第17話【幼少編最終話】 元候爵夫人の追従

 旦那様が私達の部屋を出てから二刻がたった。私達の部屋に戻ってきた旦那様は酷い形相だった。私は少し劣勢だと感じた。


「クララを監禁していたとはどういうことだ?」


 旦那様は目を釣り上げたまま私に問う。


『そこからか!?』


 舌打ちしたくなった。でも、言い訳はちゃんと考えてある。


「クラリッサは原因不明で体調を崩していたのよ。だからしかたなく、誰も近づかせないようにしたの。ボブバージル様が帰ったらお医者様に診せる予定だったわ」


 これはボブ様がクラリッサの部屋に入ったときから考えていた嘘だ。もっともらしいだろう。これを縋るような目をつけて演技すれば完璧。


「それならば、バージルのことよりクララを医者に診せる方が先だろう!」


 旦那様が靡かない。私は涙を拭く演技も加えた。


「そう思っていたら、思っているより早くにボブバージル様が来てしまったのよ。そうしたら、ボブバージル様にクラリッサの部屋に入るなって言われてしまったのよ」


 旦那様が目を細めて訝しむ表情をする。でも、まだ疑惑であり、本当が何かはわかっていないようだ。本当は私が嘘なのだから、これで充分だ。ふふふ


「先日まで、バージルとクララが話をできないようにしていたのか?」


「何を言っているの? ボブバージル様がいらした時には、最上のおもてなしをしていたわ」


 これは本当だ。私は訝しんだ顔をするしかない。


「最上のもてなしだと? それがバージルとダリアナを二人にさせることなのか?」


 旦那様の質問の意図がわからない。誰が考えても、ボブ様と一緒になるのはダリアナがいいに決まっている。


「そうよ。当たり前でしょう? 不細工なクラリッサより、美しいダリアナがお相手した方がいいに決まっているではありませんか?」


『バチーン!』


 何が起きたかわからなかった。私は床に倒れ頬がヒリヒリとしていた。口の中にサビのような匂いが満ちた。


「それをっ! それをクララに言い続けたのかっ!」


 私は頬を左手で押さえたまま旦那様を見上げる。旦那様が言いたいことがわからない。


「それ? 何のことを、言っているの?」


「不細工などという言葉を、クララに使ったのかと聞いているんだっ!」


 旦那様は目を血走らせたまま喚いた。


『こんなに声を荒げる人だったかしら? それにしても、当然の教育をしたのに、何を怒っているのか?』


 私には旦那様の言葉が理解できなかった。


「本人に真実をわからせることは大人の仕事だわ。それを知らないまま、傲慢な女になっては、どこにも嫁になんて行けないわよっ! 私は本当のことを教えてあげたのよ。あなたからクラリッサへは教えてあげられないことを、ねっ!」


「毎日、毎日、か……」


 旦那様は理解してきたようで大人しくなった。


「それが教育ということでしょう。一度言っただけで何でも理解できる人間なんていないのよ。だから、毎日教えてあげたのよ」


「そうか。わかった」


 旦那様は目を閉じて息を一つ吐いた。


「君と私とは、教育に関して考えに差があるようだ。一度離れよう。明日、日が昇ったら子爵家に帰りなさい。君たちにあげたものは持っていって構わない。

ただし、金輪際クララには近づくな。いいね」


『『一度離れよう』と言った直後に、『金輪際近づくな』だと? どっちなんだってのっ!

