学園編

第18話 学園入学

 十三歳の悪夢は終わった。


 しかし、十七歳になった僕はまたしても悪夢に悩まされることになる。


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 この国の貴族十六歳になると王都にある学園に通うことが義務となっている。それは成人していきなり社交界に入るよりも、学園で生徒という平等な立場で自由に出会った方がよいという数代前の国王陛下のお考えらしい。九月から七月中旬までが一年度となり、就学期間は三年間である。

 華美な服装でないことという曖昧な定義から制服になったのはつい十年ほど前だ。


 なんていう、わざとらしい説明もこの学校案内書にわざわざ書いてある。暇なので読んでみた。


 今は入学式だ。学園長の話が長い……。なのにここに書いてあること言ってるし。つまらん……。


 僕の隣にはクララが座っている。自由席だったから、ね。クララも暇なんだろうな。僕と同じようにこの案内書を隅々まで読んでいるみたい。


 学校案内書とともに送られてきた手紙にはクラス分けの結果が書かれてあり、僕とクララはAクラスだった。この学園は成績順だ。


 入学式の一月前に学園で試験が行われた。Aクラスともなると勉強はほぼ家庭で行われているので、学園は復習程度であり教えることも少ない。なので、クラスの人数は四十人にもなる。ちなみにEクラスは十人だというから、手厚い教育の学園であるといえる。

 王都に屋敷のない生徒は寮生活をしている。高位貴族で寮生活をしているものはさすがにいない。


 入学式が終わり教室へ入った。Aクラスは優秀であるらしいが、とげとげした感じはなく四十人もいるので賑やかだ。


 コンラッド王子殿下のまわりは、人だかりとなっている。僕も含めて、王族なんて滅多に会うものではない。興味はあるよね。僕なんて従兄弟なのに幼い頃に会っただけだ。


 えっ!? そのコンラッド王子殿下が僕の方へやってきた。


「バージル。久しぶりだな。って、覚えていないくらい前だよな。ハハハっ!

お前、お前の兄上にそっくりなんだな。すぐにバージルだってわかったよ。僕のことは、コンラッドでいいからな。従兄弟として付き合おうな」


 とても陽気に話しかけてきて、僕の肩をバンバンとたたきながら一人でしゃべっているコンラッド王子殿下だ。

 顔を忘れるくらい前にしか会ってないのに、僕のことは愛称呼び。更に僕に王子を呼び捨てにしろという。きっと、兄上が王城で僕のことを話しているんだろうな。


 実は僕もコンラッド王子殿下の顔は覚えていなかった。でも、ブランドン王子殿下にそっくりだったから、彼がコンラッド王子殿下だってわかったのだ。


「わかったよ、コンラッド」


 波風を立てない回答にしておいた。


 そのタイミングで先生が入って来たのでそれで終わった。


 しかし、僕は父上にコンラッドのことはまず観察してから距離を決めるようにと言われている。観察する前にガンガン来られたときはどうしたらいいのだろうか?


 コンラッドのことはクララにも相談してあった。クララを見ると、呆気に取られた顔をしていた。うん、わかるよ、その気持ち。僕もそうだよ、アハハ。


 それにしても気になるのは、ダリアナ嬢が入学してこなかったことだ。ダリアナ嬢は子爵家だったはずだ。


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 父上が帰宅したのでダリアナ嬢について聞いてみた。その席には兄上もいた。兄上は僕と入れ違いで卒業して、予定通りブランドン第一王子の側近となった。


「あの頃、お前の話を聞いてな、ダリアナ嬢に話を聞く必要があると判断されたんだ。

実際話を聞いてみると、アレクが襲われた状況をよく知っていてな。しっかりとブランドン王子が一緒だったことまで知っていたのだ」


 父上が淡々とした声音で説明してくれる。もう四年も前のことになるのだ。


「やっぱり、そのことを知っていたのですね」


 僕は俯いてしまった。兄上が襲われることを知っていたうえで、喜んだ彼女と悲しんだ僕。どちらがどういう道となるかは、高位貴族として予想がつく。


「アレクシスとブランドン殿下が生きていると教えたら、びっくりしていたよ。

しかも、それだけではない。マクナイト伯爵夫人が事故で亡なることも知っていた。母親がマクナイト伯爵夫人として幸せになることも知っていたそうだ。もちろん、バージル、お前の存在もな」


 父上はびっくりしたと言っているが表情は変わらない。もうすでに過去の話であるのだろう。


「あ、だから五年も未亡人だったのですね」


 確かに夫人は美しい人ではあったので、そのことは誰もが疑問に思うところだった。マクナイト伯爵夫人としての地位がわかっていたとすればとても納得できた。


「ああ、つまりその頃から、ダリアナ嬢はお前との婚姻による公爵夫人の座を狙っていたということだろうな」


「その頃って? ダリアナ嬢は七歳くらいですよね。七歳でそんなことを考えていたのですか?」


 ダリアナ嬢はそんな前からすべてを知っていたらしい。それにしてはお粗末な教育だったのではないか? 今更言っても仕方がないが。


「そういうことになるな。もしかしたら、父親の死もわかっていたのかもしれない」


 父上はどこまでも淡々と話をした。兄上も表情は変わらない。何も聞いてこなかった僕だけがショックを受けていた。


「そんな……」


 もしそうなら、どれだけの欲望を持っていたというのだろうか? 確か、ダリアナ嬢の父親は侯爵だったはずだ。侯爵より上は公爵しかない……。それほど僕は狙われていたということだ。


