第16話 エイダの策略

 主人の葬儀が済むとお義父様が命令してきた。


「一年後に再婚しろ。エイダ。トリスタンの子を産め。次は男だ」


 トリスタン様は死んだ主人の弟だ。


 お義父様は怒鳴りはしないが、反論は許さない迫力がある。さすがは元侯爵というところか。主人のことをとても大切にしていたのは、よくわかっていた。なのに、主人は子爵令嬢の私を選んだ挙げ句に早死した。


 ざまあみろっ! このジジイことお義父様のことははじめから嫌いだった。嫁と認めてもらえたことなんて一度もない。

 それなのに、私に向かって次男と結婚しろとは笑ってしまう。見栄も一流なのだろう。嫁と孫を捨てるわけにはいかないようだ。


 それにしても『ダリアナに婿』ではないのか? まさかジジイはダリアナが主人の子供でないことを知っているのかしら?

 でも、弟に嫁ぎ直すなんてよくあることよ。バリーでないなら誰だって同じだわ。早く息子を産んでここを出ていくのよ。


 そう思っていたのに、ダリアナがトリスタン様を嫌がった。それもトリスタン様に襲われるといって泣き出す始末だった。ダリアナは確かに私とバリーに似ていて美しい娘だわ。だからって七歳よ。ありえないわ。


 ダリアナを納得させるために一緒に寝ることにした。今までも度々一緒に寝ていたから問題ない。

 それにトリスタン様との結婚は一年後だもの。その前にトリスタン様とそういう関係になるつもりはないから丁度良かった。


 だけど、そのまさかが起きたのよ。


 おかげでジジイからたくさんの手切れ金をもらってゲラティル子爵領へ戻ることになったわ。

 侯爵家とは何の関係もなくなるとは言われたけど、ダリアナは侯爵家の娘なのよ。いざとなったらねじ込むわ。


 実家では普通より多めの手切れ金の金額をお兄様に渡したら、お兄様ったら大喜びでお父様お母様を田舎の別荘地に送ってしまった。私としては父母二人にうるさくされるより、ダリアナと二人っきりの方がいいに決まってるのよね。


 翌日には、貸金庫屋へ行ってお金になるものを隠した。侯爵家に嫁に行ってから、帰って来るたびに隠してきたからすごく増えていた。死んだ主人は、指輪もネックレスもほしいと言えばすぐに買ってくれたし、教会に寄付するために売ったと言えばすぐに新しい物を買ってくれた。


 貸金庫屋の帰りにはバリーの店に寄る。私が行けばバリーの店はその日は閉店。バリーは小さな商店をやっている。お金が足りない時は助けてあげる。


〰️ 


 バリーに会ったのは私が十五の頃。それはもう運命の人だったわ。


 十七歳で私が侯爵家に嫁ぐことになった。『侯爵様が私に一目惚れらしいけど、私はマナーもいい加減なのにいいのかしら?』とは思った。

 でも、それより悲しいのはバリーとの別れ。だから、私はバリーに抱いてもらったの。ダリアナはその時の子供よ。一週間後には侯爵様との初夜だったから、何の問題も起きなかったわ。


 それから、主人が死ぬまでバリーとはそういうことはしなかった。時々、実家に帰ってきてはお茶をするだけ。だって、主人は一応優しかったし贅沢はできたし。男の子ができるまでの我慢だと思ったの。


 不思議なことに七年かけても主人との子供はできなかった。今は思えば、バリーと子供を作ればよかったわ。男の子なら侯爵になれたのに。


 マナーのできない私は嫁いですぐに社交はしなくなった。

 初日にイジメられたのよ。十七歳の私には耐えられなかった。ダリアナを自分で育てたいと言い訳をしたら主人はすぐに納得してくれたわ。それに主人は私に一目惚れするくらいだから、私が外に出たがらないことは喜んだ。


 家にしかいなくても、『あなたのためにキレイでいたい』と言えば、ドレスやアクセサリーは買いたい放題だった。

 

