第12話 ダリアナの昔話

 私はダリアナ・オールポッド元侯爵令嬢。今は、ダリアナ・ゲラティル子爵令嬢よ。


 私の父親である侯爵は私が七歳の時に病気で死んだわ。

 私はその日、不思議な力に目覚めたの。その人に触れると私との未来が見えるようになった。でも近い未来だけなんだけど。


 初めてのそれを感じたのは、お父様の実の弟である叔父様に触れた時だった。お父様の葬儀が終わるとすぐに、お祖父様がお母様と叔父様に命令したの。


『一年後に再婚しろ、エイダ。トリスタンの子を産め。次は男だ』


 叔父様は二人がけのソファーに座る私とお母様の後ろにまわり私達の肩に手をかけてきた。


『これから、仲良くやっていこう』


 その時だったの。


 私の頭の中にとてつもなくショッキングなことが浮かんできたのよ。私は叔父様の手を払いのけて部屋へとかけ戻ったわ。お母様はすぐに追いかけてきてくれた。


「ダリアナ、いったいどうしたの? 叔父様のことがそんなに嫌いなの?」


「違うの、違うのよっ! お母様! わたくし、叔父様が怖いわ」


 私はエイダお母様に頭に浮かんだことを話した。


「そんなこと起こるはずないじゃないの。大丈夫よ。お父様がお亡くなりになってショックを受けているのね。

そうね。じゃあ、お母様と一緒に寝ましょうか。トリスタン様との再婚も一年後だと言っているし、それまではお父様が安らかにお眠りになることを祈りましょうね」


 少しだけあきれた様子だったお母様。それでも、その日から私と一緒のベッドで寝てくださったの。


 それから一週間後、その悪夢はやってきたわ。


 ある日の夜中、私は何かに触られていた。気持ち悪くて思わず声をあげようとしたら、口を手で塞がれた。そして、寝間着の中に手が伸びる。私は口を塞ぐ手を思いっきり噛んだ。


「ぐわっ!」


「きゃーー!」


 隣に寝ていたお母様が飛び起きる。


「トリスタン様! 何をなさっているのですかっ! その手はなんですのっ! ダリアナを離してくださいませっ!」


 お母様が侯爵夫人らしからぬ大声で怒鳴った。

 叔父様の手は私の寝間着の中に入ったままだった。


 それから執事もメイドもすぐに来た。お祖父様も起こされたようで、後から駆けつける。


 七歳の私のベッドは、四人から五人寝れそうなくらい広いものだった。私はお父様が病気になる前は、その広いベッドでお父様とお母様と三人で寝ることも多かったのだ。


「十歳になったらベッドを小さくしましょうね。お姉さんベッドにするのよ」


 お母様とそんな約束をしていた。


 お父様が生きていらした頃にはこの館に近寄らなかった叔父様はそれも知らず、大きなベッドなので私の隣でお母様が寝ていることをわからなかったようだ。


 朝になりお祖父様からお話があった。


「トリスタンがすまなかった。だが、今のワシにはトリスタンしか残っておらん。手切れ金は弾む。悪いが黙って手を引いてくれ」


 お祖父様は大変古い考えで『男』しか認めないような人だった。孫であるわたくしさえも認めてくださらなかった。


 私とお母様はお父様が亡くなって一月もしないのに、お母様の実家であるゲラティル子爵家に大金を持って帰ることになる。


 すでにお母様の兄である伯父様が子爵を継ぎ、奥様もいた。奥様は妊娠中だった。私達にはお祖父様たちが使っていた別宅があてがわれ、お祖父様とお祖母様はよい機会だと言って領地の端にある別荘地へ引っ越して行った。


 後から知ったことだが、お母様はこの時、子爵である叔父様に手切れ金の中のほんの少し、そう普通の手切れ金程度のお金を渡したそうだ。


 別宅での生活を始めた私とお母様はメイドにも内緒で私の不思議な力について調べてみた。

 どうやら、私の心が動かされそうなことしか浮かばないのではないかと思われた。

 例えば、子爵の叔父様に触れると私やお母様、義叔母様と笑って食事をしている姿が浮かぶ。しかし、メイドや執事に触っても特に何も浮かばないのだ。

 あと、お母様にはなぜか何も浮かばなかった。お母様は『きっとあなたと一心同体なのよ』と言っていた。なるほど。


 私は町にある初等学校へ通った。それもあって、田舎町娘の言葉も侯爵令嬢の言葉も使えるようになる。もちろん、普段は町娘の言葉だ。ご令嬢言葉は面倒くさい。


 普通に触られても何も浮かばないが、時々、私が虐められることが浮かび、その子からは逃げたり、その場所へ行かないようにしたりした。便利な能力だ。


 でも、たまたま男の先生に触ってしまった時、侯爵の叔父様のようなことが浮かんだ。これにはさすがに泣いてしまい、お母様の判断で私は学校を辞めて女性家庭教師をつけてもらうことになった。


