの袖を引っ張った。


「どうしたの?」


 お母様は渋顔で袖を引っ張っる私の手をパチリと叩いた。着崩れとかはすごく気にする人なの。だからいつもキレイなんだろうけど。


「もうすぐボブ様のお兄様とこの国の王子様が死んでしまうのよ。そうすると、ボブ様が公爵になるの。そして、私と結婚するのよ。お義姉様には伯爵家が残るからそれでいいわね」


「どうしてそこまでわかるの?」


 お母様は目を見開いた。やっと私の話に耳を傾けてくれた。


「えー? ボブ様の手を引っ張ろうとして握ったらはっきり浮かんできたのよ」


 私は自慢した。こんなことできるのは私だけだもの。


「なるほど。今までは服の上からだったものね。直に触ると浮かぶ内容も詳しくなるのかもしれないわね」


 お母様は口の端を片方だけあげて意地悪な魔女みたいな顔だった。お母様がお金のことを考えているときによくする顔だ。でも、何を言っているのかわからない。


「あまり、難しく言わないで」


「そうね。ごめんなさいね。とにかくあなたはボブ様と仲良くおなりなさい。協力してあげるから。わかった?」


 お母様は私の頭をなでてくれた。


「ふふふん! もちろんそのつもりよっ!」


 私は胸を張ったわ。


〰️ 〰️ 


 それから、ちょっと時間はかかったけど、お母様がお義父様に頼んだらしく、ボブ様が我が家に来ることになった。


 だけど、ボブ様はなぜかすぐに怒り出して出ていってしまった。そして、しばらくしたらメイドが駆け込んできた。


「ボブバージル様が! クラリッサ様のお部屋を開けようとなさっております」


「ダリアナ。あなたはここにいなさいっ」


 お母様がとても怖い顔をしていた。私は素直に頷いた。


 応接室で待っているとお母様が戻ってきた。


「今のところ、ボブ様はクラリッサのところに行っているわ。ボブ様のお兄様が死なないと、ダリアナが必要だってことがわからないのかもしれないわね。

ダリアナ。ボブ様が帰るまで部屋に戻っていなさい」


「はぁい」


 お母様は私が拗ねてることもわからないみたい。今までこんなことのはなかった。でも、わがままを言い過ぎるのはよくないことはわかっているから部屋に戻った。


 私は何もわからないまま部屋でベッドに寝ていた。少ししたら、廊下に人の声がする。ボブ様だった。ボブ様の声を聞いたらなんかムカついてきた。私は廊下に出る。


「美しいわたくしがあなたを選んであげたのに、あなたは何が不満なの?」


 私は苛立って聞いた。


「君が美しいだって? ハッハッハっ! 冗談は止めてもらいたいな。君のような欲望を丸出しの女性を美しいなんて、僕には思えないね。

ああ、安心してくれ。クララの可愛らしさも君にわかってもらおうとは思っていないよ」


 私を絶対に馬鹿にしている、許せないっ!


「はぁ? クラリッサが可愛らしいですって? あなた目が見えないの? あんな不細工が可愛らしいわけないじゃない!」


「もしかして、それをクララに口にしたのかい?」


 どうして、この男には私の価値とクラリッサの価値の違いがわからないのだろうか?


「そうよ。わたくしとお母様とで、しっかりと教えてあげたのよ。とっても簡単だったわ。鏡の前で隣に並んで『不細工なのね』ってつぶやくだけ。フッハハハ! 最初こそ何を言われてるかわからなかったみたいだけど、この頃は鏡の前にも立たないわ。あれが表に出るなんて伯爵家の恥ね」


「価値観の違いというのは恐ろしいね。とにかく、僕は君には興味がないし、今後近寄りたいとも思わないよ。今までもそう伝えてきたつもりだったけど、君には態度で示しても通用しないようだからね」


 また、私を馬鹿にした!


「ふんっ!本当にバカな男ね。私と結婚すれば公爵になれたのにっ!」


 本当にバカな男。こんなに親切に導いてあげているのにっ!


「君は一体何を言っているのかな?――

全く理解ができないよ。僕はクララと一緒にここを継ぐんだよ。

あ〜、そうだなぁ。その時君らにはここにいてほしくないな。後で君たちを監禁できるような領地の屋敷を確認しておこう」


 はあ? ここからいなくなるのは、あなたと私なのよ? どうして、わからないのかしら?


「そう、それにね。公爵は兄上が継ぐんだ。それなのに、君が僕を狙う意味がわからないなぁ? 君にはここを継ぐ権利はないはずだ。そして、僕にも爵位はない。君は何が狙いなんだい?」


 もう、私が見た未来を、はっきり言うしかないわねっ!


「ふんっ! だ、か、ら、そのお兄様がもうすぐ死ぬのよ。死んだらあんたは公爵を継がなきゃなんないでしょう? そして、クラリッサは伯爵を継がなきゃなんない。あんたらは絶対に上手く行かないのよっ」


 ボブ様は、やっと黙って私の話を聞くようになった。


「ハハ その時まで待ってあげるわ。頭を下げてわたくしを乞うなら許してあげる。わたくしの寛大さに、あんたは、わたくしを一生崇め奉るのよ」


「そんな日は一生来ないよ」


 こんなに説明したのにまだわからないのっ!?

 私は反対を向いて部屋に戻った。そして、ベッドに飛び込んだ。あんなふうに言われるなんて悔しくて悔しくて涙が出た。

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