第4話 監禁事件
あまりに手紙の返事がないので、母上と相談をしてマクナイト伯爵邸へ行ってみようと思っていた。
そんなある日の夕方、マクナイト伯爵様が我が家にいらっしゃった。
「クラリッサが寂しがっている。会いに来てやってくれないか」
神妙な面持ちで僕に頼み事をする伯爵様。クララのことを心配するあまりであると信じることにした。
「わかりました。明日、伺います」
僕はクララが手紙をくれない理由を知りたかったこともあり、マクナイト伯爵様の提案をのんだ。
僕は昨日の夢のこともあり、マクナイト伯爵邸への訪問は強い覚悟を持っていくことになった。
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マクナイト伯爵様がいらっしゃってくださった翌日、マクナイト伯爵邸へ行く。
玄関に待っていた使用人に応接室に通された。ソファーへと案内され座って待っていれば、現れたのはダリアナ嬢とマクナイト伯爵夫人だった。
僕の隣にダリアナ嬢が座り、正面にマクナイト伯爵夫人が座った。婚約者でもない男の隣になんの躊躇もなく座り膝を擦り寄せてくるなんて、普通の母親なら叱りつけるところだろう。しかし、マクナイト伯爵夫人はさも嬉しそうにニコニコとそれを見ていた。
いつものようにお菓子や果実水が並び、夫人のためだろう、紅茶も出てきた。
軽い挨拶とともに会話が普通のことのように始まる。二人がまくしたてるようにしゃべる。会話の内容が全く理解できない。どこのお菓子がうまかろうが、どこの小物がかわいかろうが、この二人に興味が持てないのだ。二人の好みなど聞く気にもならない。
それでも僕は、嘘の笑いで頷いていた。そして、空きをついて尋ねる。
「それで? クララは今どこに?」
マクナイト伯爵夫人は明らかにしかめっ面をした。僕が片方の眉を上げて少し睨むと、一変してニコニコとする。
「クラリッサは、ボブバージル様にはお会いになりたくないと申しておりますのよ」
マクナイト伯爵夫人は口元を扇で隠して、本心を見せないようにしている。視線は僕ではなく使用人に向いていた。僕もその使用人を確認する。見たことのない使用人だ。
この公爵家からの来客たる僕を接待する席にいるこの者。つまり、執事なのか? 主の粗相に注意もできないような執事が伯爵家にいるのか?
考えを巡らせていたら、ダリアナ嬢が奇妙な言い訳地味たことを言い始めた。
「そうなんですっ! お義姉様はそれをわたくしに当たり散らすのです。ボブバージル様を追い返すようにって……」
ダリアナ嬢がハンカチを膝の上で握りしめて、悲壮感を演出している。
「いつも、わたくしに当たり散らすときには、物をなげつけてきますのよ。クッションならまだいいですわ……。時には置物までも……」
眦をハンカチで押さえるダリアナ嬢だが、僕は全く信じる気になれない。
「まあ、ダリアナっ! 可哀想にっ! クラリッサにはいつも冷たくされていて、本当に可哀想なダリアナ――」
マクナイト伯爵夫人が扇の奥でハンカチで涙を拭くフリをすれば、こちらからは一切何も見えなくなる。そう、薄笑いでもしているのではないかとさえ思えてしまうのだ。
「本を投げつけられるのは、毎日ですのよ。お義姉様は本だけはたくさんお持ちだから。本ばっかり読んでらっしゃるから楽しいお話もできないのよ。お姉様って、本当につまらない方でしょう」
僕のイライラは頂点だった。
『クララが本を投げるなんて、ある訳ないじゃないかっ! クララはつまらない女の子なんかじゃないっ!』
「僕は、マクナイト伯爵様に『クラリッサに会いに来てくれ』と言われたから来たのです。クララに会えないのなら、失礼しますっ! 見送りは結構だっ!」
喧嘩腰に応接室を出て乱暴に扉を閉める。こうすればいくら図々しい二人でもすぐに追いかけて来る気にはならないだろう。
僕は帰るふりをして、玄関ホールからのびる階段を駆け上がり、3階のクララの部屋へ向かった。
クララの部屋の前には二人のメイドがいた。メイドが悲鳴をあげるが、無視をして突き飛ばす。その扉には鎖がされて鍵前がつけられていた。
『ドンドン! ドンドンドンドン!』
「クララ! クララ! そこにいるの? クララ!」
扉を叩きながら叫ぶ。クララの声は聞こえない。
そうこうしているうちに、先程の執事らしき者が護衛を連れてきて僕は護衛に床に抑えられた。
よくぞやってくれたっ!
