第20話 イジメはダメです
その夜、久しぶりにあの悪夢を見た。夢の中で本を写真付きで無理矢理読まされたような感覚。何度見ても慣れるものではない。
そのお話の主人公は女の子でとても美しくそしてとても聡明らしい。女の子は男爵令嬢で貴族学園に編入する。学園ではたくさんの男の子たちと恋をするのだ。その恋で誰を選んで誰と結婚するかは最後までわからない。
と、一見、幸せそうな、女の子たちが好きそうなお話に聞こえる。しかし、たくさんの恋のお相手にはほぼ婚約者がいて、その婚約者たちに虐められたりするのだ。
『殿下の腕を離してくださいませ。ここは貴族の集まりですのよ。婚約者でもない男女間の過剰なスキンシップは好ましくありませんの』
『ご令嬢たちに、いつもキツイことばかり言われて』
『このバラは私の心なの。春が楽しみだわ!』
女の子への注意の言葉は当たり前のことだと思うが、夢なのだからツッコめない。注意されてもめげずに愛されていくのだそうだ。いやいや注意されためげずに反省してくれと言いたい。
主人公の女の子の顔はシンシア嬢であった。
それだけでならいい。ここからが重要。
恋のお相手に選ばれたのは、コンラッド、ウォルバック、セオドア、そして僕ボブバージルであった。
さらに、悪役令嬢と呼ばれる虐める役割には僕たち四人の婚約者、マーシャ、クララ、そして妹ティナとベラ嬢……。
コンラッドとの恋愛的出会いは馬車の事故。そして、僕との恋愛的出会いは……
目が覚めるといつもの目眩がした。彼らとシンシア嬢を取り合うなど有り得ない。
あれ? 夢の中の女性のセリフ。おそらくマーシャの声だったように思うのだが……
『殿下の腕を離してくださいませ。ここは貴族の集まりですのよ。婚約者でもない男女間の過剰なスキンシップは好ましくありませんの』
これって、昨日、僕がシンシア嬢へ言ったことだよね。これですべて回避できてたらいいなぁ。バラの話はどうやって続くのだろうか?
「それにしても……僕の頭はどうして狂ってしまったんだろう……」
僕しか持っていない力への不安と、まわりの人たちにも狂人と思われるかもしれないという恐怖が、僕の気持ちを沈鬱にさせる。
〰️ 〰️ 〰️
夢のことで考え事をしていたらいつもの時間より遅くて、メイドが心配して声をかけにきた。支度を急ぎ食堂室へ向かった。父上と兄上はすでに登城した後だった。
父上と兄上は僕が十三歳の頃に見た夢の話は覚えているだろう。ダリアナ嬢の話をしたばかりだ。でももしかしたら、十三歳の子供の夢物語だと思っているかもしれない。ダリアナ嬢のことを聞いた時も夢のことは話に出なかった。
父上も兄上もとても忙しそうで、僕たちとは朝食の数分しか一緒になれない。その時間をまだ何も起きてない僕の夢の話などに使っていいのだろうか?
それにまだ、誰かが傷つくわけじゃない。
そうだ。イジメにならないように、そして恋愛にならないようにしていけば、大丈夫だと思うんだ。
父上も兄上も相談しろとは言ってくれている。だが、簡単に相談などできない……。だって、僕が普通でないというのは僕だってよくわかっているのだから。
僕はそう判断して、父上と兄上への相談は今回はしないことにした。
朝食を母上とティナととり、出掛けには再び母上が僕の額に手を伸ばした。
「あらあら。もう、バージルに屈んでもらわないと息子の額にも触れられないのねぇ」
嬉しそうな笑顔で僕の額に手を置き、納得したように手を離した。
「では、いってまいります」
「お母様。わたくしが見ておきますから、あまりご心配しすぎないでくださいね。いってまいります!」
ティナは可愛らしく母上の手をギュとにぎった。
「いってらっしゃい。二人ともお勉強も頑張ってね」
母上の優しい笑顔に見送られて、僕とティナは学園に向かうため馬車に乗り込んだ。
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僕は夢の回避のためにできることをやっていく。
念を入れておくことは大切だ。
まずは、僕はマーシャとクララを教室の隅に呼んで話をした。
「昨日も、話したことだけど。
シンシア嬢はとても平民に近い感覚を持っているみたいだね。そして、平民の人たちは僕たちより男女間のスキンシップが激しいらしいよね」
僕はとても困ったという顔で二人を見た。
「そのようですわね……」
マーシャが口元目元を扇で隠しながら、チラリとシンシア嬢の席を確認する。僕とクララもそちらへ視線を送る。
シンシア嬢は満面の笑みで隣の席の男子生徒の腕を触っていた。美人のシンシア嬢にボディタッチされている男子生徒の顔は、溶けてしまうのではないかと思うほどにデレデレである。彼の婚約者は確か二つ下のご令嬢で、まだ学園には入学していない。
「「「はぁ〜……」」」
三人でため息をつき肩を落とした。
「それでね、今見て二人も思ったと思うんだけど、コンラッドにしたみたいなことはまたやってしまうよ、きっと。ううん、絶対だ!」