 お父様が亡くなってお母様は再婚の気持ちもないみたい。たまに、外に出かけると次の日に帰ってくることもあった。


 しかし三年が過ぎた頃、子爵の叔父様がお母様に命令した。


「再婚しろ。でなければ、お前が働くなりするんだな。私の秘書でもかわまん。とにかく、これ以上ただ飯を食わせていく余裕はない」


 今まで働いたことがないお母様がいくら兄とはいえ子爵の秘書などできるわけもなく、お母様は叔父様からの見合いの話を受け入れた。そして、結婚が決まるまでの間は乳離れした従姉弟の乳母をすることになった。叔父様は乳母を雇う金が私達の生活費だと言っている。


 そのお金で家庭教師など雇えるはずもなく、十歳から自分で本を読むことくらいしかできなくなった。お母様は朝から本館へ行ってしまうので一人で読める本を読んだり庭で遊んだりした。


 時々、お母様が私に男の人を会わせに来る。そうすると、私はわざと近くに行って相手が私に触るように仕向けると頭にその人とのことが浮かぶ。だがいつも、お母様が泣いていたり、私が泣いていたり、私がいやなことをされたりすることばかり浮かんできた。子爵の叔父様の時のように、私達が笑って食事をしている姿は浮かんでこなかった。私はこの頃には自分がお母様に似て美しいのだとわかっていた。


 そんなとき、とても優しそうな男の人が紹介された。私がその人に触れるとその人と私くらいの女の子と私達4人で笑っている姿が浮かんだ。

 とてもステキな男の子の姿も浮かんだ。まるで夢みたい! 彼は私の王子様だわ。私は直感的に感じた。

 夜になりお母様に今日浮かんだことを話した。すると、あっという間にお母様の再婚が決まり、私は伯爵令嬢になることになった。私は十二歳になっていた。


 新しいお義父様とお義姉様はとても優しい人たちだった。あの時見たような笑顔でお茶をする私達。でも、お義父様はあまりスキンシップをとる方ではなかったので、次の私達の姿を浮かばせることができないでいた。


 それにしても、優しいお二人ではあるけれど話が全く楽しくない。いつも難しい話ばかりだった。十二歳の今日まで九歳の絵本を読んでいた私には二人が何の話をしているのかさっぱりわからなかった。お母様にそれを言ったらお母様もわからないと言っていた。

 一月たっても私の夢の王子様は現れなかった。


 お義姉様の元には婚約者だという男の子がいつも来ている。あんなつまらない話をするお義姉様にこんなに会いにくる男の子には全く興味がわかなかった。それも、毎回応接室か図書室かつまらないお義姉様のお部屋だなんて。二人とも頭がおかしいのだと思った。


 そんなある日、二階の階段から偶然その男の子が帰るところを見かけた。なんと、私の夢の王子様だった。お母様にすぐに相談して、次に来たときにはお義姉様に紹介してもらおうと決めた。


〰️ 〰️ 〰️


 その日はすぐにやってきた。メイドはお母様の指示で二人を温室へ行かせた。

 逢瀬なのよ。温室やサロンの方がいいに決まってるわ。私は私に一番似合うドレスを着て、温室へ向かった。元はお義姉様のドレスなのだけど私の方が似合うからドレスも喜んでいる。


「お義姉様。こちらにいらっしゃいましたの?」


 お義姉様に私一番の笑顔で声をかける。私の声で振り向いた王子様はすごく驚いたようで、急に立ち上がった。


 私の美しさにびっくりしてるのだわ。これが私達の運命の出逢いになるのよ。


「ふふふふ」


 王子様のあまりの素直な行動に嬉しくなった。


 お義姉様はすぐに私を紹介してくれた。


「ジル。先日お義母様と義妹ができたって言ったでしょう。彼女がわたくしの義妹のダリアナよ。

ダリアナ。わたくしの婚約者のボブバージル様よ」


「はじめまして。伯爵家が次女ダリアナでございます。わたくしもジル様とお呼びしてもよろしくて?」


 私はとびきりの笑顔で挨拶をした後、小首を傾げてお願いした。これで落ちない男の子は今まで一人もいない。


「ギャレット公爵家次男のボブバージルだ。ジル呼びはクララにしか許していない。ご遠慮願いたい」


 現実の王子様は照れて拗ねているボブバージル様。とてもかわいいわ。ボブバージル様にとっても、今はまだお義姉様を立てておくべき時ですものね。

 

「そうですのね。わかりましたわ。

わたくしもお茶をご一緒してよろしいかしら?」

 

 ボブバージル様はすっと立ち上がって私が座る椅子を引いてくれた。さすがに公爵令息様っ! ステキだわ。


「どうぞ」


 こうして、現実の王子様を紹介されて三人でお茶をすることになった。

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