僕は公爵家の人間だ。爵位を考えればこのようなことはやっていいことではない。
僕はそれを利用することにした。
「僕の父上は王弟だ。僕が父上にお願いすれば、国王陛下まで話が通るのをわかっているのだな?」
僕はまだ声変わりはしていないけど、できるだけ低い声でそう言った。
「その覚悟で僕を止めているんだな? 僕へのこの暴力がまかり通ると思っているのだな?」
本当は、父上は『他家には極力関知してはいけない』と常々言う人だ。公爵家だからこそ、その発言があまりにも効力を持ちすぎるゆえのお考えだ。きっと、僕がお願いしてもマクナイト伯爵様に一言いう程度であろう。
だが、ハッタリは効いた。
護衛が手を離し執事が僕を立たせてホコリを払う。
「クララを監禁しているのか?」
僕は先程よりさらに低い声で、できるだけ凄みのあるように言った。
「ち、違います……」
執事らしき者が下を向いたまま首をぷるぷると振っている。
家を守ることが執事の務めだ。伯爵家の執事であるならば、僕のこの横暴な行いがまかり通らないこともある。体を張って止める執事もいるだろう。それは『伯爵家を守る』という大義で時には必要なものだ。
公爵家の者を止められない。伯爵家を守る。この二つの矛盾を上手く調整することが優秀な執事の腕である。
この者は僕を止めたのに、僕の一言で解放した。その場限りの動きである。
つまり、執事教育をまともに受けていない使用人だいうことだろう。これならば、説伏せられるかもしれない。
「なら、この鎖と鍵は何だ? マクナイト伯爵様はご存知なのか?」
更に上から口調で脅してみる。
「い、いえ…… それは……そのぉ……」
しどろもどろになる執事のような者は、子供の僕の脅しに震えている。
僕はその者の顔をじっくりと見た。その顔に使用人としても見覚えがなかった。
「僕は何度もここに来ているが、君のこと知らないのだけど? 今の執事は君なのかい? 前の執事はどうしたの?」
執事のような者は肩を揺らして完全に動揺していた。
『これも伯爵様に後で確認しなければならないな』と心に止めておいた。
それより今はクララの救出だ。
「とにかく、鍵を開けて」
僕が打って変わって優しく言えば、執事のような者は顔をあげてポケットを探り出した。
「やめなさいっ!」
マクナイト伯爵夫人が走ってくる。執事のような者を突き飛ばした。そして、僕の襟首を掴みまくしたてる。
「あんたは、もう帰ったはずでしょっ! なぜここにいるのっ!」
まさに鬼のような形相だ。先日美しいカーテシーをした女性だとは思えない。淑女として、男を突き飛ばすのも、男の襟首を掴むのも、怒鳴り散らしているのも、ありえないことだ。
「先程、言ったでしょう。僕はマクナイト伯爵様の言いつけでクララに会いに来たんだよ。クララに会う以外の目的はないんだ」
鬼の形相でまくしたてる相手に、僕は逆に冷静沈着な物言いをした。こういう場合、冷静沈着に見える方が、断然に有利となることは公爵家の勉強で学んでいる。
マクナイト伯爵夫人は何も言えずに、僕の襟首を掴んだまま、手を震わせ、目を見開いて、眉を寄せていた。美人は見る影もない。
そこに年若いメイドが飛び出してきた。その場で土下座する。
「お嬢様の部屋の鍵を開けてください。お願いします」
僕はマクナイト伯爵夫人を振り払い、マクナイト伯爵夫人にひれ伏すメイドを立たせた。マクナイト伯爵夫人は床に倒れて、その床を憎々しげに睨んでいた。
僕は背筋を伸ばしはっきりとした口調で、執事のような者に命令する。
「王弟ギャレット公爵家が次男ボブバージル・ギャレットが命じる。すぐに鍵を開けよっ!」
執事のような者はその場で尻もちをつき、顔を真っ青にして震えていた。マクナイト伯爵夫人も何も言ってこない。
こんなの本当は家名を出すことはよくないけれど、クララを助けたいのだ。後で怒られたってかまわない。
先程僕を抑えつけていた護衛の一人が、執事のような者のポケットを探り、鍵を奪い、クララの部屋にかけられた鎖の鍵を開けた。鎖をほどきドアを開けて頭をさげる。
僕に『どうぞ』と言いたいのだろう。
「僕と彼女以外の入室は許さない」
そう命じて、クララを心配したメイドと二人でクララの部屋に入る。
護衛はドアをゆっくりと閉めた。
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