 主人が死んで侯爵家を出されたおかげでバリーと自由に会えるようになった私は、十七歳に戻った気持ちで楽しんだ。


〰️ 


 でも、三年ほどしたら、ケチンボお兄様が黙っていなかったの。


「再婚しろ。でなければ、お前が働くなりするんだな。私の秘書でもかわまん。とにかく、これ以上、ただ飯を食わせていく余裕はない」


 本当はバリーと結婚したいけど、侯爵家の娘になっているダリアナをお嫁に出すまでは、私が平民になるわけにはいかないの。


 お義姉様の子供の面倒を見ながら、見合いをすることにした。嫌な相手は一回目で断った。二回目に会ってもいいわと思った男には、二回目にはダリアナに会わせた。ダリアナが全くいい顔をしない。私はトリスタン様のことでダリアナの力は信じているから、辛抱して乳母を続けた。バリーと会える回数は減ったけど、それもダリアナをお嫁に出すまでの我慢だわ。


 そして、紳士的なマクナイト伯爵様にお会いした。ダリアナから合格を言われた時には、やっぱりだと思った。さらにそこでダリアナの王子様にも会うという。


 マクナイト伯爵様には白い結婚を約束させられたけど、そんなの後でどうにでもなるわ。私の魅力さえあれば大丈夫だって私は思っていたわ。


〰️ 


 マクナイト伯爵邸に行ってみると、ダリアナの言った通り、旦那様も義娘も優しい人たちで笑顔で過ごすことができた。


 旦那様のお仕事が図書館の館長だそうで、旦那様と義娘はこ難しい話が好きだった。でも、私はダリアナとお話していれば笑っていられたので、笑顔の絶えない家ではあった。


 結婚して一週間しても二週間しても旦那様は私に手を出してこない。大きなベッドとはいえ、同じベッドで寝ているのに。私は侯爵家のことがあったから、余計に男の子が産みたかった。この家が私の子供のものになれば、私はバリーと一緒になってもその子供に助けてもらえるだろう。

 シビレを切らして私から誘いをかけた。完全に拒否された。三回ほど試したが全くダメだった。

 その頃には、使用人の半分が私の言うことを聞く者だったので、いざとなったら、媚薬でも飲ませるつもりだった。



〰️ 


 そんなことを考えていたら、ダリアナがマクナイト伯爵様に触れた時に見た運命の王子様を見つけたという。それは、クラリッサの婚約者で公爵家の息子だった。私は無理に旦那様を誘惑するより、味方にしてボブバージル様とダリアナを結びつけることを優先させることにした。


 それからは、ボブ様が来た時には、クラリッサと私でお茶をするようにしたり、クラリッサと市井のケーキ屋に出かけたり、洋品店に行ったりして、ダリアナとボブ様を二人にするようにした。


 洋品店ではクラリッサに己の不細工さを認めさせ、ボブ様を諦めさせるために服を選ぶフリをして私と並んで鏡に映る自分を見せたりした。もちろん、ことあるごとに『あなたは不細工なのだから、本を読むだけでなく刺繍やお花ができなくてはダメよ』と話して聞かせたし、『公爵家と関わったら、夜会では注目されるのよ。あなたみたいに不細工ではボブ様が恥をかくわね』と説明してやった。


〰️ 


 しばらくするとボブ様が来なくなった。クラリッサも昼間に寝ていることが多くなった。


 そんな時、クラリッサに手紙が届く。

 翌日、クラリッサが言った。


「ジルから公爵邸にお誘いされましたの。明日、行って参ります」

 

