第8話 クララとの朝食
信用できるメイド二人のうちの一人に案内されて客室へ行った。本当に内鍵ができる部屋だった。
「只今お夕食をご用意しております」
「悪いけど、後でここに簡易ベッドをくれるかい? 今日、護衛には無理をさせてるからね。交代で寝させたいんだ」
「坊っちゃま。我々でしたら大丈夫です」
護衛が手を横に振り拒否する姿勢を表すも、それが僕のためであることはわかっている。だからこそ、僕は強めに言った。
「明日もクララが無事かわからないでしょう? そんな時君らが動けないと困るんだ。僕からのお願いだよ。それに僕と同じ部屋に寝てれば安心でしょう?」
「それはそうですが……」
「じゃあ、決まりねっ!」
最後は僕の子供らしい笑顔で締めくくれば、護衛には拒否はできない。もしかしたら、ベッドがあっても寝れないのかもしれない。だが、主人である僕が休めと言っておけば、ベッドでくつろぐぐらいはしてくれるだろう。
そこへ食事が届いた。ソファー席に並べてくれる。
「ここはしばらくわたくしどもがおりますし、鍵もかけます。護衛様は食堂で召し上がってきてくださいませ。食堂には信用できる者だけにしてきましたから。
お嬢様のお部屋の前にも信用できる護衛をつけております」
「では、有り難く」
護衛が出ていくとメイドが鍵を閉める。それと同時に、二人が僕に土下座した。
「ボブバージル様! 本当にありがとうございました。わたくしたちは、わたくしたちはっ! お嬢様の専属を外され、調理場と洗濯場の担当にさせられたのです。さらにそこの人数を減らされて、あまりの忙しさにお嬢様のご様子をなかなか見にもいけず。わたくしどもが不甲斐ないばかりに申し訳ありません」
メイド二人は頭を床に擦付け懸命にうったえてきた。僕ははなっから彼女たちを責めるつもりはないし、彼女たちにお礼を言われることはしていない。
「とりあえず、顔をあげて立ってくれるかな?」
「は、はい……」
二人は立ち上がり僕の顔を見た。
「君たちは使用人として働くから、食べていけてるのでしょう。それなら仕方ないさ。
僕も前の執事の顔は覚えていたけど、君たちの顔まで覚えてなくてごめんね」
小首を傾げて謝ってみれば彼女たちは恐縮して、手をブンブンと左右させた。
「と、と、と、とんでもございませんっ!」
「今日、クララが少しでも回復できたのは、クララが君たちを信用していたからだろう。それは以前から君たちが築いてきたクララとの関係だよね。だからさっ、僕のお陰じゃないよ。
クララを支えてきてくれて、ありがとう。これからもクララをよろしくね」
僕は満面の笑顔を彼女たちに向けた。
「「はい、はい、はい……」」
二人は泣きながら頷いた。
「お腹すいちゃった。もう食べていい?」
「ふふハハ、そうでございますね。どうぞお召し上がりください」
急に子供らしくなった僕に二人は笑っていた。
僕が食べ終わる前に、護衛の二人は戻ってきた。
「では、明日、お嬢様のお時間に合わせてお声掛けいたします。おやすみなさいませ」
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護衛の一人は窓際に椅子をおいて影に座っているようだ。僕からは何も見えない。もう一人は部屋の隅に用意されたベッドにいるはずだ。僕からは何も見えない。
「おやすみ。明日もよろしくね」
「「はっ、おやすみなさいませ」」
左右から声が聞こえた。あんなへんな人たちがいる家だけど、彼らのお陰で僕は安心して眠れるのだ。
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あの続きの夢を見た。
『アレクシスが死んだ……』
『やっぱり、わたくしを迎えに来てくださったのね』
『ジル、お幸せに。わたくしは領地へ戻ります』
『ボブ様、わたくし、公爵夫人に相応しくなるために頑張りますわ』
『ああ、ダリアナ。僕の天使。ずっと君を愛していたんだ』
僕は、僕の愛の言葉に吐き気を感じて目を覚ました。
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「坊っちゃま。おはようございます。ご気分でもお悪いのですか? 眠れませんでしたか?」
護衛が心配してくれる。それほど僕の顔色はよくないのだろう。あの夢を見た後はいつもそうだ。普段はメイドが来る前に顔を洗って誤魔化すが、今日は同部屋なので誤魔化せなかった。
「寝れたよ。大丈夫。
それより、兄上がお祖父様のところへ行かれるのって、いつだったけ?」
暗に『聞かないで』ということは伝わる。それだけの時間を彼らとは過ごしている。
「来週の頭です。我々も同行することになっております」
「そうか、わかった。顔洗ってくるね」
僕は元気に見せるために、ベッドから少しピョンと飛び起きてレストルームへ向かった。
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「おはよう、クララ。ずいぶん顔色もよくなったね」
僕はクララの部屋で朝食を食べる約束になっていたので、メイドが呼びに来てくれた。
「あっ! ジ、ジルっ!」
入ってきた僕にクララはすごく慌てている。どうしたんだろうか?