『近づくな』が本音なんでしょうね。私はここで縋るような女ではないわよ。ダメなら次よ。バリーに会いたいし、ね』


 私は開き直った。今の旦那様に何を言っても無駄だろう。


「わかったわ。でも、手ぶらでは帰れないわ。お兄様はケチなのよ。ご存知でしょう?」


 私は立ち上がり顔を上げ高慢気味な態度に変えた。もらう物はもらわなきゃならない。


「ほぉ、それが本性か。ここにあるものでは足りないのか? 強欲な。

まあいい、大人しく出ていってくれるなら安いものだ。明日、馬車に乗った時に渡そう。ただし、日が昇って一刻たってもこの屋敷にいるようならば一ゴールドも渡さない」


「わかったわ」


 部屋を出ていく旦那様の背中を見送ると急いで支度を始めた。


〰️ 〰️ 〰️


 翌日、日の出とともにダリアナとメイド二人を乗せて兄のいる子爵家へと向かった。子爵家の屋敷がある町に着くと、メイドを降ろし先に屋敷に向かわせた。

 ダリアナには私達二人のための隠し財産について説明する。


 子爵家に戻るとすぐにお兄様に呼ばれた。


「たった半年で戻ってきたのか?」


「半年でこれなら文句ありませんでしょう?」


 伯爵が出発の朝に渡してきたお金の半分を渡した。


「なんだ、この金は? まさか里帰りではなく離縁なのか?」


「まだはっきりはしてませんけど、そうなるかもしれませんわね」


「それくらいの金が入っているじゃないかっ!」


「だからっ! 半年なのに、それだけあるのですから文句はありませんでしょう?」


「全くっ! せっかくの伯爵家なのに。離縁されたら、また見合いだぞ。それまでは大人しくしていろっ!」


 また乳母をさせられるかと思っていたから助かった。金を渡せば大人しくなるお兄様。反吐が出そうだわ。


〰️ 〰️ 〰️


 一月後、王都からの使者という騎士が私達に会いに来た。


「伯爵様が話し合いの場を持ちたいとのことです。一緒に来ていただきます」


 やっと離縁の決断をしたらしい。のんびりしたもんね。


「わかりました。支度をしてきます」


 別宅に戻ってメイドに指示する。


「三日分のワンピースと一日分のドレスで充分よ。あとはここに置いていくわ」


 足りない分はマクナイト伯爵様に買わせればいい。


 騎士たちと泊まった宿は本当に小さくて汚かった。


「マクナイト伯爵様はまだ離縁もしてないのにこんなにケチなの?」


「我々は指示に従っているだけです」


 何を聞いても無表情でこの返事では埒があかない。


 王都では、伯爵邸ではなくお城へ連れて来られた。


「ちょっとっ! これ、どういうこと?」


 今まで一緒だった騎士ではなく、中から出来てきた近衛兵が答えた。


「マクナイト伯爵殿は中でお待ちです」


 どう見ても取り調べの部屋というところに、マクナイト伯爵様はいた。手前の椅子に座ってる。近衛兵に奥にある伯爵様の向かい側の椅子に座らされた。


「こんな……。王城などに頼まなくても、離縁でしたらして差し上げますのに」


「そうか。それはありがたいな。では、ここにサインしてくれ」


 無表情なマクナイト伯爵様。私はすぐにサインをした。


「これで、君たちと私たちは無関係だ。今後、君たちを支援することはない」


 立ち上がって私を見下す目は私を完全に拒絶していた。この美しい私を……。本当にバカな男だわ。すでに金はもらってあるから関係ない。


「わかっています」


 マクナイト伯爵様は部屋から出ていった。

 私も立ち上がろうとする。だが、後ろにいた近衛兵に肩を押さえつけられて、再び椅子に座らされた。


「なに?」


 眉を上げて睨みつけてやった。たじろぐことのない近衛兵の態度にさらに怒りが増す。


「あんたはこっからが本番だよ」


 たじろぎも躊躇もしないくせに口角を片方だけあげた近衛兵が私の前の椅子に座った。 


「何の話なの?」


 こちらもさらに目を細めて睨み返す。のんびりしたご婦人だと思われるのは癪だ。


「お前たちはなぜアレクシス・ギャレット小公爵様が襲われることを知っていたのだ?」


「ギャレット小公爵? ボブ様のお兄様のこと?」


 こちらは気合入れて構えていたのに、素っ頓狂な質問に片眉をあげる。


「そうだ」


 どうやら真面目な質問らしい。なら、こちらも慎重に答えなければならない。


「ダリアナが夢で見たって言っていたからよ」


 『触ったらわかる』なんて通用するわけない。


「は? そんな子供の戯言を信じたって言うのか?」


