第11話 十三歳の悪夢

 二人で父上の執務室に向かった。

 父上はすぐに話を聞いてくれることになった。執務室のソファーで父上の向かい側に兄上と僕が座る。


「二人でどうしたのだ?」


「今回のことで、少し……」


 兄上が父上にここまでのことを話した。


「なるほどな。まず、なぜバージルが疑われるのかを説明せねば、バージルは考えの出どころを言わないだろうな」


「わかりました。バージル、私がお前を疑うことはないよ。それは頭に入れておいてほしい」


 兄上が必死に見えたので僕は頷いた。


「ただ、ただな。お前が護衛を増やせと言ったということを誰かが聞いたら、歪曲してとる者もいるかもしれないって話だよ」


 兄上は僕の方に膝を向け僕の肩に手を置き、一生懸命に誤解なく言おうとしている。

 だけど、僕には全く理解できない。


「兄上。それがどういうことかわからないと言っているのです」


 僕も兄上の必死さは伝わってくるので、先程のようには声を荒げたりはしなかった。


「さっきも言ったけど、第二王子が第一王子の命を狙っているという噂がある。そして、お前は第二王子と同い年だ。第二王子が王太子となればお前は側近となるだろう」


 兄上は諭すように話す。僕は更に理解できない内容に目をパチパチさせた。


「そんなっ! 考えたこともありませんよっ??? それに、側近になったら何なのですか???」


「そうだよな。バージルがそんな考えでないことは、家族の私達にはわかる。でもな……側近は外から見たら魅力的な地位だ……」


 兄上は膝の上にひじを置き手を組んで項垂れた。


「魅力的?」


「そうだ。外から見れば、な。王族に関われておいしい思いができるとでも思っているやつは貴族にもまだいる。

バージル。お前は、父上が楽をしておいしい仕事をしていると思うか?」


 僕は父上の顔を確認した。そして、ブンブンと顔を振った。


「父上はいっつも疲れているし、急に呼び出されて慌ててることも多いし、目の下のクマは消えていたことがないし。

それって、家族との時間も少ないってことだし。僕はもっとクララと一緒がいいなって」


 僕の考えていた父上の姿を言ったら、父上も膝の上にひじを置き手を組んで項垂れてしまった。


「そ、そうか。私はそんなに働いているのか……。早く陛下には引退していただこう……。もっと家族と一緒にいたいし、な」


 兄上がガバリと顔を上げて、父上に縋る。


「父上! 勘弁してください! ブランドンはまだ王太子にもなってないのに!

ブランドンのやる気を抑えることがどれだけ大変か! 私たちはまだ学園に入ったばかりだというのに!」


「ほぉ! そうかブランドン殿下はやる気ありなのかっ! うんうん、それなら、是非、できることからやらせてみよう!」


「とにかくっ! 今はバージルの話ですよ、父上!」


 嬉々とする父上とがっくりする兄上を交互に観察しながら思ったことを、口にした。


「僕はやっぱり側近なんてなりたくないっ! 尚更護衛を増やせとは言わないでしょう」


「それはな、戦力に自信があり自分に疑いを持たれたないためだと考えるひねくれ者がいるんだよ。たまたまこちらの戦力が上だったけど、殺すつもりだったんだろう、とか、な」


 兄上は呆れたようにため息をつき、説明してくれた。兄上にはそのひねくれ者の顔が浮かんでいるのかもしれない。

 そして、父上を見ると苦笑いをしているので、父上にもそのひねくれ者の顔が浮かんでいるのだろう。


「ところで、なぜ、私が帰ってくることがお前のためになるのだ?」


「僕はこの公爵家を継ぎたくないんです。クララと伯爵家を継ぎたいのです。昨日もクララとそう話してきました。僕が公爵家、クララが伯爵家。それぞれの跡継ぎになるのは嫌なんです」