今日はシンプルだけどドレスも着ているし、髪も手入れがされてキレイにまとめられている。だけど、少しだけ痩せたようだ。元々小さなクララ。ちょっと心配だ。
「ジル、あのぉ。昨日のことは忘れていただきたいの」
クララがモジモジとしながら僕に乞う。
「ん? どれのこと?」
「どれって……。その、できれば全部よ」
眉尻をこれでもかと下げて困り顔のクララはとても可愛らしかった。
「嫌だよ。クララが初めて僕のことを大好きだって言ってくれたんだよ。忘れるわけないだろう?」
僕はクララの顔を覗き込むように伺いをたてる。
「それですわっ!」
クララは顔を手で覆い座り込んでしまった。耳まで赤い。すごく可愛らしい。
僕はクスクスと笑いながらクララの両腕を後ろから抱えるように掴み立たせる。そのまま背中を押してソファーまで誘導して座らせる。
そのタイミングで朝食が運ばれてきた。
「おはよう。昨日はありがとう。今日もよろしく頼むね」
僕は二人のメイドにとびきりの笑顔で挨拶をした。
「「おはようございます、ボブバージル様」」
メイド二人も昨日よりずっと明るい笑顔になっていた。
「旦那様のお言いつけで、わたくしたちはクラリッサ様の専属に戻ることができました。ありがとうございました」
メイド二人が僕に頭を下げて礼を言う。
「そ、それは、本当なの? うれしいわ!」
クララは頬を赤く染めてメイド二人に抱きついた。ちょっと羨ましい。
「お嬢様、大変ステキな婚約者様でいらっしゃいますね。お相手を大事になさるなら、時には想いを伝えなくてはいけませんよ。それを忘れてくれだなんて。ダメですよ」
メイドは二人とも成人したばかりくらいかな。しっかりとダメだと言ってくれるメイドはなかなかいない。叱りながらも優しい口調に、クララとの信頼関係がわかる。
「そうですよ。わたくしどもがここにこうして戻ってこれたのもボブバージル様のお陰です。あんなに何度も愛を呟いてくださるなんて。お嬢様も、頑張ってお応えしていきましょうね」
僕の顔が赤くなりそうだ。確かに昨日はクララを説得するのに必死だったから。
思い出すと確かに恥ずかしいな。
「お嬢様の大好きなオムレツが冷めてしまいますわ。召し上がってくださいませ」
「そうね。今日はたくさんいただけそうよ」
「うん、クララ、いただこう」
僕たちは、食事をしながら今読んでいる本の話などをした。久しぶりの二人での話にどちらも話が止まらなかった。結局オムレツは冷めてしまい、メイドたちに急かされて食べることになったのはご愛嬌だ。
クララは、僕が知ってる限りではまだまだ少食だったけど、ここ数週間のことを考えれば、僕が目の前にいることで一生懸命食べてくれたんだろうと思う。
メイドが僕に話しかける。
「食事が終わりましたら、応接室にいらしていただきたいと、旦那様が申しております」
「わかった。あと、一刻ほどで伺うよ」
「そう伝えてまいります」
メイドは頭を下げてさがった。
朝食の後、伯爵様との話の前にクララとお茶をした。
「ジル、わたくし、何も知らないのよ。昨日もなぜかジルが隣にいてくださって。
そうだわっ! わたくしがここでジルと朝ごはんをいただいているなんて、後で怒られたりしないかしら?」
クララが口に手を当てて、ドアの方から誰かが乗り込んで来るのではと警戒するように視線を送る。
僕はクララの手を握りこちらを向かせた。心配させないために、満面の笑顔で答えた。
「それは、大丈夫だよ。僕が伯爵様から頼まれたことだから」
クララがホッと小さなため息をついた。
『こんなことにまで怯えるなんて、何をされてきたんだ?』
また、心の奥底に怒りがユラユラする。しかし、それはクララには見せてはならない。
「そうなのね。それにしても、今朝起きた時から、この屋敷がすごく静かな気がするの。大丈夫かしら?」
優しいクララはメイド二人に視線を送り確認をする。メイド二人は、ニコニコとして頷いて『大丈夫だ』と伝えてきた。
「僕もわからないんだ。でも、昨日の伯爵様のご様子だと、クララを一番大切にしてくれているよ。伯爵様にお任せしよう」
「ジルはお父様とお話しになったのね。そうですわね。お父様にお任せするしか、わたくしにはできないわね」
クララは納得したようで、下がっていた眉尻を戻して自分に向けてウンウンと頷いていた。
「旦那様は落ち着きましたら、お嬢様にはきちんとお話ししてくださいますよ」
「そうよね。今は待つわ」
「そろそろかな。僕は行ってくるね。帰りにはまたクララと会いたいんだけど、来てもいい?」
僕は懇願するような顔をクララに向けた。
「ジ、ジルっ! も、もちろんですわ。待ってますね」
「うんっ! いってきます!」
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