 そんな手紙だとは知らずにクラリッサに渡していたなんて私のミスだ。


 翌日、旦那様が出かけてすぐに、クラリッサに伝えた。


「先程、公爵家から早馬が来てね。ボブバージル様はお風邪をめされたそうなの。今日は中止になったわ」


「え! それならお見舞いにいかなくては!」


「病人のところに他家の者が行くなど迷惑をかけるだけです。止めておきなさい」


 私はクラリッサを諭した。そして、クラリッサには秘密で代わりにダリアナを行かせた。


 ダリアナがすぐに帰ってきたことには驚いたが、ダリアナが見えたという話はもっと驚いた。だけど、ダリアナが公爵夫人になるのなら、誰か死のうが何も問題ではなかった。それより、ダリアナとボブ様を確実に結婚させなくてはならない。


 ギャレット公爵夫人から手紙が来たが、読まずに捨ててやった。もちろん旦那様には報告しない。


 ボブ様からクラリッサに手紙が届く。

 一度クラリッサに渡したら、クラリッサはボブ様に親愛がわかる手紙を書いていた。それも握り潰したし、ボブ様からの手紙はすべて握り潰した。


 だが、ボブ様とダリアナとの接点もなくなってしまった。


 どうしたものかと考えていたら、旦那様から救いの手が伸びる。


「最近、クラリッサの元気がないようだが、どうしたのだ?」


「ボブバージル様が、お忙しいようで全くいらっしゃらなくなったのですわ。可哀相なクラリッサ」


 翌日、夕方戻ってきた旦那様は、素晴らしいことをおっしゃった。


「明日、バージルが来るそうだ。迎える用意をしてやってくれ」


 さすがは頼れる旦那様だわ。 


〰️ 〰️


 そして、当日、ボブ様は怒ってすぐに帰ってしまった。いったい何が不服なのかちっともわからない。


 不服に思ってお茶をしていたら、メイドが駆け込んできた。

 

「ボブバージル様が、クラリッサ様のお部屋を開けようとなさっております」


「ダリアナ。あなたはここにいなさい」


 私はすぐに三階のクラリッサの部屋に向かった。


「やめなさいっ!」


 ボブ様を止める。


「もう帰ったはずでしょっ! なぜここにいるのっ!」


「言ったでしょう。僕はマクナイト伯爵様の言いつけで、クララに会いに来たんだよ。クララに会う以外の目的はないんだ」


 若いメイドが飛び出してきた。その場で土下座する。


「お嬢様の部屋の鍵を開けてください。お願いします」


 ボブ様は、私を振り払って、メイドごときに手を貸していた。


 そして、


「王弟ギャレット公爵家が次男ボブバージル・ギャレットが命じる。すぐに鍵を開けよっ!」


 何も知らないガキのくせに、爵位のひけらかし方だけは知っていたようだ。爵位をかけて命じられたら、何もできない。


 執事が尻もちをつき震えている。護衛の一人が執事から鍵を奪いドアを開けた。


「僕と彼女以外の入室は許さない」


 最後の一言まで忌々しい!


「あいつが帰ったら教えてちょうだい」


 座ったままの執事に命令して自分の部屋に戻った。


〰️


 メイドが旦那様の帰宅を知らせてきた。玄関に出迎えをしなかったのは初めてだ。すぐに部屋まで私の様子を見に来た。


「どうした? 具合でも悪いのか?」


 本当に優しい方。心配そうにソファーに横になる私の元までやってきた。


「ええ、そうなの。ボブバージル様がいらっしゃってね。大暴れなさったのよ。公爵の名前を出して脅されもしましたわ」


 私は渾身の泣きの表情を見せる。それでグラなつかない男はいない。


「バージルが……か?」


「そうよ……わ、わたくし……」


「バージルはどこだ? 帰ったのか?」


 ここまで見せてもボブ様に嫌悪感を持たない旦那様。優しすぎるのも考えものね。

 でも、儚げな演技は続行よ。


「執事が報告に来ないからまだこの屋敷にいると思いますけど……」


「とにかく、バージルから話を聞いてみるよ。しばらく休んでいなさい」


 旦那様が部屋を出た。私はボブ様に仕返しできるだろうとほくそ笑んだ。なんと言っても、私と旦那様は家族なんだから。

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