 父上と兄上が目をまんまるにして僕を凝視した。それから吹き出した。


「プッ! ハーハッハ! すごいな、バージルは!」


「ハーハッハ! そうか、クラリッサ嬢のためか。ハハハっ! バージル、大切なものがあるのはよいことだ」


「父上! 兄上! 笑い事ではないです! もちろん、兄上のことも大切ですよ。だから、兄上が公爵になってくれて、僕が伯爵家に行くことが一番幸せなんです!」


「ハハ。そうか、わかった。でも、学園に入れば第二王子と接点ができる。へんな噂には気をつけるんだよ」


 父上が僕の目をまっすぐに見て言った。 


「はい、父上。わかりました」


「バージル。で、どうして私に増員を指摘できたんだ?」


 僕は父上と兄上にはきちんと話すことにした。


「信じなくてもいいので、笑わないでくださいね」


 僕は見た悪夢について、そして、ダリアナ嬢に言われたことについてを二人に説明した。護衛もそれを見聞きしていることも。


「そうか、他に悪夢は見ているのか?」


「いえ、兄上が帰って来なかったときの夢なので、続かないと思います」


「バージル。私はお前を信じているよ。だから周りの言葉に惑わされるなよ」


 兄上が僕の肩に手を乗せて真剣な眼差しをぶつけてきた。


「はい、兄上」


「よし、そうか、わかった。バージル。もし、またダリアナ嬢の夢を見たら教えてくれ」


「はい。そうします」


「バージルは、もうさがっていいよ。アレク、父上様―前国王陛下―の報告を頼む」


 僕は一人で執務室を出た。


〰️ 


 バージルが父親公爵の書斎を出ると、公爵とアレクシスは顔を近づけて小声になった。


「アレク、バージルの話をどう見る?」


「なんとも曖昧ですよね。とにかく、そのダリアナとかいう娘のことは調べた方がよさそうですね」


 アレクシスは目を細めて思案している。


「そうだな。お前の死を予言か。いい気分にはならんな」


 公爵も眉根を寄せて不快感を表した。


「はい。

それにしても、バージルは公爵になれば、伯爵を吸収できるって知らないみたいですね」


「ああ、ギャレット家もマクナイト家も継げるということか。もし、知っていたとしても、それだと一時的にしても、マクナイトの名前はなくなるからな。あまりいいことではない。いくら優秀でも離れた領地を統べることは難しいしな」


「そうですね」


「それにだ、バージルも私も、家族はお前の死を誰も望んでいない。それはわかっているな」


 公爵は正面に座るアレクシスの肩を叩いた。


「もちろんです。バージルがクラリッサ嬢からもらった大切な辞書をかけてまで、私の帰りを望んでくれたのは、わかっていますよ。そこまで言われなかったら、護衛たちに相談しなかったかもしれない。それだけ、バージルは私のことを考えてくれたってことですからね」


「そうだな。バージルはお前にとって優しい弟だ」


 二人の成長を思い、公爵は目を瞑って懐かしんでいた。


「だからこそ、ですよ、父上!バージルには下手な波にのまれてほしくない」


「そうだな。私もわざとバージルと第二王子を側に行かせないでいるのだが、学園に入ればそうはいかない。バージルにもそろそろその辺りを説明していくべきなのかもしれんな」


「側室様のまわりはどうなのですか?」


「側室様より、そのご実家だな。権力がお好きなようだ」


 公爵は両手を広げてあきれているという表情をした。


「父上。僕はブランドンの側にいるのでわからないのですが、ブランドン第一王子とコンラッド第二王子、どちらが優秀なのですか?」


「どちらも大変優秀であられるよ。だからこそ、私は第一王子がお継ぎになることが順当であるし、世の乱れも少なくなるのだと思う」


「父上もそう考えて臣下になられたのですか?」


「そうだな。兄上と私では得意分野が違っていたからな。『王様』らしいのは、間違いなく、兄上だったな」


「そう考えると、側室様のご実家の心配より、まずは第二王子のお考えを聞いた方がいいかもしれませんよ」


「そうだな。兄上―国王陛下―にはそのように進言しよう」


〰️ 〰️ 〰️


 翌朝、あの日クララを助けることを協力してくれた護衛が、父上と兄上に呼ばれているところを見かけた。僕の言葉を裏付けるためだろう。父上と兄上は僕の言葉を信じてくれるが、そうでない者もいるので、何かのときのために裏付けすることはとても大切だ。


 十三歳の悪夢はこれで終わりになった。あれ以来、僕がダリアナ嬢に会うことはなかった。

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