「それはあくまでも予想だ。

だが、こんな情報をどこで知り得たのかははっきりしない。だから、王子殺害の教唆が疑われた。お前を誑かそうとしていたことも含めて、王家を狙っていたと判断されたんだ」


「証拠は?」


「ないさ。だが、疑い始めたら、父親殺しも、マクナイト伯爵夫人殺しも、アレクたちの殺人未遂も疑われてしまう状況だ」


 父上の説明はここまできても感情のないものだった。父上が冷静で厳格な様子でいるので、僕も大きく心を乱すことはない。それでも、クララのお母上様の死の疑いもあると言われるのは気分はよくはない。


「それで……」


 僕は彼女たちにとって最悪な状況を想像して顔は険しいものになってしまった。人の不幸を喜ぶほど腐ってはいない。


「親子で国外追放とされたよ。子爵は管理責任を問われ男爵に降格した。領地も半分没収だ。子爵はこの件に関係していないと判断されたからその程度で済んだのだ。子爵も関与を疑われれば爵位はなくなっていただろう。もしかしたら斬首もありえただろうな」


 証拠もないのに厳しい罰に見えるかもしれない。でも、王家に対するものは疑惑だけで充分で証拠などいらないのだ。

 予想通りの結果に小さなため息は出てしまった。


「はぁ……」


「バージル。お前が気に病むことはないんだぞ。私もブランドン殿下もお前に助けられたと思っている」


 兄上が僕の肩に手を乗せて励ましてくれた。


「はい、兄上」


「気にせずに、学園を楽しみなさい」


 父上はやっと笑顔を見せてくれた。


「はい。それで、コンラッド王子殿下のことなのですが……」


 僕は真面目な顔で訊いた。これからの学園生活に多いに関わることだ。


「ああ、そうだったな。コンラッド王子殿下ご本人の意思を確認したところ、ブランドン王子を支えていくと意思表示なさってな。

公爵家に婿入りすることになった。お二人ともお前の同級生だ。

その公爵領に離宮を建てて、側室様もコンラッド王子殿下の結婚とともに離宮へお移りいただくことになったよ

まるく納まったな。わっはっは!」


「ええ、そうですね。コンラッド王子殿下は明るいお人柄でな。私もよくからかっているんだ。ハハハ」


 父上も兄上もコンラッドを思い出して笑ってしまっていた。

 父上。それは早く教えてほしかったです。今日まで悩んだ僕は……ハハハ。


「わかりました。何かあればまた報告します」 


 僕は頭をかきながら苦笑いをしておいた。


 クララにはダリアナ嬢は他国に留学したらしいと伝え、コンラッドのことはなるようになるさと伝えた。


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 一年生である僕たちはこんなにも同い年がいることにびっくりだし、イベントは楽しかったし、テストで順位が出るのも初めてで面白かった。


 コンラッド第二王子殿下は、最初の印象通り明朗快活で気持ちのいい男だった。僕は彼が好きになったので、彼が外れたときに止められる友人になろうと思った。父上と兄上にもそう報告したらすごく納得していた。


 コンラッドが去年婚約したという婚約者マーシャ・ホーキンス公爵令嬢とクララもとても仲良しになった。僕もコンラッドも婿入りだ。そういうところも僕たちは似ていて気が合ったのかもしれない。



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 二年生になり、妹ティナヴェイラも入学してきた。ティナの婚約者は僕のクラスメートで悪友の一人のウォルバック・リントン公爵令息、リントン公爵家の長男だ。リントン公爵は宰相であり、ウォルバックも総務部の高官を目指している。ウォルバックとは妹の婚約者なので小さい頃から親交がある。とても頭がよくてずっと首席だ。


 ついでに、もう一人の悪友を紹介する。セオドア・サンダーズ伯爵令息。騎士団長の長男である。セオドアはコンラッドの護衛騎士とすでに指名されている。コンラッドと仲もよかった関係で、僕たちとも仲良くなった。セオドアの婚約者ベラ・モットレイ伯爵令嬢はティナと同い年だ。ティナとよく一緒にいるようだ。


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 九月新学年度始業日、コンラッドが馬車で事故をおこした。なんでも馬車の前に飛び出した女の子がいたそうだ。コンラッドは馬車内で振り回され大きなタンコブを作っていた。

 本人は何でもないことのように言うが、きっと馭者係は顔を青くしているだろう。


「後ろにいた騎馬護衛に、この事故のことを喋らないように釘を刺しておいたよ。馭者があれくらいで首になったら可哀相だろう」


 コンラッドのこういうことを当たり前にできる王族であることが、友達としてとても誇らしい。

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