「当たり前でしょ! 我が子なのよ!」


「王子殿下のことも夢の話だってか?」


「そうよっ!」


 この後、全部をダリアナの夢で通した。実際、そのようなものだ。丸っきり嘘というわけではない。


 聴取の後、別の近衛兵が事務的な目つきで私を部屋へ案内した。通された部屋は牢屋よりマシであった。


「ダリアナは?」


「隣だ。お前たちの刑罰が決まるまではここにいることになる」


 それだけ言って出ていった。パンと水だけの食事は最悪だった。



〰️ 〰️ 〰️



 三日後、朝から先日の聴取部屋に連れていかれた。


「刑罰が確定した。国外追放だ」


「は? 何それ? 私たちが何をしたっていうのよっ!」


 私は立ち上がって反論した。


「王家への殺人教唆だよ。その割には軽い罰だろうがっ!」


 近衛兵は睨みをきかせ立ち上がって、私の肩を下に押した。私は無理やり座らせられた。


「何も知らないって言ったはずだけどっ」


「それを証明できてないだろう」


「ないものは証明できないわよっ!」


「王族への反乱行動は疑惑や未遂で充分なんだよ。それが王国ってもんだ。

これでも、嬢ちゃんがまだ学園に入る年にもならんから軽罰で済んだんだ。嬢ちゃんに感謝しなっ」


 小馬鹿にしたような下卑た笑いをしてきた。何を言っても無駄なのだろう。


「………」


「ちなみに、子爵家も爵位降格の上、領地半減だ」


「あそこは関係ないじゃないのっ!」


 一応反応はしてみたがよくよく考えれば私には関係のない話だ。


「貴族の管理責任ってのはそんなもんなんだよ。そのために優遇されてんだろうが、あんたら貴族はよぉ」


 そいつがシッシッという手付きをすると、部下と思われる奴らが私の両脇を抑えて外へと連れ出された。


 それから数分後には、馬車に乗せられた。子爵家で荷物も持たせてもらえた。兄が帰って来る前に家を出られたのは僥倖だ。


 子爵家からは雇われ馭者だったから金を渡せばある程度融通は聞いたし、確かに王族に危害を加えたと思われたなら破格の扱いなのだろう。


 私はこの金を使ってオルグレンでバリーと店でもやろうと考えた。ダリアナはもう平民なのだ。気にすることはないだろう。


〰️ 〰️ 〰️


 さすがに国外追放の刻印は痛かった。ダリアナもこれは辛かろうと思う。


 だが、これで自由なのだ。金はある。ダリアナの能力ももう少し実験を重ねて慎重に使っていこう。

 私には希望しかなかった。


「今日の夕方にはオルグレンへ着くわ。ブラッドさんに会いに行くのは明日にしましょう」


「お父様が亡くなってから変なことになってしまったね」


 本当は子爵の小娘である私が侯爵家に嫁いだところからおかしいのよ。そう思っても、ダリアナには言わなかった。


「そうね。私たちが元侯爵家の者だなんて誰も信じないでしょうね。ふふふ」


 すでに自分でも信じられなくなりそうだわ。


「面白い?」


「そりゃそうよ。私たちは自由なのよ」


 待ちに待ったバリーとの生活ができるのよ。


「自由かぁ」


 ダリアナの笑顔に少しほっとした。


〰️ 


 お昼過ぎた頃、急に道が悪くなったようで馬車がガタガタと揺れだした。しばらくして馬車が止まる。


 馭者が扉を開けた。


「車輪がイカれた。取り替えるから降りてくれ」


 そう言われてダリアナが先に馬車を降りた。私は大事なバッグを取り出していた。万が一、このバッグをここに置いたままにして、馭者に逃げられたらたまらない。


 馬車を降りるとダリアナが見当たらない。


 キョロキョロと見回すと茂みの前でダリアナが倒れているのが見えた。


「ダリアナ!」


 駆けつけようとしたら頭に衝撃が走った。振り向くと馭者の一人が血まみれの棒を持っていた。私は頭を抱えて倒れる。

 もう一人の馭者が来て私のバッグを奪い取った。


「か、かえして……」


「あんたらをちゃんと国境衛兵には見せたからな。それで俺たちの仕事は終わりだ。報酬としてこれはもらっといてやるよ。

まったく、あんたのワガママに付き合うのは疲れたぜ。じゃあなっ!」


 私の目の前にツバが吐かれた。


 さっきまで私たちを乗せていた馬車は去って行った。いや、視界が狭くなりそれも見えない。去っていく音を聞きながら、ダリアナの後を追った。


〜 幼少編 fin 〜

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