僕は胸の前で腕を組み自信あり気に言った。こんなことで自信があるのもなんなのだが……。
「それ、断言してしまいますか? でも、気持ちはわかりますけれども」
マーシャは再びシンシア嬢を見た。クララも頷いている。
こういう時、返事をするのは大抵マーシャだ。マーシャはしっかり者でハキハキしていて姉さんのような存在だ。
「うん、絶対にするよ。
だけどね、女の子が女の子に注意すると、正しいことを言っていたとしても、妬みだの、嫉妬だの、虐めだの、策略だのと、本来と違う噂になってしまうことがあると思うんだ」
僕は先程の断言口調とは異なり、女の子全般に気遣っている風に優しい口調を心がけた。
「それはありますわね。わたくしたちのお茶会などまだまだ小さな社交場ですけれど、すでにそういう側面はありますのよ」
マーシャは心当たりが多いようで、眉根を少し寄せて困った顔をしている。
「だよね。それにどんな理由であれ、イジメなんて淑女らしくないことを、マーシャにもクララにもしてほしくないし」
「わたくしたちはそのようなことはいたしませんわっ!」
マーシャにピシャリと怒られた。僕をキロリと睨んでいる。これは僕の失言だった。手を合わせて謝った。
「ごめんごめん! マーシャとクララがじゃなくて、マーシャとクララの見えないところでってことだよ」
「なるほど。それはないとは言えないですし、あってほしくないことですわね」
誤魔化しは成功したらしく二人とも頷いていた。ホッとする。
「僕はクラスの雰囲気も、学園の雰囲気も、そんなことで悪くしたくないんだ。
だから、シンシア嬢に何か言いたくなったら僕に言ってくれるかな。僕が彼女に伝えるから」
マーシャは難しそうな顔をした。女性の問題に口を挟まれたくないのかもしれない。
「コンラッドの時にはジルはうまくまとめてくださいましたわね」
クララがマーシャの腕に手を置きマーシャの味方だと表してから僕のフォローをしてくれた。
「僕が何を言うか気になるなら、同席はしても構わないよ。ただし、彼女に進言するのは僕の仕事ってことにしたい。
僕としても僕とシンシア嬢が二人で話をするより、マーシャとクララがいてくれた方が嬉しいし助かるよ。
それでどうかな?」
僕は僕の胸を叩きながら説明して頼ってほしいことを一生懸命にアピールした。始めは訝しんだ様子のマーシャも納得し始めている感じがする。しばらくマーシャが目を瞑って考えていた。
「そうですわね。とてもいい考えですわ。先日のバージルもとてもわかりやすく、しかもしっかりと『ダメなこと』も言えておりましたもの。
わかりましたわ。バージルにお任せいたしますわ」
さすが、マーシャ! 判断が早い!
クララのフォローも的確だった。
僕はクララにウィンクした。クララもとびきりの笑顔で返してくれた。
女子生徒たちの悩みはお茶会などで話されることが多い。特に最高位の公爵令嬢であるマーシャには、恋愛だけでなくいろいろな相談が持ち込まれるのだ。一年生の時でさえそうだったのだ。二年生になった今、もっともっとマーシャへの相談事は増えるだろう。
そういう立場のマーシャなので、シンシア嬢に対して女子生徒みんなを良い方へと誘導するにはマーシャにお願いすることが一番いいのだ。
よし、これで一つクリア!
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イジメについては特に女子間の問題なので、マーシャの協力を得たことで随分と回避できることになっただろう。
後は個人的に、マーシャ、クララ、ティナ、ベラ嬢がイジメに走らないように目を光らせていかなければならないのだが……。この四人がイジメをするとはどうも考えられない。
『今回の夢は回避しやすいのかもしれない』
僕は少し気楽に考え始めていた。
シンシア嬢と恋愛的に運命的な出会いをしたはずのコンラッド。僕はここ数日観察しているがどうも変化はないように思える。相変わらずマーシャの隣にずっといるし、個人的にシンシア嬢に話しかけることもしない。
このことも、僕が気楽に考え始めた理由の一つだ。万が一、誰かがシンシア嬢に恋をすることになったとしてもコンラッドだけはダメだ。なぜなら国に関わることなのだから。コンラッドにはブランドン第一王子と争うようなことはしてほしくない。国民としても、そして友人としてもだ。
もちろん、僕はシンシア嬢と恋をするつもりはない。僕の八歳からの恋はもう愛になってるから、ね。ふふふ
コンラッドは大丈夫だと判断して、僕は次の対策に移った。
とにかく、シンシア嬢との恋愛対策のため、コンラッド、ウォル、セオドアには、それぞれ一つずつ約束をしてもらった。彼らのシンシア嬢との運命的な恋は回避できると僕は思っている。
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